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「図書室」にて①

 最初に向かおうと考えたのは本屋だった。もはや説明の必要もなかろうが、『怪人二十面相』を読み、行き詰まりを打破する手がかりを得るためだ。しかし時刻が21時を回っているということで、営業時間が終了している可能性を危惧し、途中で急遽行き先を変更した。そうしてたどり着いたのが「公民館」だった。

 こう言っておいてなんだが、私は「公民館」というのが実際に何をする施設なのか、よくわかってはいない。子どもの頃、その施設内の一室を借り、地元の夏祭りで披露する太鼓か何かの出し物を練習した記憶があるが、これまでの人生で関わりを持った機会と言えば、せいぜいその程度のものだ。

 だが正直なところ、「公民館」になじみがあろうがなかろうが、ここでは大した問題ではない。私がその時その場所を訪れたことには、太鼓を叩くのとは全く異なる目的があったからだ。……当然だ。今さら「スットン、スットン、ドドーン、ドン、ドンッ!」などと口ずさみながら、リズムに合わせてバチで牛皮を勢いよく殴りつけたところで、いったい何になるというのか。

 だからそうではなくて、私の目的は「公民館」内に設けられた「図書室」の利用であった。

 本屋の営業時間についてはこれまであまり気にしたことがなかったので既に閉店している可能性を捨てきれなかったわけだが、反面自身の記憶が正しければ、「図書室」は少なくとも21:45までは開いているはずだった。

 今では「名探偵」として活動している私だが、当然遠い昔には「学生」や「受験生」であった時分があり、その頃は勉強に集中できる静謐な環境を求めてよく「図書室」に足を運んだものだった。格別そこが心地よいわけでもなかったのだが、塾に通ってはおらず、また自宅ではBGM代わりに叫び声が断続的に流れてくるということで、他に選択肢がなかったのだ。

 捉えようによっては極めて局所的と形容されて然るべき「図書室」とやらの「閉館時間」について、私が知悉していたのはそのような事情に拠っている。

 もっとも、本格的な「図書館」ではないので、蔵書の量など大したことはなく、種類も娯楽小説の単行本ばかりだったように記憶する。だが私の目的は「読書」ではなく、あくまで『怪人二十面相』から手がかりを得ることであり、その目的を果たすためには、「公民館」の「図書室」でも十分であるように思われた。なぜなら私の知っている『怪人二十面相』は、確かに「娯楽小説の単行本」であるし、それに仮にも「〈図書〉室」を名乗っている手前、「これまでに救済してきた人数」という点で『聖書』を凌ぐとも言える『怪人二十面相』(実際に「救済活動」を行っているのはこの私だが)を置かずに済ますなどということは、絶対確実に間違いなく、あり得ないはずだからだ。逆に言えば、全世界の人民にとっての極めて重要度の高いその書物が置かれていないような場所を、間違っても「〈図書〉室」だなどと呼ぶわけにはいかない。要するに、そういうことだ。

 そんな風にそれなりの確信をもって「公民館」を訪れた私だったが、外から窺う限り建物の内部には照明の類がほとんど灯されていないように見え、一抹の不安がよぎった。かつて足繫く通っていたとは言え、その頃から既に30年近くが経過している、「閉館時間」が早まっていたとしても、決しておかしな話ではない……。そう考えながら正面玄関の前に立つと、結局横開きの自動扉がきちんと開いてくれたのでまず少し安堵した。

 入ってすぐ左手に事務室があり、そこには管理人らしき人が1人だけ滞在していたが、椅子に寝そべるように腰かけ、机の上に両足を乗せた状態で団扇を仰ぐことに専念しており、夜9時過ぎの来館者である私に一瞥さえくれようとしなかった。職業柄、目立たないのは必要なことであり、また熱い視線を向けられるのはいついかなる時も逆にご遠慮願いたい性分なので、その「黙殺」は僥倖と言えなくもなかったが、そんな私でも、「防犯上の観点からこいつの緊張感のなさはこれでホントに大丈夫なのか?」と余計な気を回さずにはいられなかった。……昔はもっと、「番人」みたいな、「目ざとい」・「地獄耳」・「口うるさい」の三拍子揃った名物管理人がいたように記憶するが……、やはりそれだけの時間が経過したということなのだろうか……?

 ちなみに事務室の向かい側、つまり入って右手にはロビーがあって、机とそれを挟んで向かい合わせになった椅子のセットが4つ、新聞を数種類吊るせるラックが1つ、さらにテレビが1台設置されていた。普段はそれなりに賑わっているのかもしれないが、夜9時過ぎには当然のように誰もいない。そもそも電気さえ点いていなくて、非常口誘導灯の緑色の光だけがぼんやりと灯った様は、アニメとかによく出てきそうな肝試しスポットを彷彿させた。

 私はと言えば、ひとまず入った勢いそのままに真っ直ぐ進み、突き当たりを左に曲がってさらに少し進んだ。そしてその先に現れる重たい鉄の扉を開き、「図書室」の中へと入っていった。だいたい学校の教室の半分ぐらいの広さで、書架がいくつかと、その倍ぐらいの数の長机、及びそれぞれの机に2つずつ用意されたパイプ椅子というのが、内装のほとんど全てだった。昔も同じことを考えた記憶があるが、久々に訪れてみて、やはり「読書」よりも、「自習」の方に重きを置いて作られた一室のようにも思われた。

 敢えて確認することはしなかったが、視界の隅で軽く捉えられた限り、その時「図書室」には先客が2人いた。同じ長机に陣取り、一緒に勉強をしているように思われた。もちろん私の「目的」からすれば、誰もいないに越したことがなかったが、それでも取り立てて問題にすべき存在ではない。例えば「酒盛り」をするなどしてこちらに迷惑をかけてくるのなら別だが(昔実際にそういう強者(=アホ)がいた)、「勉強」はこの部屋で為されるべき主要な行動パターンと確かに合致する。

 それゆえ私は気に留めることもなく、早速書架の方に近寄って行った。作者名→タイトルという順で陳列された本を、先頭から隈なく探していく……。

 ちょうど1つ目の棚の一番下まで確認し終え、それでもまだ『怪人二十面相』は見つからず、しゃがんだ体勢から立ち上がって次の棚へと移ろうとした時だった。

「クスッ、ウフフ……クスクスクス、フフフフフ……ウフフフフフフフフフ……」

 不意に場違いな音声が挿入され、私は反射的にもう一度しゃがみ込まずにはいられなくなった。


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