9月24日㉟
トレードマークのあまりに小さすぎるランドセルと、全身を黒一色で揃えたこだわりのコーデ……。
その格好は以前に見かけた時とそっくりそのまま同じで、あたかもそいつが1度目の遭遇時の記憶から抜け出してきたかのような感覚に私は非常に強く見舞われることとなった。そのくらい「こどおじ」の姿はよく覚えていたし、また忘れられるはずもなかった、ということだ。
ところで期せずしてその姿を見かけた私は、結局どうしたのか?
「行動」の選択肢としてまず考えられるのは、声をかけ、お互いに挨拶を交わすというものだろう。例えば朝、学校に登校しようというクソガキどもの間で、同様の光景は腐るほど散見されうる。だがそんなやり取りなど結局のところ、他者との「コミュニケーション」の「成立」を信じて疑わない者の、極めてお幸せで屈託のない思い込みの所産でしかない。少なくとも、「こんにちは」と言えば「黙れうるさいしゃべるな誰が許可した? プラスになることを何もしてくれねえのだからせめて黙ってろ」といった文句に即座に見舞われることを(経験上)日々想定しつつ生きている私からしてみれば、その類の「光景」はあまりに縁遠いものであり過ぎた。「こどおじ」の得意技が、「競馬場の実況中継(?)」であることを踏まえればなおさらだろう。それにそもそも、何の臆面もなく自分のことを「名探偵」であると紹介できる輩に、まともな話が通じるはずもないのだ。
だから久々に「こどおじ」を目にした私は、早速声をかけて「旧交を温める」代わりに、ひとまず「観察」に徹することにした。夜中に突如として発生した火災の近くに、人間として明らかに常軌を逸した存在である「こどおじ」が出現すること。それをやはり「ただの偶然」として片づけてよいものなのかどうか、私には判断がつきかねた。
そして結論から申し上げれば、私の判断は少なくともこの時点においては決して間違ってはいなかった。
なぜなら、ランドセルを背負いながら煙草を吸う、推定40~50歳ぐらいのしょぼくれたおっさんという基本設定の段階で、明らかにいくつかの道を踏み外していると言って過言でないそいつは、ほどなくしてタバコを灰皿の中に放り込んだと思うと、今度はいきなり「砲撃」を開始し始めてくれたのだから。
「砲撃」を開始した、ということ。これは言い間違いでも何でもない。その時、「こどおじ」が私の目の前で披露し出した事柄の、極めて正確な状況説明である。もっとも、法治国家であるこの国においてはもちろん個人が自由に銃器を所持することなど許されないのであるからして、その時用いられたのが本物の銃砲ではなく、灰皿だったという極めて些細な違いこそあったが……。
そう、タバコを満足のいくまで吸い終えたらしい「こどおじ」は、まず地面から屹立していた柱状の灰皿を肩に担ぐと、大声かつキレのある美声で以て、「ダダダッ! ダダダダダダダダダッ! ダダダダッ!」とか何とか、叫び散らし始めたのだ。灰皿内部の、恐らくひどく茶色く濁っているのだろう廃液が次から次へと垂れ落ちてこようが関係なく、全身をベタベタに汚しながら、ガニ股になるぐらいまで腰を落とし、じりじり前進する。要するに、灰皿を「ロケットランチャー」か何かに見立て、攻撃を始めたという寸法なわけだった。
そのような尋常ならざる狂いっぷりや、どのような手段を用いようとも必ず敵を排除してやろうというその心意気は買うが、反面、何を「敵」と見なしているのかがさっぱりわからず、最終的に私の中では、「なかなかどうしてシュールな絵面だ」という評価に落ち着いた。25年……いや違う、40年ほど生きてきたが、それでも初めての経験だった。
もちろん「こどおじ」はどうやら真剣らしく、中腰の態勢は維持するだけでわりと大変なはずだったが、それでも全く目線を上げることなく、ただひたすら遅々とした前進を続けた。それでいて、時折例の通り、銃撃の音を表現しているのであるらしい奇声を発するのはやめない。個人的にはひどく耳障りで、それなりに距離を取ってはいたものの、聞こえてくるたびにすぐさま耳をふさぎたくなること必至な騒音だった。
だが火事ばかりに気を取られているせいか、「こどおじ」の奇行+奇声に気づく者は誰もいない。だからこそ奴は結果的に、駅のロータリーまでの約30メートルあまりの距離をFPSのプレーヤーよろしく、駆け抜けることができた(実際にはほふく前進と同じぐらいの速度だったが……)わけである。
逆に言えば、先に痺れを切らしたのは私の方だった。
確か「家族」同士の「会話」に登場していた通りの「(水の枯れた)噴水」の直前で「こどおじ」が立ち止まり、しゃがみこんで台座を遮蔽物にしてやはり何かを狙い始めたところで私は声をかけざるを得なくなった。




