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手記②

 2つ目の理由。それは「記録をとる」ことが、ある意味で、「退路を断つ」のと同義となるということだ。

 例えば何らかの「目標」を定めたとしよう。とは言え恣意的な状況設定は主観が入り込み、中立性が失われる恐れがあるので、この場合はその「目標」として、俺自身が小学2年生の4月、学活か何かの時間に立てた「1学期の目標(個人)」、すなわち「ブータンに勝つ。」を掲げておく。

 響きだけを純粋に鑑みて、「ブータン」を国名だととらえてしまうと、小学生のわりに何やら革命家気質をうかがわせる非常に気宇壮大かつラディカルな目標を立てたものだと感心の気持ちさえ芽生えてくるが、残念ながらそうではない。「ブータン」とは国名ではなく人名、より正確を期せば、ただの同級生の仇名である。つまりここでの「目標」は、「ヒマラヤ山脈の東端に位置する仏教王国」であり、「世界一幸せな国」ともされる小国を打倒することではなく、皆から「ブータン」と呼ばれる学年最速の男に50メートル走で勝つことを意味するのである。

 もちろんこの「目標」のショボさ、及び逆説的な意味合いにおける強烈な存在感については論を俟つまい。それだけ単独で「世界陸上」のキャッチコピーにできそうなレベルだ。だがここで着目したいのは「内容」ではなく、あくまで「形式」である。

 例えばくだんの「目標」を、ただ口だけで表明していた場合を想定されたい。するとたとえ最終的に達成が叶わなかったとしても、「いや、そんなことを言った記憶はない」などとお茶を濁して事なきを得ることが十分に可能である。場合によっては「言いがかりをつけるんじゃない!」と激昂し、事実を指摘してきた側を糾弾することさえでき得るかもしれない。

 だが、仮にその「目標」を、紙などに書き記していた場合はどうなるか? 

 一応便宜的に「仮に」と評したが、当時の俺は実際にそれを「書き記して」おり、その「紙」は授業後回収され、同じクラスのクソガキどもと共に、教室後ろの掲示板に張り出されることとなった。「家のおてつだいをする」・「しゅくだいをわすれない」・「せいりせいとん」・「友だちをたくさんつくる」・「好きな人とけっこんする」・「はやねはやおき」・「犬のさんぽをサボらない」・「ごはんを作る」などといった、まさしく「小学2年生らしい」と称されて然るべき非常に高尚な目標群の中に、ただ一つだけ異質なきらめきを燦然と放つ「ブータンに勝つ」……。試しに軽く想像してみただけで絵面的にクソ面白すぎて、逆に笑いさえ漏れまいが、当時の俺はその結果、なかなかどうして深刻な苦境に追い込まれることとなった。すなわち学年一の俊足である「ブータン」に喧嘩を売った筋金入りの「身の程知らず」として、同級生や教職員をはじめとする学校関係者はおろか、授業参観にやってきたクソババアどもからさえ、例外なく白い目で見られることとなったということだ。

 今から思えば、担任が事前に内容を確認し、「無い頭を使って頑張ってひねり出したのは認めるが、さすがにこれはこちらの想定を越えてあまりにひどすぎるから新しく書き直せ」などのアドバイスを送るといった措置を、俺に対して施すべきだったのだろう。だがいつの時代も、他人に期待するのはそもそも間違いであり、またこの出来事の「神髄」は、それを書き記し、世間に向けて公表したことによって初めて表沙汰になる類のものであったのであるからして、俺はむしろ自らを蔑んだ者全てに、深い感謝の意を表さねばなるまい。

 つまりわかりやすくまとめておけば、いったん「記録」を行い、「目標」を確たるものとして公表+保存したことで、俺は絶対に「ブータンに勝つ」より他になくなった(つまり「退路を断」ったということ)、そしてだからこそ全身全霊をかけてまさしく死に物狂いで、その「目標」に向けて一直線に邁進できたわけである。

「記録をする」ことと「退路を断つ」ことの間の密接な関係については、これで十分ご理解いただけただろう。

 ところで、ではそもそもなぜ俺は、今唐突にその「記録すること」とやらを持ち出し、大仰に補足説明を行ってきたのか。

 もはや敢えて名状するまでもなかろうが、その理由とはすなわち、今の俺にはどうしても叶えなければならない「目標」、すなわち「夢」があり、だからこそ、その「夢」について語るこの文書が、いや、「文書」の形で夢について語ることが、それ自体非常に重要な価値を持つことを示したかったがためである。

 そう、まさしくこの「文書(=記録)」は例えば単なるオナニーなどではない。今の俺が「夢」を叶えるために絶対に不可欠なものなのだ。

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