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炎上②

 もとからそこにずっといたのにトラックが視線を遮っていたせいで確認できなかったのか、それとも車体の移動の動きにちょうど呼応するようにしてどこからともなく登場したのか、もちろん定かではなかった。しかしいずれにせよ「アジト」のエントランス前には確かに、あの「少女」が立っていた。そう、「豪邸」と「風俗店」の2箇所で、これまでに少なくとも2度は遭遇したことのある例のGである。

 この日も相も変わらず唐突な出現の仕方で、かつ浴衣姿というのも以前と同じだったが、反面、着物の表面の柄は朝顔の花ではなくなっていた。というよりも、何でもなくなっていた。

 じっくり時間をかけて観察したわけではないので、あるいはこれもやはり、「見間違い」だったのかもしれない。だが少なくともその時の私には、いかなる柄も見て取ることができなかった。むしろ浴衣は全体が白一色で統一されているようで、そのためなのかGの姿は、地面から立ち上る靄のように曖昧で、かついつも以上に儚げだった。姿を目視した瞬間、背中と衣類の間に水を注ぎこまれたかのような感覚が走り、周囲に満ち溢れていたはずの音が全て一気に遠くなった。それと反比例するかのように、唾液を嚥下する自らの動きと音とが、妙に強調されて意識されてくる……。

 みたびの遭遇に基づくそうした顕著な身体反応が一段落ついたのち、私は新聞屋の軒下を離れ、坂を下ることを再開した。もちろんただスピードを上げて勢いをつけて下って喜ぶためではない。Gに近づくためである。

 とは言えこれは例えば単なる興味関心の高まりにより自然と喚起された動作なのではない。つい先ごろまでDと間で繰り広げられていたあれこれがあまりに衝撃度の高いものであったがゆえに、その間にすっかり失念してしまっていたのだが、よくよく思い返してみれば、私はもともとこの街で頻発する「火事」の重要参考人として、Gの行方を追っていたのだった。確かにその過程で、悲しいかな私は「名探偵」の称号を剥奪されたかもしれない。だがだからと言って、好き勝手に捜査を打ち切って素知らぬふりを決め込むのはあまりに無責任にすぎる。

 だからその後最終的に、私がGをスルーし、坂を下り続けたのは、例えば単なる気まぐれや、個人的な好悪の情には拠らない。より遠大な展望の下、事態を改めてしかと見据えてみたところで、Gをそのまま立たせ続けることが私自身の大願成就にむしろ実に効果的に資するのではないかと、わずかに捻じれた形ではあるが何となくそれらしいアイデアが導き出されてきたためだ。ここで言う「大願」とは、言うまでもなくHの撲滅であるが、その目的を果たすための最後のピースが、実はDではなくGだったということである。

 ところで私が今まさにこうして展開しつつある「推論」は、大きく分けて以下の2種類の情報の組み合わせを拠り所としている。

 1つ目は、この街で発生する「火事」は、どうやら何らかの形でGによって引き起こされているらしいというものだ。「~らしい」とは言ったが、それは単に「現場」を見たことがないために留保をつけたというだけの話で、私個人としては確信があり、証拠も揃っている。そして「元」とは言え、かつて「史上最高の名探偵」として鳴らした私の「確信」は、間違いなくそれなりの信憑性を誇っていると捉えられて然るべきはずである。そしてだとすると「アジト」の前に立つGは、単に意志しさえすれば、業火で以てGの勢力を一挙に消し炭と化させることができる。要するに、そういうことだ。

 だがもちろんそれだけでは決して十分ではない。

 例えば仮にGが火災発生を誘発する能力を持つとして、だからと言って私のためにその能力を活用してくれるとは限らない。つまり裏を返せば私が先の「確信」を構築するためには、Gが私に奉仕してくれる存在であることがまず保証されている必要がある。

 だがその「必要条件」は、実際には既にずっと前から、我痴れず満たされ続けていたのだと断言してよい。なぜなら2度目に遭遇した時、Gは確かに私に向けて次のように言い放っていたのであるから。

「おまえだけは最後まで見逃しておいてやるよ」

 これが私への好意の現われだと受け取るのは、決して曲解でも何でもありはしないだろう。もちろん理由はわからないが、Gは私のことを好いているらしい。ひとまずそのことを確かだと仮定してみると、自動的にアジトの前に立つ彼女が、私のためにそこに火を放ってくれる可能性が格段に跳ね上がることとなる。

 つまりこうして見事に私の「大願」が「成就」する。

 どれだけ劣勢に追い込まれようと、最後に正義は必ず勝つ。「正義」の権化である「(元)史上最高の名探偵」は、まさしくそのことを身をもって体現して見せたというわけだ。

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