9月24日㊴
たとえ「現場」を目撃したことがなくとも(というか、〝それ〟を目撃できた人物は、全世界及びこれまでの歴史全体を通じても、数名を超えはせぬだろう)容易に想像できる通り、水のない噴水の「中」というのは、ただ単に固い内壁と底面とに囲まれているだけの「デッドスペース」でしかない。実際、意図通りなのか予想外の事態なのかはわからぬが、「こどおじ」はそこ目掛けて頭から飛び込んだ直後、恐らく受け身を取ることに失敗し(とは言え、素振りから察するに、衝撃を緩和しようという姿勢は、端から微塵も見られなかったわけだが……)、どこかに全身を思いきり打ち付けなどしたようで、しばらくの間悶絶しながらも、無言で転げ回ることをしていた。
そして、噴水の内部で「転げ回る」こと。
単に機械的に状況を「言葉」にして表してみただけで、既にこの世に2つとしてあり得ない「単独性」の香りがプンプンと匂い立つことは言うまでもない。例えばその時奴が「平泳ぎ」か何かをエアーで披露することを開始したのであれば、私も特段気に留めることはなかったかもしれない。なぜならそこは「噴水」の内部であり、それゆえ仮に今水が張られておらずとも、あたかも水があるかのような風を装ってアクションを起こすことは、それなりに筋が通っているからだ。実際正直に告白してしまえば、それ、すなわち「枯れた噴水」での「遠泳」は、私が日々取り組んでいる「鍛錬」の中に、メニューの1つとして含まれている。しかもレベルとしてはなかなかどうして比類なく高度なものとして、だ。何しろ水のないところであたかも水があるかのようにイメージして泳ぐ真似をするのだ。重点的に取り組むことで、泳力と筋力と忍耐力とをみつどもえで増大させることができるというのは、十分すぎるほど見やすい話ではなかろうか?
だが反面「転げ回る」というアクションは、「噴水」との関わりという観点から考えると、決して整合的ではあり得ない。恐らく付随して襲われたと思しき耐え難いほどの大きさの痛みを堪え、「こどおじ」が徹頭徹尾「無言」を貫いてくれたことは確かに評価できなくもないが、そんなのはもちろん所詮「誤差」の域を越え出はしまい。
それゆえ私は逡巡した挙句、自らもそこに飛び込んでいこうと決意した。エアーでの「シンクロ(デュエット)」はさすがに経験したことがなかったが、それでももし成功できたならば、場にとりあえずの秩序を取り戻すことはできるはずであり、だとすれば挑戦しないという選択肢はなかった。
「異常事態」が発生したのは、私が満を持して脱衣に着手しようとしたそのタイミングだった。
まず合図となったのは、「声」である。またしても「声」だ。しかもまたしても、「コミュニケーション」を拒絶、もしくは破壊する、度外れに常軌を逸した「叫び声」だった。
「チマッ、チマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマッ!」
初めこそビクつきはしたものの、これまでの人生の中であまりに何度も同様の展開に見舞われ続けてきた結果、既に感覚が摩耗してしまった感さえある私は、また頭のおかしな奴が周りの迷惑も考えず好き放題大暴れしくさっておりくさりやがるわけかと、非常に冷静に状況判断を下した。そして次の瞬間にはベルトから手を放して地面に伏せ、身を隠しながら声の出所を捜していた。外見的には「こどおじ」の先の指示に従ったように見えるが、もちろんそうではなく、私はただ単に「名探偵」として、自らのすべきことを瞬時に判断し、実行に移したというだけの話だ。
そして実際それは「名探偵」が取り組むのにふさわしい、新たな超重要案件の幕開けでもあった。




