9月24日㊶
一応断りを入れておけば、私は相手が「こどおじ」であるなどといった詳細を完全に度外視し、真剣に心の底から、心配してそう伝えてあげたのだった。
「鬱症状」というのは、それを経験したことのない者が簡単に口にするように、ある意味、確かに「気持ちの問題」でしかないのだが、だからと言って軽視してよいわけではない。むしろ放っておけば治るだなどと楽観視し、初動を誤ると、一生を棒に振る恐れがある。少なくとも私の見てきたケースではそうだった……、はずだ、が、いったい、それは、誰のことだろうか?
……いずれにせよ当の「こどおじ」は、と言えば、恐らく私の忠告をただの冗談かもしくは皮肉か何かだと、受け取ったのだろう、全く意に介することなく続けた。
「それもこれも、ここが魔境と化しつつあるせいだ、魔の者が次から次へと寄り集まってきている、いや、というよりも、既に今やこの街こそが、まさしくその発生源となっていると、言うべきなのか……?」
深刻そうなことを口走っているようでありながら、相変わらず訳の分からないことをダラダラと続ける呑気さに、思わず私は口調を荒げざるを得なかった。
「おいっ! だからさっきから言ってるその『マキョウ』ってのは、いったい何なんだよ?」
「自分で答えを探し求めることもせず、安易に正解を聞き出そうとする、お前はそれでも本当に『名探偵』なのか?」
「……いや、むしろ本来発せられて然るべきツッコミの類を、大部分、口にせずに済ませておいてやってるだけでも、本来貴様はどれだけ感謝してもしきれないはずだが……」
私の呆れたような口ぶりを受けても、やはり何かを改善しようという意図は見られない。
「まあいい、能力がない者に何かを求めても無駄というものだ、手っ取り早く、教えてやろう、あいつ、いるだろ?」
「こどおじ」が寝そべったまま、Dを指さした。
「……」
「このところ、この街にはあの手の類の輩があまりに増えすぎている、どこもかしこも、おかしい奴ばかりだ、いくら『名探偵』としての『名折れ』であるお前だって、そのことぐらいには気づいているんじゃないのか?」
「……いや、だが、どいつもこいつもがおかしいだなんて、そんなのは今に始まったことじゃ、ないだろ?」
私は「こどおじ」に同意することを自らに良しとできず、ともすれば奴の肩を持ち始めようとする自分を頭から否定するためにのみそう言った。しかし「こどおじ」は「こどおじ」の分際で、そんな私の両価的な内面を見透かしたように続けた。
「俺が聞きたいのは一般論じゃない、『名探偵』であるはずのお前個人の意見だ」
「……個人の意見だと? それこそ『名探偵』が表明してよいものではない、違うか?」
「日和ったか? ……だがまあよい、あんな小物が一人二人増えたところで、大勢に影響はない、重要なのは本質、つまり奴らを蔓延らせている要因が存在するということだ、もっと言えば、ある存在の出現が、一挙にこの街を魔境に変えてしまったのだ、俺の大切なこの街を……」
ちょうど語りが一段落つきそうだったので、そこで話を断ち切るのが間違いなく正解だったが、私は一つ思いついたことがあり、最後にそれだけ尋ねておくことをした。
「貴様の見解が仮にたとえ正しいとして、だったら何なんだ? ……いや、それが、その『存在』というのが、あの『マンドリル』なわけか?」
「マンドリル?」
「ああ、この前張ってただろ? マンションの前でさ、『ヨウギシャ』とか何とか、貴様が言ってたんじゃないか」
「……いやあ、記憶にないな」
「……やっぱり先に物忘れ外来行って来たらどうだ?」
「まあそう慌てるな、忘れてるってことは、結局そいつもまた『本物』じゃないと言うだけの話だ、そして『本物』じゃないモノに、騙されてはならない、今我々がすべきなのも、明らかにザコの感を振りまくあいつに近寄ることじゃない」
「……ザコだと?」
バス停の看板を振り回してるあいつが……、ザコ?
「ああそうだ、繰り返すが、この街はすでに、魔の手に落ちたのだ、『諸悪の根源』を見つけなければ、いかに細部を補修したところで、やはり効果などいくらもありはしない、だからひとまずここで様子をみて、何も変化がないようなら、いったん引き下がるべきだ」
「……あ、そう、へえ、まあ勝手に言ってろよ、初めから期待してない、ランドセル背負ったおじさんに、期待などしていられるはずがない、そこで指くわえて、俺がやることを黙ってみてろ」
私はそう言いながら、再び慎重に這い進むことを開始した。
「こどおじ」とのやり取りは、やはり決して実りあるモノとは言えなかったが、それでもただ一点においてのみ、非常に重大な意味を持った。




