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9月24日⑲

 語調や唾液の飛散の具合、さらに険しくなった表情等の周辺情報を一絡げにして推し量るに、どうやらMはその一言で以て私を決定的に打ちのめしにかかったようであった。何やらお互いにとってそれなりに重大であるらしい「事実」を明らかにすることで、私に「現実」とやらを突きつけ、二度と立ち上がれないようにすることを意図したのだということだ。

 しかし反面私はと言えば、それに対して特に臆するわけでもなく、むしろいつもよりもよほど冷静さを保ったままでいられた、というのが正直なところだった。ここ最近巻き込まれた出来事がどれもあまりに常軌を逸していすぎたせいでしばらく影を潜めていたが、相手が熱くなればなるほど冷めていくという「名探偵」たるにふさわしい性向が、ここで久々に本領を発揮したということなのだろう。

 何やら苦し気なMの表情を横目で見やりながら、「『苦虫を噛み潰したような』という表現があるが、今のこいつはまるでバケツ一杯の『牛糞』に誤って顔を突っ込んでしまった時みたいだ」と思いつつ、ごく普通に穏やかな口調で言った。

「……へえ、まあマフィアも自分たちのこと『ファミリー』って言うみたいだから、『アジト』が『家』であっても別に意外じゃあ、ないかなあ」

「何を他人事みたいな顔してんの? あんたもその『家族』の一員でしょ?」

 Mはやはりなかなか重要そうなことを連続して口走ったつもりのようだったが、こちらとしてはあくまで予想の範疇に収まる発言でしかなかったので、そのまま何食わぬ顔をして流した。

「ああ、まあ、ある意味そう、かもね、だって俺は愚かにも貴様らの策略にハマって、今まさにここに封じられつつあるわけだからね、まあ事実はどうあれ、その状態を『「家族」の一員』などと名指されたところで、頭ごなしに否定するわけにはいかないでしょう、つまり全ては俺自身の責任、まさしく『身から当た錆』というわけだ……」そこまで言うと立ち上がり、Mに対面するところまで近づいてから続けた。「で、結局誰がこのノート?をポストに放り込むとかいうそれ自体クズみたいな行動に手を染めてくれたわけ?」

「表紙を見なさい」

「え?」

「いいから早くそのノートの、表紙を見なさい」

「……チッ、偉そうに命令するんじゃねえよ、いったい何様のつもりだ?」

 私は小声でそう吐き捨てると、机上に開いたままにしてあったノートを閉じた。すると表紙全体にわたるようにしてバカでかく、つまり「TITLE」や「NAME」など、それ専用に設けられたスペースを完全に無視する形で二列にわたって記入された油性ペンの太字が容赦なく両目に飛び込んできたのである。


 下剋上!

 菊池寛太

 

 ……たわけている、あまりにたわけていすぎる……。

 またしても相手のペースに巻き込まれかけていると思い、それを避けるため、Mが何か言うよりも前に詰問を行った。

「……要するにだから俺が書いたと? この『ゴミ』みたいな、いや全く生産性がなくただ相対した者に不快感を植え付けることしかしないという意味合いに置いてまさしく『ゴミ』そのものだと称されて然るべきこのミミズ文字の羅列は、ただ単に『表紙に俺の署名がある』というただそれだけの理由で、何の屈託もなく『この俺の手によって生み出されたもの』という認定を受けることになると? ……あまりに安直すぎて怒るよりも同情したくなるレベルだよまったく、そもそも『下剋上』とか何とか、自分で書いている時点であまりに気持ち悪すぎてサブイボ立つっての、だがよく考えてみろ、ただ『菊池寛太』と書くだけだぞ? 合計画数34の極めて初歩的な文字列だ、『ペン』という道具を用いて『文字を書く』という活動に一度でも取り組んだことがある者なら、誰だって例外なくそれを筆記し得る可能性を持つ、違うか?」

「あら?」

「……なんだよ」

「あんたさっき、自分の名前はショウヘイとか言ってなかったかしら? そこは大丈夫なんだ?」

「なにを? ……鬼の首でも取ったような得意げな顔をしていやがって、……『カンタ』だろうが『ショウヘイ』だろうが、ここでは大きな問題ではない、何しろそのノート及び中に記された文字の羅列は俺とは何の関わりもない、正真正銘の『ゴミ』なのだから……」


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