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9月24日㉚

 私はそこで唖然とし、馬鹿みたいに口をパクパクさせるだけで二の句を継ぐことができなくなった。もちろん「歩み」を続けることもできず、ちょうどヤスナガとMの陣取る席(言うまでもなく、先ほどまで私が使っていた場所だ)の目と鼻の先でかがんで両膝に手を突くと、呼吸を整えることにしばし専念した。とは言えもちろん、その程度の措置で簡単に「原状回復」が果たされるはずもない。むしろうつむいた瞬間、頭に血が上ったような感覚があって、かと思うとそれがサッと下方に落ちていき、引き続く形で動悸は激しさを増し増した。ほどなく頭痛と悪寒、さらに悪心が立て続けに我が身を襲い、そのまま立ち続けていること自体がそもそも困難になる……。

 全ての終了した「現在」の時点から振り返って考えてみれば、その種の突発的な身体症状の発生原因として、まず第一に、くだんの「館内アナウンス」がまさしく「異質な言語ゲームに属する他者とのコミュニケーション」(柄谷行人)に該当する現象であったことが挙げられる。簡単に言えばそれは、私の理解の範疇を超えるある種の〈(絶対的な)外部〉として機能しており、「意味」を理解するために必要な回路がもとより完全に遮断されていたということだ。

 しかし「アナウンス」に関して実際に重要だったのは、私がそこで告げられていることの「内容(≠意味)」を、むしろ確かに「理解できた」ということである。「ヨウコ」と「カンタ」というのが、いったい誰を指しているのかは私の預かり知るところではないのだが、少なくとも最初に言及された「キクチショウヘイ」というのは、間違いなくこの私の名前であり、それゆえくだんのアナウンスは、何を隠そう、自分でも気づかないうちに「迷子」になっていたらしいこの私を「捜索」するために館内全体に鳴り響かされたものであったというわけだ。……いや、それはわかった、わかりたくないがわかった、よおくわかった、だが結局のところ、それはいったい、どういうことなのか? さっぱりわけがわからない……。

 とたんに疑問符の突発的な溢出で頭が破裂寸前の状態に陥るに至った私だったが、その「状態」に関して言えば、同じ場に居合わせた他の2人もまた、同様であるらしかった。

 ヤスナガはあまりの「超展開」を前にしてついに壊れてしまったらしく、ニヤつきながらわけのわからないことをほざき出している。

「はは、すげー、おもしれー、呼ばれてるぞ、ハハッ、この年にもなって、迷子とか、おもしれー、おもしれすぎる、マジであのババア、最高だっ! やることなすこと、全てがクソおもしろすぎるよっ!」

 逆にMはと言えば、いつも通りイラついた様子で何事かをまくし立てている。

「だから言ったでしょ、時間がないって、でもなんで1人増えてるの? というか『ショウヘイ』って、あんたのことよね、さっき自分で名乗ってたものね、でも、いったいどういうことなの? なんであんたまで呼ばれなきゃならないんだろ……」

「それはこっちのセリフだ、俺とカンタだけじゃなくて、『ヨウコ』だと? そんな奴は知らない、知るわけがない、そいつはいったい誰なんだ?」

「いや、それはあたしなんだから、おかしくないでしょ、キクチ家の子どもはあたしとカンタ、その2人なんだから、とても忌まわしい事実で、可能ならば今すぐにでも塗り替えてしまいたいが、残念ながら認めるしかない、あまりに厳しすぎる事実……、というか異分子はあんたの方よ、いったい何者なの?」

「……たわけている、あまりにたわけていすぎる……」

 私はいつも通りそう呟き、顔をあげた。話を聞く(聞かされる)限り、Mとヤスナガは、どちらも相手の名前が「アナウンス」の文言の中に含まれていたということを大層問題視しているようだった。だが、私は敢えて言いたい。声を大にして、全世界に向けて告げ申し上げ仕り候いたしたい。……今、この場で問題とするべきは、絶対にそこじゃないだろ? なぜ「館内アナウンス」による「迷子のお知らせ」などという明らかにあり得ない方法で、私(たち)の名前が呼ばれるに至ったか、問題の所在は唯一、そこに対してのみ求められて然るべきだ、違うか? ……いや違わない、絶対に違ってはならない、だが本当になぜなんだ? なぜこんなことが起こってしまったんだ……?

 個人的にはそれなりに切実な自問だったが、反面その答えはすぐさま、そのうえ実にシンプルな形で与えられることになる。もちろん言うまでもなく、「答え」が「与えられる」ことは本来好ましいことであるはずだが、他の多くの場合と同様、私の人生においては必ずしも「本来」がその「名」の通りに機能するとは限らない。例えばこの場面において言えば、私は安易に正解を手に入れて事態を画定させる(←「本来」的なあり方)のではなく、大事な部分を曖昧にしてぼかしたまま、いつまでも正解を目指してさまよい続けているべきだった……。

「あんたたち、こんなとこで何やってるの? もうとっくの昔に集合時間過ぎてるわよ、キョウダイ仲良いのは素晴らしいことだけど、でも、ダメじゃない、いっつも言ってるでしょ、約束は守らなきゃダメだって、約束を守らない奴はウジ虫以下だって、何度も何度も繰り返し教えてきたでしょ? それにどこか行く時は誰とどこで何するか、それから何時に帰ってくるのかを伝えてから行きなさいってのも、いっつも言ってることでしょ? 本当に、いったい何回言わせたら気が済むの? なんでいっつもそんなに困らせてばっかりなの? ……要するに、嫌がらせがしたいわけか? キョウダイ3人勢ぞろいして、それで3人で力を合わせて嫌がらせをして、それであたしが困ってる顔を見ると楽しくて仕方がなくなると、要するにそういうことなわけか? ああ?」

 言うまでもなく、満を持してZが登場したのだった。

 サーモンの切り身の入った白いパックをそれぞれの手に2つずつ握りしめながらの叱責は、もはや「斬新さ」を通り越してむしろ様になっており、ごく控えめに言って、やはり「たわけている」と断じてやるよりほかなかったが、もちろん最も重要なのは格好などではなく、発言内容だった。より詳細を期せばZが「キョウダイ」を「3人」と2度も名状したこと、その事実は、今この場にいる「ヤスナガ」・「M」・私の「3人」が「アナウンス」内で並列されて名状されていたこととも相まって、我々「3人」の関係性が「キョウダイ」であることを、誰が何と言おうと動かしがたい事実として確定させてしまったのである。もちろん私自身は自らが「カンタ」だなどと認めることは金輪際決してあり得ないが、それでもそういう個人的な決意の類が意味を持つ時期は、どうやらとうの昔に過ぎ去ったようだった。

「まあ、そう興奮するな」

 それゆえ私はそうZに応答し、「ほらお前らも行くぞ」と言ってヤスナガとMを促しつつ、先に立って歩き始めた。……もちろん「本来」ならば、先導などまっぴらごめんだ、後ろから尾けられているのを想像しただけで怖気が走る。だが、他に選択肢がないのであるからして仕方があるまい……。

 自らにそう言い聞かせながら、Zが引き連れてきていたショッピングカートを、奴に代わってゆっくりと前に押し進めていく……。


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