9月24日㊵
まず「声の主」は駅ロータリーに設置されたバス停の看板の細い支柱を握り、それを頭の上まで持ち上げ、今にも振り下ろそうとしていた。言うまでもなく、バス停の看板は勝手に移動されては困るので、その下部には見た目からして非常に重量感のありそうな重石?がつけられていたが、そんなあまりにしょぼすぎる対策は、「声の主」にとっては障害でもなんでもないようであった。
このようにただバス停の看板を持ち上げていたというだけで、もちろん十分すぎるほど「驚愕」に値するというのは絶対確実に間違いなく、間違いのないことだ。「普遍の真理」であると言い換えてもよかろう。逆に言えば、バス停の看板を前にして、いったいなぜそれを持ち上げようと思ったのか、そこからして想像の斜め上を行き過ぎている。「一線」どころか、少なくとも5本は「線」を越えていると言わねばなるまい。いくら「力自慢」でも、時場所場合を考えて、最低限やって良いことと悪いことの区別ぐらいはつけていただきたいものだ。
ところで、「所作」もさることながら、何よりもまず私を、いや恐らく誤って視線を向けてしまった者全ての注意を第一にひきつけてやまなかったのはその体格である。容姿ではない。体格だ。言いたいことはいろいろあるが、一言で以て名状させていただくとすれば、非常にデブだったのである。昔大相撲で活躍したM.M.を想起させたと言えば伝わるだろうか?
もちろんM.M.さんは横綱であり、一見「デブ」に思えたとしても、その豊満な身体には実際には筋繊維の類がこれでもかというほど詰め込まれていたはずである。実際、200キロを超えているとは信じられないぐらい非常に機敏で力強い取り組みを見せ、観客やお茶の間の方々に日々勇気を与える存在として、長きにわたって君臨していたものだった。当時はT.A.や、W/T兄弟など、スター力士はたくさんいたが、私が最も目を惹かれ、かつ憧れを抱いたのはまさしくこのM.M.だった。つまりこの時駅近くで私の目の前に現れた「声の主」(以下、「D」と記載)とは、あらゆる面において雲泥の差があり、喩えること自体が本来(M.M.さんに対して)失礼なはずなのだが、少なくとも体格はそっくりだった。
そう間違いなく、そいつは私が人生で実際に直接遭遇した中で、最大級の種類の人間だった。しかもなぜだかよりにもよって深緑色のTシャツを身に着けており、本人的にはオシャレのつもりだったのかもしれないが、残念ながら身体のラインに沿って段々が形成されていることとも相まって、まさしく不細工な形状の巨大なカボチャのようにしか見えない。もしそれで作った「馬車」が現れたとしたら、たとえ幼い頃より不遇に甘んじ続けたシンデレラであったとしても、決して乗り込むことなどせずに即座に裸足で逃げ出しただろう。
もちろんデブであることがそれ自体悪だなどと言うつもりはない。ふくよかな容姿は栄養状態が良好であることの証であるし、また場合によっては見る者を和ませる効果を持つこともある。さらに何度も言うが、外見で人を判断するのは私の持ち前の価値観に大いに相克する。
だが少なくとも、好き放題大暴れしているデブを良いデブであると認定することは、たとえどのように見方を変えたとしてもできる相談ではないだろう。個別の事情を考慮する必要などなく、絶対的かつ圧倒的に、その判断は万人から真正であるとの評を受けるということだ。既に述べたように、デブがバス停の標識を持ち上げて振り回しながら、大ボリュームで奇声を発していたのであればなおさらだ。目撃者が私でなく他の誰であったとしても、今まさに目の前で何かマズいことが起ころうとしているのだと察知するのは困難な課題ではない。
実際、私がヒラメを彷彿させる仕方で地面に自らを這いつくばらせ、しばし相手の次なる出方を待っていると、声がかけられた。
「だから言っただろ」
極力身体を起こさないようにして声の聞こえてきた左後方を振り返ると、「こどおじ」がこちらに倣うようにして這い進んできており、私は少なからず驚いた。その時同じ場面を共有していたのはほとんど我々2人だけだったのであるからして、奴の登場は半ば予想されうるものではあった。だが態勢や接近してくる速度からして「テケテケ」(妖怪の一種)を彷彿させるようにただならぬ雰囲気を醸し出しておりあまりに無気味で、また何よりDの出現によりそれまでのひと時の間、完全に存在感を失っていたということもあり、私は結果的に虚を突かれる形になった。それでも先の「転げ回り」を思い出し、「もう飽きたのか? ほんの少しの間だけ実施されたあのアクションにはいったい何の意味があったのか?」という感じで、頭の中で辛辣な批評を展開して見せたところで冷静さを取り戻した私は、逆に「こどおじ」に尋ねることをした。
「……だから言ったろ……って、貴様はあいつが誰か、知ってるのか?」
「知るわけねえだろ、というか重要なのは細部ではなくもっと本質的な部分だと、何度言ったら理解できるのか?」
「ホンシツ……?」
私がオウム返しのようにそう呟くと、「こどおじ」は仰向けに身体の向きを変え、空を見上げながら言った。
「昔はいろいろあったんだ、本当にいろいろあって、毎日が興奮の連続だった、いつまでもこのまま生きていたいと、何度そう思ったことか……、だが今は何もない、興奮で胸が浮き立つどころか、ほんのわずか、楽しいと感じられることさえ、ありはしない、そう今は何もない、何一つ、あるものが、ない」
「……へえ……、鬱なら手遅れになる前に病院で見てもらえよ、ついでに他にも悪いとこないか、調べてもらってこい」




