手記⑤
チチオヤ。
それは言うまでもなく、性行為によって快楽を得るのと引き換えに精子を提供し、この世に俺を生み落とすのに大いに貢献してくれた非常にありがたい存在のことだ。
その「ありがたい存在」は、俺が「4歳になったばかりの冬」、やはり実に「ありがたい」ことに、「我が家」から姿を消した。よりによって、12月24日だった。朝、普通に出勤するふりをして家を出たはずだったのだが、俺とアニ、そしてハハオヤがたまたま映画に出かけた隙に帰宅すると、自らの私物をその痕跡さえをも消し去り、それきり二度と帰ってこなくなってしまったのだ。
思わず舌を巻いてしまいそうなほどに用意周到なその手口から、「失踪」は長い期間にわたって綿密に計画を練り上げた上で為されたものであることがうかがえた。つまり俺たちが「たまたま」映画を見に行くタイミングを、チチオヤはずっと待ち望んでいたということだ。それぐらい、「我が家」にいることに耐えられなくなっていたのだろう。その「耐えられなさ」については、俺もまた当事者として激しく同意したいが、もちろんだからと言って同情の余地などほんの一ミリたりともありはしない。そもそも「我が家」の耐えがたい環境は、元をたどればチチオヤ自身がハハオヤと力を合わせて作り上げたものだ。つまり完全に自業自得である。にも拘らず、自分だけ全ての責任から逃れて「失踪」するなど、絶対に許されてよいはずがない。それが「子持ちの既婚者」の役割を子どもに押し付けるものであったのならなおさらだ。
言葉で表現すると零れ落ちるものがあまりに多すぎ、うまく伝わらないかもしれないが、この「押し付け」は、仮に後に命をもって償うことを敢行したとしても全く足りないほど、あまりに重篤な犯罪行為である。そう、職業柄、常に冷静さを失わないことを心掛けているために今敢えて努めて丁寧に話を語ってみせてはいるが、そのある種の虚飾を一度だけかなぐり捨てて本心をありのまま表現してやれば、チチオヤのしでかしたことは、「マジであまりにヤバすぎて、あまりにヤバすぎている」との破格的なフレーズで以て、表現されねばならない。……いやもちろん、本当であればそれでもまだ、足りはしないだろう。
例えばチチオヤの失踪を機に「子持ちの既婚者」となった俺に課せられた大きな役割の一つは、ハハオヤとセックスすることであった。
もちろんここで言う「セックス」は本来の用法とは異なり、比喩的な意味合いで用いられている。さすがにそうでなければ困る。つまりある種の「狂人」として一挙に決定的な高みにまで到達したハハオヤを、精神的に慰撫するための言わば専用の「模造ペニス」として、この俺が新たに転生を果たしたということだ。
だが、「比喩」であることは、事態の深刻さをわずかに低減させこそすれ、それを無化するのにはもちろん何の効力をも持ち得ない。例えば、①「心身に何か異常を来していないかどうか、常に様子を窺う」、②「実際に不具合が生じていた場合には、すぐに近くに飛んで行って労いの言葉をかける」、③「場合によってはお手伝いをしたりして機嫌をとる」といった風に、ハハオヤの生活上の心地よさを増幅させること(つまり「模造ペニス」の役割)にのみ人生のほとんどを費やさなければならないというのは、「性行為」を強要されるのと同じく、4歳児が背負うにはあまりに重すぎる十字架ではなかろうか……。




