9月24日⑱
そこまで読んだところで私は顔を上げた。椅子に座ったまま振り返ると、すぐ近くの壁にMが後ろ向きに寄りかかり佇んでいるのがわかった。こちらを意識している風ではなく、手元に視線を落としている。何がそんなに面白いのか、どうやらまだ例のアルバムにご執心のようだった。
ところで、それがどのような種類の「行い」であれ、「他人の『行い』を邪魔する」というのは、私の望むところではない。「名探偵」という立場的にも、人として守るべき道徳の観点からも、絶対に避けなければならない過失だとさえ言い切ってしまってもよいだろう。
しかし先に仕掛けてきたのは相手の方であるし、そもそもこの場合においては何も言わずに済ますことの方が恐らく失礼に当たるのであるからして、私はMに話しかけてやらないわけにはいかない。
「で?」
私が可能な限りシンプルに、かつ自らの思いがしっかり伝わるようにそう言うと、Mも顔を上げ、こちらを見た。
「?」
しかし言葉を発することはせず、少し大きめに開いた目の感じから、かろうじて「何か言ったか?」とでも言いたげな、訝しさの感が伺えるだけだった。私の方もどう対応すればよいのか、早くも策に窮し、そうして結果的に互いに疑問符を交換し合うだけの状態がしばらく続いた。沈黙する我々の間隙を埋めるように、どこからともなく例の「般若心経」が聞こえ始めた気がして、無意識のうちにそれに耳を澄ませている自分がいることにもすぐに気が付いた。
もちろん、その状態をいつまで続けたところで埒が明かないのは初めから自明であり、そもそも極めて特殊なその状況下で聞かされる「お経」は、心の乱れを鎮めるどころかそれを決定的に損なうことにも繋がりかねない、言わば「ストレッサー」でしかなかった。
だから私は全く気など進まなかったが、やがてもう一度、自分から問いかけることをしたのである。
「で、これが、どうか、したか?」
「もう最後まで読んだの? 早いわねえ」
こう返してきたMの真意はわからない。言葉そのものを表面的に受け取れば、明らかにこちらを挑発しにかかっているようにしか思えないが、これまでの言動を踏まえて努めて好意的に解釈してやれば、特に意図はなくただ純粋に疑問を呈しただけという可能性も否定できない。
それゆえ私としては正直に言うべきか否かかなり迷ったのだが、結局きちんと否定しておくことにした。
「最後まで? なわけあるか! まだたぶん全然序盤だが、もう十分お腹いっぱいだよ、というか正直言ってひどく気分が悪い、これ以上読む気になどなれるはずがない、いったいこれが何なんだ? もしかして、ただの嫌がらせか?」
「まだわかってないの? ……いや、わからないふりをしてるだけか」
「おい、意味深なセリフで何かを暗示したふりをするのはいい加減やめろ、仄めかしにはもう、ほとほとうんざりしてるんだ」
「じゃあ言うけど、これはあんたがおかしくなってからしばらくして、この家のポストに投函されていたものよ」
「おかしい? 誰が? それに『家』だと? 誰の? というか、ここは『アジト』だろ? ……『おかしい』のはやっぱりどう考えても貴様の方じゃねえか」
「だからっ! それがおかしいって言ってんのっ!」
またしてもMが突然激高した。精神的に不安定な輩というのは、都合が悪くなるとすぐにコレだ。とにかく大声を上げて相手を威嚇し、論理ではなくただの勢いと圧力で以てひたすら自分の主張を突き通そうとするのだからタチが悪い。この場合などその典型例で、だから一発目の怒号だけで私を引かせるのには既に十分すぎるほど足りていた。だが本人としてはまだそれでも飽き足らないらしく、続けて、「内容」・「形式」ともにさらに強烈さを増した言辞で以て、改めて情熱的に畳みかけることを試みてきた。
「ここは『アジト』なんかじゃないっ! あたしたち『家族』の、おウチでしょっ!」




