9月24日㊳
全く予想だにしない一言に対し、私がかろうじてそれだけ呟くと、「こどおじ」は何やら馬鹿にするような顔つきで、こう言い放ったのである。
「じゃあ、お前はいったい、そこで何をしてるんだ……?」
駅舎まであと少しのところに来ていたということで、辺り一帯は商店街の中と比べてかなり明るさを増していた。噴水の周囲に(水も湛えられていないのに)なぜだかそれを照らす専用であるらしい電灯が配置されていたということもまた、明度の向上に寄与していただろう。だからこそ、見間違えようなど、あり得ようはずがない。「こどおじ」はその時身の程もわきまえず、確かに私を見下して馬鹿にするかのように相好を崩したのである。
すぐさま首の後ろの付け根あたりに鈍い痛みが兆すのを察知した。何かが詰まったような感じで、恐らく肩から首にかけての筋の緊張に拠るものと思われるその症状は、常日頃からストレスが耐えられうる上限値に達した際にもたされる類いのものだった。少しでも凝りをほぐすべく、反射的に頭部を回そうとするが、肩のラインよりも後ろに首を下げることが叶わない。
つまり様々な意味でなかなか「窮屈」な状態にあったわけだが、反面それはある意味、「いつものこと」なのであるからして、私は極力冷静に、言葉を返した。
「……それはこっちのセリフだ、貴様こそ、いったい、何をしてるんだ?」
「ナニ……って?」
「惚けるなよ、さっきダダダダダダとか何とか、言ってたじゃねえかよ」
「……ああ、あれか、わからねえか?」
「? ……いや、貴様がおかしいということだけは、火を見るよりも明らかだが」
「……驚いたな、それだよ」
「こどおじ」が大げさに目を見張る。だがもちろん私には、何に反応したのか、さっぱりわからない……。
「それ? どれだよ? 貴様が、おかしい、ことか?」
「馬鹿が、何言ってんだ? そうじゃない、ヒだよ」
「ひ?」
「そう、火、ファイヤア、最近この街で火災が頻繁に発生していることについて、俺は前々から、不審に思っていた、『火のない所に煙は立たぬ』と言うが、その『火』もまた、全くの無の状態からは発生のしようがないからだ、つまりそこには原因がある、そしてだとすれば、『名探偵』が一肌脱がないわけにもいくまい」
気づくと私の口から本音が漏れていた。
「オマエだろ?」
「は?」
「いや、だから、貴様が関わってるんだろ?」
「……ああ、そういうこと、やっぱりお前はダメだな、全く本質が見えてない、そういう問題じゃないんだ、誰が火事を起こしたかとか、そんなことは大した問題じゃあない、順番が逆だ、仮に誰かが意図的に仕組んで火事を起こしたとして、その『誰か』は自ら進んでそうしているわけじゃない、そんなわけがない、少なくとも生まれたての赤ん坊は、そんなことしねえだろ、要するに、そういうことだ、『火事を起こさないこと』、それこそが人間の本性なんだ、翻って考えれば、真に着目すべきなのは一個人のしょうもない違法行為などではなく、この街が今まさに、魔境と化しつつあること、それでしかない」
「マキョウ?」
「そうだ、だが、口で言っても伝わらねえか……、おいっ! あぶねえぞ、早く伏せろっ!」
そう言うや否や、「こどおじ」はいきなり私の頭頂部を掴むと、前向きに地面へと叩きつけるようにした。つまり本人からすれば、「早く伏せ」させようとしたつもりだったのかもしれないが、もちろん私にとっては「ありがた迷惑」もいいところで、先に述べた通り、首の後ろ辺りに「爆弾」を抱えている者に対してのその「お気遣い」は、下手を打つとまさしく「致命傷」たり得た。
もちろん普段から厳しい鍛錬を積んできたことがたまたま功を奏し、結果的に何とかと倒れることもなくその場に踏みとどまることが出来た私だったが、その「忍耐」には結局のところ、全く何の意味もなかった。なぜなら「こどおじ」は、私が奴の「突き落とし」に耐えたかどうか、その結果を全く確かめることなく、「噴水」の中に飛び込んだからだ。そう、もはや「水」を「噴」き出すことができなくなっているという理由から、明らかに存在意義を失っているにも拘らず、どういう了見だか知らぬが飽きもせずエラそうに直立を続けるオブジェの中に、「こどおじ」はダイブしていったのだ。……たわけている、あまりにたわけていすぎる……。




