接触Ⅰ⑦
オオタニはこの期に及んで「こんなところにいたんすか、探しましたよ」などとふざけたことをほざきながら、私の意識のうちに飛び込んできた。エントランスからここまでは(ゆるやかに弧を描いてはいるものの)一本道であり、だから複雑なルートを辿る必要などなく、と言うかそもそも、おとなしく私の後をついてきさえすれば迷うことなくたどり着けたはずなので、「探しましたよ」というのがまずいろいろな意味で間違っている。「こんなところにいたんすか」などという、あたかもこちらに非があるかのような言い草についてはもはや論外だろう。
だが裏を返せばオオタニは、そういう完全に的外れなセリフを口にしてしまうくらい、心の底から焦っていたのだとも言える。もしかすると、私に本拠地への接近を許した件について、Hの上層部から懲罰を食らったのかもしれない。だとすれば、私がすぐに「管」に飛びついてエテ公よろしく上り始めることをせず、ひとまず奴が現れるのを待っていたのは、やはりこの上ない正解だったということになる。
……そうとわかればこうしてはいられまい。
私はオオタニと、その背後に控えるHとを合わせて牽制するため、さらに言葉を連ねた。
「遅かったな、どこ行ってたんだ?」
「いやあ、好き好んでこんなとこに足踏み入れてく大人がいるなんて、誰も思わないすよ」
「……侮辱する気か?」
「いや、……で、ここからどうするんすか?」
オオタニは私の問いかけにまともに答えることはせず、それどころか、最終的に「質問を質問で返す」ことに手を染めた。まさしく「傍若無人ここに極まれり」といった感じで、もう一度受精からやり直したらどうだと忠告してやりたくなるほど横暴な振る舞いではあった。
しかし反面、その展開は、私からしてみれば、全くの予想通りのものであったと言ってよい。「どこへ行っていたのか?」という問いに、オオタニが答えられるはずがない。なぜなら奴がつい先ごろまで姿をくらませていたのは、間違いなく、何らかの形でHとコンタクトをとるために違いなかったからだ。
それゆえ私は何も答えず、代わりに勢いよく「管」に踊りかかった。言うまでもなく、これは私が先にオオタニに仕掛けた「あそこに蝉が~」とか何とかいうセリフの続編である。つまり、意味不明な言動をお披露目することで相手を眩惑し、半ば無理やり自分にとって有利な関係性を構築するというあれだ。先の場合に高い効力を発揮したようだったので、半ば辟易しながらももう一度反復したのだったが、やはり今回も効果は抜群だった。
私が身をひるがえして「管」にしがみつき、ちょうど母親の上に乗る子コアラのような体勢になったところで、オオタニは困惑の声を漏らした。
「ちょ、さすがにマズくないすか?」
もちろん私はそれを黙殺し、同じ体勢のままオオタニをじっと見据えると、予め用意しておいた言葉をそのまま発した。
「あらゆる観念は有用である限りにおいて真である」
「?」
「わが師ウィリアム・ジェイムズ翁の思想信条だ、がもしかして……、知らねえのか? ヤベエだろ、『厚顔無恥』とはまさしくこのことだ、それでよく、平気な顔してのうのうと生きてられるなぁ」
「……」
「……だが、まあよい、仕方がない、能力のない者に能力以上のものを求めるのは、お互い精神衛生上よくないので、ご親切に解説を施してやることにしよう」
「……」
「要するに、事件解決のためだったら何してもいいんだよ、RPGの勇者も一緒だろ? 世界を救うためとか何とかいう大それた目標掲げて、掲げてるだけで偉くなったと勘違いして、それで勝手に人ん家の中入りまくって勝手に箪笥の中のもんとか持ってってるだろ? 明らかに行動としてはおかしいよな? でも周りの人は何も言わない、要するに、そういうことだ」
「……」
オオタニはそれでもまだ事情を呑み込めていない様子で顔をしかめてはいたが、私は「大丈夫、もとからお前には一ミリも期待してないからそこで待機して誰か来ないか見張ってろ、さすがに、それくらい、できるだろ?」とだけ言って奴を地上に置き去りにすると、満を持して勢いよく「管」を上り始めた。




