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依頼⑩

「そもそも吾輩は3歳の頃、チチオヤが駆け落ち同然の仕方で家を出て行ってしまってから、ずっとハハオヤの世話をし続けてきました、ハハオヤはチチオヤの出奔と時を同じくして、ごく控えめに言っておかしくなってしまいました、本当はもっとずっと前からおかしかったのでしょうが、手の施しようのないところまで症状が進展したのは恐らくチチオヤの出奔がきっかけでしょう、まず間違いありません、そういう事情で吾輩は3歳の頃からずっと、ハハオヤを世話し続けてきましたのです、可能な限り一緒にご飯を食べ、可能な限り一緒に風呂に入り、可能な限り一緒に寝てあげています、まさしく『息子の鑑』と称されて然るべきでしょう、違うか? いや、何も違わない、それなのに……ナンダ? どうしてだ? ふと気がつけば、童貞のまま40歳を超えようとしている……だと? これはいったい何なんだ? どういうことなんだ?」

「……」

「これはいったい何なのでしょうか? なぜ吾輩だけがこんな目に遭わなければならないのでしょうか? 吾輩が何か悪いことをしたのでしょうか? ……いや、してねえよ、全然してねえよ、むしろいいことしかしてねえよ、これまでずっと真面目に生きてきたよ、なのにこの仕打ちは何だ? どういうことだ? なあ、どういうことなんだよ?」

 ここで私は席を立った。しかしこの私の行動は、例えば尋常ならざる不愉快さに促されたものではない。「名探偵」であるはずの私が、単なる「個人的な感情」に従って行動選択を行うことなどあるはずがなかろう。だからそうではなくて、むしろここでの駆動因は、少し前に「得た」としておいた「一つの確信」の方である。端的に言えば私は、Sが「囮」だということに気がついたのだ。

 オオタニと協力して「事務所」に潜入した後、ぶっ続けで喋りまくることで以て「名探偵」である私の足止めを行うこと、そしてその間に別口で派遣された恐らく幹部レベルと思しき刺客が好き放題暴れまくって、街を滅茶苦茶にしてしまうこと……。一ミリもわけのわからない繰り言を延々聞かされながら、私はS及びHが内々で密かに描いているだろうそのような「青写真」を確かに把握するに至った。それこそが私の「確信」の内容であり、そうとわかればもちろん、いつまでもぐずぐずと手を拱いてばかりいるわけにもいくまい。

 私が「依頼」の説明を受けている最中に話を遮ることもせずに無言で立ち上がり、そのままの流れで玄関の扉を開き、破裂寸前まで膨張した暑気の中に繰り出したのはそのような事情に拠っている。「名探偵」たるにふさわしい天性の洞察力は、常に私自身を適切な方面へと導いてやまないのだ。



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