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9月24日㊸

 その挙動から明らかな通り、Dという人物(と言ってよいのか?)は、例えば繊細さや注意深さといった性質から程遠い存在のようで、私が様子を窺いながら徐々に近寄っていることに全く気づいた様子がなかった。つまりいつまで経っても基本的に「バス停の看板を振り回すこと」+「奇声を発すること」という、それぞれ個別に見た場合でも十分すぎるほど怪物的な活動のコンビネーションを披露し続けていたということである。

 もちろん私にとってその変化のなさは、ある意味でむしろ「僥倖」であると言えた。なぜなら私の目的は、どうやらH打倒の「鍵」であると思しきDに接触し、具体的な今後の方策について、考えを深めることだからだ。存在としての良し悪しは措いておいて、Dが様々な意味合いにおいて規格外の「パワー」を備えていることは事実である。仮に味方につけられたならば、それ相応の、つまり鼻が捻じ曲がるといった悪影響を補ってあまりあるほどに有益な恩恵を享受できるはずである。悪臭をこらえながらじりじりと接近したことの真意は、全てその点にこそ集約される。

 とは言えもちろんそいつがこちらの意図通り、最後まで大人しくし続けていてくれるはずもない。

 しばらく暴れ続けていたはずのDは、私がちょうどロータリーの車道から駅舎に続く歩道へと身を乗り出そうとしたタイミングで’、不意に移動を開始した。「不意に」という表現の挿入が示す通り、私はその時の奴の動き出しを予期してなどいなかったが、それでも取り逃がす恐れなど全くなかったのであるからして、その件に関しては特に問題なかったと言ってよい。むしろ取り立てて深刻ではないものの、事実として「問題」と呼べる事態はその後にこそ生じた。要因はひとえに、Dの歩く速度が異様なほどゆっくりしたものだったことに求められる。這いずり回る私とは異なり、奴はごく普通に歩いていただけのはずなのだが、にもかかわらず純粋に足を進めるスピードが遅すぎ、さらにそのうえ数歩進むたびに頻繁に立ち止まってくれるので、気を抜くとすぐに追いついてしまいそうになるのである。ちょうどいい塩梅に距離を開けながらついていくためには半ば無理やり自らの速度を調整する必要があり、その結果、予想以上に神経をすり減らされることとなった。

 ところでこう言うと、それの何が問題なのか、むしろなぜ追いついてしまわないのか、そいつに接触することが貴様の真の目的だったのではないかなどと、ここぞとばかりに口出しをしてくる輩が現れるかもしれない。確かに先に私は「あわよくばDを仲間にしたい」といったようなことを明言していたので、あるいは一見そのツッコミ(「もったいぶってないで、早く接触したらどうだ?」)は、何となく的を射たもののように思われなくもない。

 だがしかしやはりそれは完全な、間違いである。

 少し考えてみればすぐさまそれとわかることだ。

 こちらが警戒しているのだということを悟られないようにするため、敢えて振り返って確かめる手続きをとることはしなかったが、まだその時すぐ後ろにはあの「こどおじ」がいて、私がDと結託してしまわないかどうか、じっと見守っていたはずなのだ。先の「ダダダダ」とか何とかいうセリフやそれに付随するまさしく「攻撃」的な振る舞いを考慮するに、もし私がHにとって不都合な局面を切り開こうとした場合、奴は実力行使に出ることさえ、厭いはしなかったろう。もちろんこの私が、ランドセルを背負っているという点においてのみ特殊なただのおっさん相手に引けを取るなどということは決してあり得ぬが、反面、基本的に、不要な「波風」は立てないようにするのが吉というものだ。この場合で言えば、「こどおじ」の目と鼻の先で、安易にDにアプローチを仕掛けるのは、可能な限り避けられて然るべき事態なのである。

 翻って考えれば十分に距離が取れるまで、より正確を期せば、「こどおじ」が私とDの関係性を極めて希薄なものであると結論付け、その場を離れてしまうまで、私はDに下手に近づく様子を見せるわけにはいかなかったのである。

 そういう事情で、あまりの遅さに辟易しながらも、私はヒラメを彷彿させる仕方でやはり地面を這いつくばりながら、粘り強く尾行を続けた。

 階段を上り、駅の改札をくぐり、電車に乗り込むに至るまで、だいたい1時間程度の時間が必要とされ、何度か頭がおかしくなりそうになったが、「これこそ『任務』を完遂させるための第二の試練である」と自らに言い聞かせ、何とか耐え抜いた。ちなみに確認するまでもなかろうが、「第一の試練」は「悪臭を含んだ風を一身に浴び続ける」ことである。

 とは言えこの「第二の試練」において最も厳しかったのは本当はDの「遅さ」ではない。

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