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9月24日㉛

 そのまま駐車場までカートで荷物を運び、無言で車に乗り込んだ。運転するのはZで、助手席にはヤスナガが座り、私はMとともに後部座席に座る。私がヤスナガの、MがZの、それぞれ真後ろに当たる位置だ。なかなかどうしてバラエティ豊かなこのメンツでのドライブは、当然初めてであるはずなのに、その位置取りは昔からずっと変わらない、言わば「所定の位置」であるかのようにしっくりときた。

 やがていつしか、記憶の中に収められている1つの映像が、粗の目立つフィルムの映像のように不鮮明に、脳内を駆け巡ることを開始する。

 そう、気づいた時、それは既に始まっている。

 ずっと昔の記憶。

 事物の輪郭だけがかろうじて見て取れるような、曖昧に塗りつぶされ、かつ平板に押し広げられた夜の闇。黙って車を走らせるハハオヤ。車内に流れるカセットテープの音楽。それに合わせて口ずさむ助手席の兄、私の右隣に座る姉の荒い息遣い、そしてさらに、薄く開いた窓から入り込んできているらしい、妙に生暖かい風……。

 それは恐らく、母方の祖父母の家から帰る途中の光景だ。チチオヤが「失踪」した4歳ごろから、小学校に通い始めるくらいまで、私はほとんど毎日のように、自宅から車で15分ぐらいのところにある祖父母の家を訪れ、日中の時間を過ごしていた。その頃に戻りたいだなどとは間違っても思いはしないが、反面当時の生活に思いをはせると、恥ずかしさと懐かしさと惨めさと、他にほんの少しのこそばゆさが入り混じった淡い色合いの狭間で、自分一人だけがゆらゆらと揺蕩っているかのような気分になってくるのは確かである。具体的に思い出されるのは苦しかった経験ばかりだが、当時の幼い私自身は、ある種の居心地のよさのようなものを、少なくとも祖父母宅での生活に対しては感じていたのかもしれない。

 しかしもちろん「居心地のよさ」などというのは、所詮ほんの一瞬だけ光ってすぐに消える、火花のように儚い幻想にすぎない。

 母方の祖父は、10年と少し前、私が大学5年生の頃、亡くなってしまった。残された祖母は、やはり精神的な均衡を失し、いつしか家の内外にかかわらず、突発的に何の脈絡もなく大声で叫び散らすことを始めるようになった。要するに、このところ私の周囲を闊歩し始めた「異常者」どもと、概ね違うところのない動きを見せ始めたわけである。祖父の逝去に伴い、心の拠りどころを失ったことによる影響というよりも、その死に至るまでの介護保険制度関連の手続きの煩雑さや、病院への付き添い、さらには延命治療を施すか否かといった選択を迫られたことなどが原因だったように記憶する。言葉にするとあまりに軽すぎるが、本当に、年だけはとりたくないものだ。

 ……だがそんなのは、やはりもうずっと前の話なのだ、今それを思い出す理由が全く分からない……。

 時刻はいよいよ午後の11時を迎えようとしていた。

 夜でかつ秋がちょうど深まりを見せる時期であるために、車内は暑くも寒くもないという、絶妙にちょうどよい状態にあった。だが反面、比喩的な意味合いにおける「空気」はもちろん最悪だった。Mの言葉を借りれば、一人として「まとも」な奴が存在しない。その状況下で、気を落ち着けることなど、ほんの一瞬たりとも出来得るはずがない。これこそまさしく本当の「呉越同舟」というわけだ……。

 ほどなくして様々な意味合いにおいて窒息寸前の状態に陥りかけた私が、我慢できずに行動を起こすより前に、ヤスナガがボタンを押し、窓を開けた。助手席脇の、微妙な色合いで白くくすんだガラスがゆっくりと下がっていく。私もそれに合わせ、同じように窓を開けた。するとどちらに対してなのかはわからないのだが、すぐさま運転中のZが見咎め、声をかけてきた。

「やめてよっ、何やってんのっ? ダメじゃないの、馬鹿なのっ? 虫入って来るでしょ、何考えてんの? 少しは頭、使いなさいよ」

「……」私は何も答えず、手を膝の上に戻した。ヤスナガの方がどうしたのかは、知らない。ほどなくして窓がゆっくりせり上がっていくのを、ただひたすらぼんやりと眺め続ける……。


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