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手記①

 いきなりだが、何事においても、記録をとっておくというのは大事なことである。

 少なくとも、俺にとって「記録」は何より重要な行為のうちの一つである。

「何より重要な行為である」と断言してしまうのではなく、「何より重要な行為の一つである」と、そのように歯切れの悪い言い回しでもって留保をつけてしまったのは、単に修辞、すなわち「婉曲法」を自在に弄してドヤ顔をしたかったからではない。「生物」であることを踏まえて虚心坦懐に考えれば、やれ「理性」だの「倫理」だのとほざいたところで、結局「人間」にとっても「何より重要な行為」が「生殖」以外にないということは、容易にそれと知れるほど自明にすぎることだからである。

 だが繰り返しになるが少なくとも俺にとって、「記録」することは主に2つの理由から、それなりに重要な意義を持つ行為ではある。

 1つ目は俺がこの頃異常に忘れっぽくなっているということだ。

 その昔、俺は自身の記憶力について、それなりに強い自信を持っていた。例えばわずか2年たらずで「九九」をマスターしたとの事実がその何よりの証拠である。しかし今、俺の記憶力は、どうやら大層な危機にあるらしかった。恐らく幼い頃から苦境続きのせいでいよいよ精神的な負荷が限度量を超過したのだろう、文字通りの意味で、「頭がおかしい」と感じることが顕著に増えているのである。

 例えば自動販売機で飲み物を買おうとした時のことだ。

 そう、その時俺は間違いなく、飲み物を買おうとしていたはずだった。しかし硬貨を入れ、ボタンを押した直後、俺は自らの意図していたことを忘れ、何事もなかったかのようにその場を離れていってしまった。そう、あたかも初めから、飲み物を買うためではなく、硬貨を投入すること自体が目的であったかのように……。

 また、別の機会にはこんなこともあった。

その時、俺は薬局にいた。だからと言って、「薬」を買おうと思っていたのだなどと単純に短絡してもらっては困る。俺はただ、「アイス」を買おうとしていたのである。そう、俺がその時アイスを買おうとしていたこと。それは絶対確実に間違いなく、間違いのないことだ。なぜそう断言できるかと言えば、俺は基本的に飲み物とアイスぐらいしか自分で購入することがないからだ。

 だがだからと言って、今、「俺」などと自身を名指して自分でさえわけのわからないことを語り始めている、男だか女だかさえ定かでないが、少なくとも何かを語ろうとしているらしいことだけはかろうじて明らかなこの「主体」について、経済的にも心理的にも全く自立することができておらず、自分の身の回りの世話さえ満足にできない究極的に怠惰な存在、所謂「カウチポテト」と呼ばれる生き物の類であるなどと、これまた物事を単純化して捉えてもらってはならない。そのように短絡するのは、むしろ自らが筋金入りの間抜けだということを表明しているのも同然なのだからやめておいた方が懸命だ。なぜなら仮に世間一般的な目線からして俺が「カウチポテト」のように見えたとしても、それは決して俺自身が望んだ結果ではないからだ。むしろ俺が望んでいるのは、強く願ってやまないのは「そう」ならないこと、つまり閉ざされた部屋の中でソファにただひたすら寝そべって時間を浪費する代わりに、あらゆるしがらみから離脱し、何もかもを振り切ってどこかへと旅立って、自分一人だけで、いや愛するオナゴと2人きりで「生きててよかった」と思えるような充実した生活を送ることなのである。

 逆に言えば、俺が今「そう」あることを望んでいるのは、俺ではなく、俺以外の誰かである。だが、そのことについて考え始めると、マジで一度の例外もなく頭痛が兆し始めるのであるからして、話を本題に戻そう。

 いずれにせよ、俺はその時アイスを買うために薬局にいた。その状況設定だけを、ここではよく抑えておいていただきたい。なぜならそのように「設定」されていたはずの「状況」は、俺の、どうやら機能不全に陥りかけてるらしい脳みそにより、すぐさま自壊を始めるのであるから。逆に言えば、俺がその時薬局にアイスを買いにいったかどうかなど、はっきり言ってこの際どうだってよろしいのである。どういうことか。

 会計のため、レジに並んだところまではよかった。本当のことを言えば、別に何も「よく」などなかったのだが、と言うかそもそも、既に俺の人生には本当の意味で「よい」ことなど何一つ起こりはしないことがずっと前から決定済みなのであるが、まあいずれにせよ、差し障りの類が何事も生じなかったというのは一つの事実だ。

 しかしだ。

 僭越にも「俺の目の前に立つ」などという、「無礼さ」の権化のような蛮行に確かに手を染めておきながら、それでいて全く悪びれる様子もなく、逆に言えばさも優先されるのが当然であるかのように、俺に順番を譲ることもせず平気で会計を済ませては立ち去っていく有象無象どもに非常に強く苛立たせられながらも、ようやく会計の順番が回って来た時、俺は自分の脳みそがもうおしまいなのだということを否応無しに知らされ、強く打ちのめされた。

 なぜならレジの前に立った時、俺は手に何も持っていなかったのだから。

 並んでいる間に我慢できず食べ尽してしまったのではない。それならまだ、わからなくもない。しかし真実はそうではなく、結局のところ、私は手に何も持たない状態で、ただ大人しく列に並んでいただけだったのである。これには我ながら驚かされた。非常に強く恐れ入らされた。

 俺が自分の記憶力を信じられなくなり、その結果、何か大切だと思ったことがあればすぐに記録にとるクセをつけ始めたのはまず一点、そのような理由によっている。

 だが、俺が今強調しておきたいのはむしろ2つ目の理由の方である。


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