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9月24日㊷

 今何時なのかはわからなかったが、夜の深まりとともに、秋を感じさせる風が吹き始めており、本来であれば、それは心地よさを誘発するはずだった。だが「本来」はあくまで「本当ならば、(元々は)そうあるべきだった」ということを示す表現に過ぎず、間違っても「本当に、(現実に)そうである」ということと同義ではない。

 実際、この場面で吹きつける秋の風は、微かに私の髪をなびかせるぐらいの力しか持ち得なかったが、それでも「効果」だけは絶大で、だけれどもその「効果」は、言うならば完璧に「逆効果」だった。何しろその風の野郎は大層ありがたいことに、突き詰めれば所詮「空気の流れ」に過ぎない分際でありながら調子をこき、牛乳を拭いたぞうきんを生乾きのまま放置した場合に放たれるものの数十倍はヤバい臭気を、私のもとに何度も何度も繰り返し届けてくれたからだ。

 そしてもはや言うまでもないことかもしれないが、そのちょっとした災害レベルの悪臭の正体は、恐らくDの体臭である。

 伏せたままの状態で歩くことを再び始めた時点で、私とDとの間は最低でも十メートルは離れているはずだった。にもかかわらず、主にDが動作するたびに、私の鼻先にくだんの刺激臭が次から次へと押し寄せてくるのだ。もちろん「体臭もまた1つの個性だとする」考え方を否定するつもりはない。それに私ももう40歳なのだから、ただ自分が気づいていないというだけで、加齢臭の1つや2つぐらいは周りに向けて放散していてしかるべきだろう。

 だが「個性的である」ことが許されるのは、さすがに「人に迷惑をかけない程度」という範囲内に限定されていて然るべきだ。人に迷惑はかけないこと。その条件だけは、決し取り下げてやるわけにはいくまい。そしてもちろん、全く何の遠慮もなく突如として襲い掛かってきて、錐で下から突き上げられているかのような感覚を鼻腔に与える刺激臭の類は、その最低限の「条件」を、決して満たしなどしていない。即座にレッドカードを突き付けられ、場から強制的に排除されるに至ったとしても、全くおかしくなどないはずだ。違うか?

 しかし私は屈しなかった。

「任務」の成功のために多少の犠牲は当然つきものだというのはこれまでに何度も述べてきたとおりであり、だからこそ私は建て前ではなく、その等価関係を心底重々承知しているつもりだ、。しかも今回の「任務」というのが、Hを打倒するために絶対に必要不可欠なものだとすればなおさらだ。「絶対不可欠」ということは、重要さの度合いが半端ないことを意味し、だからこそ逆説的ではあるが、その「任務」が簡単に達成されうるものとなることはあり得ない。だが反面、「絶対不可欠」ということは、長期的な展望のもと、覚悟してじっくり腰を据えて取り組みさえすれば、いつか必ず成果が齎されると保証されていることの裏返しでもある。もちろんこの「成功」の確信は、ただ単に「(絶対に)必要不可欠」という概念を分析することによってのみ得られたものではない。むしろその時の私にとって最も強力な後ろ盾は、Hを打倒するために確実に必要な手法が、既に自らの手の内にあったという点にこそ存する。

 先に私にすり寄ってきた際の「こどおじ」のスタンスを、もう一度想起されたい。奴は私に対して執拗に、Dに近づくなと警告してきた。一見する限り、単なる「転ばぬ先の杖」的な配慮の現れとして受け取られなくもないその言動は、「こどおじ」が「名探偵」ではなく、「Hの一員」であるのだと想定し直すことで、まったく異なる様相を白日の下にさらすことになる。……そろそろお分かりいただけただろうか? そう、「Hの一味」が「名探偵」である私をDに近づけないようにひそかに誘導を起こった理由、それはまさしく、我々の接近が、Hにとって非常に不都合なものであるからに他ならない。もともと噴水内で転げ回っていたにもかかわらず、それと360度完全に異なったにいきなり手を染め始めたという事実が、何より明示的な証拠ではなかろうか?

 だからこそこれまた逆説的ではあるが、私が何を差し置いてでも実践すべきなの(つまり「任務」)は、逆にあらゆる犠牲を払ってでもDに近づいていくこと、それ以外になくなるという寸法である。


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