「図書室」にて③
もちろん、「童貞」を捨てた瞬間、それとともに何か別の大事なものがひとつまみ失われていくというのも確かな事実ではある。「経験がない」ことは好意的に解釈すれば、「無限の可能性が残っている」ことと同義であり、つまりいったん「経験」してしまえば、それ以前の「未決状態」に回帰することは二度と叶わないことになる。またある種の「課題」の達成は、その達成者に弛緩をもたらし、それから先の人生を単なる「消化試合」へと堕させる恐れがある。「童貞」自体に価値があるなどということは間違っても毛頭ないが、それを喪失することにはやはりいくばくかのリスクが伴うのである。
だがそうとわかっていながら、「童貞」を捨てることは今この場における最適解であると、いつまでも止まない「笑い声」を耳にしながら私は確信していた。なぜならリスク云々の詳細についてはいったん措いておき、先のオオタニの発言を虚心坦懐に捉えれば、それは間違いなく、一刻も早く童貞を捨てるようにとの指示を含んだものとして解釈できるからだ。
思い出すだに忌々しいが、重要なところなので改めて確認してみることにしよう。
「そうやって何もかもを他人のせいにして、現実から目を逸らした、そのうちに取り返しのつかないことが進行してるということに、なぜいつまでも気づかない?」
「このままじゃあ、ずっと同じすよ、あんたは永遠にこのままだ、永遠にこのまま、決してここから逃れられないまま、煮え湯を飲ませられ続ける、いや『煮え湯』どころじゃない、仰向けに手足と首を固定され、口も開かされて、上から気化寸前の熱湯を喉の奥に向けて注がれ続ける、苦しくても苦しくても、身動きさえ取ることができない、それが今のお前の状態だ、それが嫌なら、わかるな?」
これらの意味深な発言から、私は初め、オオタニが『怪人二十面相』を読むように指南しているのだと思い込んだ。「名探偵」として困難に直面した際、同書を参照することを習い性としていたのは既に何度も述べてきた通りである。だがそれは実際のところ、習慣的な思考パターンに則って構築された単なるしょうもない「誤認」でしかない。なぜならオオタニは「名探偵」ではなく、ただの「助手」だからだ。つまりオオタニには『怪人二十面相』が「探偵」に対して持つ真価などわかるはずがないのに、珍しく軽はずみに自身の「名探偵」であるという特質を基準にして思考を展開してしまった結果、見事ドツボに嵌ってしまったというわけだ……。
そして翻って考えれば、奴の「指示」は本来より広い視野の下、捉えられなければならなかったということになる。つまり「探偵」であるとかないとか、そういう限定を全て取り払ったうえで、あくまでフラットな見地から、考えを巡らせてみるということだ。すると先の2つの発言には共通して、①今の状況が非常に厳しいものであること、②その状況を打破するためには一刻も早く行動を起こさなければならないこと、そして③何も動きを取らなければ、ずっとこのまま苦しい状況に置かれ続けることという3点が
、重要なポイントとして備わっていることが窺える。そしてそれらのセリフが、いずれもMやZといったある種の「異性」が、この私を翻弄していた際に発せられたものであったとの事実を踏まえれば、オオタニの真意が、一刻も早く「童貞を捨てる」ことの重要性を解くところにあった、と解釈することに必然性が生じてくるだろう。
少し考えてみれば、簡単な話だ。だがこんな「簡単な話」にさえ気づけなかったというのもまた、間違いなく私が「童貞」であることの弊害である。つまり「童貞」という枠組みの内部に安住している以上、「そこから出る」という考えは決して起こりようがないのだ。「童貞」であることは、「未経験」だけでなく、絶望的な「盲目さ」にも直結するということだ。
それゆえ「笑い声」によってねじまき管の内部まで掻き回されきった私は、そのままの流れで脳みそまでダメにされてしまう前に、足早に「図書室」を出た。まさしく「出戻り」というわけであり、表面的に捉える限り、全くの無意味のように思われる「図書室」行きだが、その実、私の迷いの全てを根源から断ち切り、進むべき道を明らかにしてくれたという意味合いにおいて、このイベントは非常に重要なものであったと言える。
自動扉を再び2つに裂き、ゼリーを彷彿させる厚みを備えた夏の闇の中に身体をねじ込んでいきながら、私は考えていた。
……俺は今から童貞を捨てる。捨ててやる。そして全てはそこから新たに始まっていくのだ……。
私の意欲の高まりに比例するように、足取りは一歩一歩、確かに力強さを増していく。




