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9月24日⑳

 Mは例によって自分に都合が悪くなるとこちらの発言は一切無視し、言いたいことだけを言いたい放題続けて並べ立てた。

「わかった? それを書いたのはあんたなの、あんたが自分でそれを書いて、自分の家のポストに入れたのよ、そうよ、ここは間違いなくあんたの『家』なのよ、写真も見たでしょ? あたしたちと一緒に、あんたも写ってたでしょ? もう疑いようがないじゃない、違う?」

「……わかった、よくわかった、貴様が俺を『異常者』に仕立て上げようとしているということ、そして自分こそが『まともな人間』であるのだと勘違いしているらしいということ、それはわかった、よおくわかった、だからとりあえず俺の話が全て間違っていて、貴様の話が全て正しい、ということにしておいてやろう、だがだとすると、どうやらある種の『秘密』の告白を主な内容としているらしい文書を、なぜわざわざ『ポスト』などという不特定多数の面々が自由にアプローチすることの可能な小箱なんぞに放り込んだのか? さらにそもそも自分で自分の家のポストに物を放り込むというのが、それ自体明らかに矛盾した行動だと、俺は思うのだが、そしてこれらの齟齬をそのままにしておいては先に進めないと、俺は思うのだが、貴様はどう考えているんだ?」と私は正論をぶち上げようと思ったが、結局内言を弄ぶだけで黙っていた。その間にもMは、ただひたすら語ることを続けてくれている。

「なのに『事務所』だの『アジト』だのと、その時々の状況に合わせて、臨機応変に捉え方を替えて、周りまで巻き込んで、そうして必死で自分自身が築き上げた世界観を守ろうとしている、だけどそんなの、いつまでも続くはずないじゃない、何しろどう逆立ちしたって、『家』はただの『家』でしかないんだから……」

「……ふむ、セカイカン、とな、ふむ」

「でもまあその気持ちもわからなくないけどね、冗談抜きでこの家はホントヤバイから、にもかかわらず、あたしたちの『家』は逆立ちしたってここしかありえないんだから、……考えただけで息が詰まる、まともでいたければ、おかしくなるしかない、だけどだからって、あんたみたいに、『現実逃避』のために、自分が『名探偵』だなどと思い込むってパターンってのは、決して認められてはならないわけだけど」

「……自分が『名探偵』であると思い込む……だと? それはまた、ずいぶんと、おもしろそうな試みだ……」

「そう、おもしろいでしょうね、やってる当の本人だけは……ね、でもそろそろ『現実』に戻ってきてもらわないと、困る、あんただけ好き放題やって逆にあたしが全てを1人で背負いこまなきゃならないなんて、そんなのはおかしい、間違ってる」

「……ホントにそんなことしてる奴がいたら、そいつはもう『間違ってる』っていうか、マジで国宝級のイカれ野郎だろ? 『おかしい』とか『間違ってる』とか、普通その程度じゃ済まされねえよ、貴様はよほど寛大なんですねえ、エラいエラい、でも何でですか?」

「ナンデ……って、姉なんだから仕方ないじゃない」

「アネ?」

「そうよ」

「誰が誰の?」

「あたしが、あんたの、よ、……悲しくなるから、皆まで言わせないでよ」

「……ふむ、いや、だが、貴様はハギワラヨウコなんだろ?」

「まだそれ言ってるの? だから違うって、あたしはキクチヨウコ、正真正銘あんたの姉よ、で、たぶんあんたが言ってるそのハギワラ、何とかってのは、ハギワラユウコのことでしょ? ヨウコじゃなくて、ユウコ、その子なら少しは知ってるわ、でもあたしとは全くの別人よ」

「……ふうん、そうなんだ、あなたがワタクシのお姉さまですか、へえ……」

 確かに我々が姉弟であると仮定すれば、Mが私に対して初っ端から妙に馴れ馴れしく接してきたことにも合点がいった。血を分けた間柄なのだから遠慮はいらない、そういうわけだ。だがそれはあくまで「仮定すれば」の話でしかない。そんなことが、本当にあってたまるものか! 私について何やら多くを知っている風なのも、実際には普段から徹底的に「名探偵」を監視し、分析を行っていることの成果を、今まさに存分に発揮しているということでしかないだろう。だからMのここまでの言動から本当に引き出してしかるべき事柄は、そいつが真実私の姉であるということではなく、Hが私の退治に向けて本気になっているというとっくの昔に把握済みの事実でしかあり得ない。

 私は言った。

「……でも、兄みたいだけど」

「え? 何が?」

「この『手記』?いや『ゴミ』の中に登場してくるのは、確か姉じゃなくて兄だよね、確か」

「よく覚えてるわね、さすがに自分で書いただけのことはある」

「……いや、覚えてるっていうか」

「でもダメね、本質が見えてない、もしくはやはり見ないふりをしているということなのか」

 Mが両の掌を上に向けて肩の高さにまで上げ、頭を軽く振るようにした。要するに〝やれやれ〟というわけだ。……どこまでも芝居じみた野郎だ、こっちが恥ずかしくなってくるよ……。

「……」私はMの前を離れると、今度は机の上に後ろ向きに腰を下ろした。距離を取ったはずなのだが、不思議なことに、Mの声はそれでむしろより大きく聞こえ始めた。

「あのねえ、あんたはおかしいのよ、おかしい奴があんた菊池寛太25歳童貞なの、そしておかしい奴が書いた文章が、最初から最後までしっかり何の矛盾もなく書かれてるわけないじゃないの、それはおかしい奴の文章とは言わない、そうだろ?」

「……ソウダロじゃねえんだよ、だったら文章の内容の全部がデタラメの可能性だって否定できなくなるじゃねえか……」

「だから違うんだって、あたしが言っているのは『内容』じゃなくて、『形式』の問題なの、わかんないかなあ? ……まあでも、わかんなくても仕方ないかもね、今世間で『作家』とかいうのを名乗って大喜びしてる連中の99割は、話の内容をいかにわかりやすくするかってことを重視してる連中ばかりで、語り方の方に注力して極めて注意深くそれを構築しようとする者なんて、ほとんどいやしないんだから、その結果、パターン化された物語及び会話などで埋め尽くされた言わば『紋切り型』ばかり量産されることとなる、ホントの『ゴミ』ってのはそういうののことだよね、だから『読者』の審美眼が養われる機会も全くなくなる、本当に優れたものを見ても、その価値に気づくことができない、例えばあんたのようにね……、でもその『手記』は違う」

 Mが私に近寄って来る。そして私の臀部の下からノートを無理やり引き出すと、「これはゴミどころか、文学史的にも非常に重要な価値を持つに違いないのよ、例えばここ、見なさい」と言い、あるページをこちらへ見せつけてきた。

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