突入⑬
聞き間違いかと思い、すぐに問い返した。
「え? なんだって」
「なんだってもなにも、だから、ハギワラユウコよ、ハ・ギ・ワ・ラ・ユ・ウ・コ、というかあたしよりも、あんたの方がよっぽど詳しく知ってるでしょ?」
Mは何やら確信があるらしく、やけに気張ってそう断定してきた。だがもちろん私には、全く心当たりなどない……。
「いや、ハギワラ『ユウコ』って誰だよ、ハギワラ『ヨウコ』だろ? しかもそれは……、お前だろ? オマエがハギワラヨウコなんだろ? 違うのか? いや、違わない、違うはずがない……、頼むからこれ以上、わけのわからないことを言わないでくれ」
「ふうん、あくまで白を切り続けるわけね、じゃあ、これはどうかしら?」
Mはそう言うと、「子供部屋=封印領域」内を音もなく移動し始めた。「異常者」なりに何か考えや目的があるらしく、一直線に本棚の前へと向かう。私は胡坐をかいた状態で、やはり目だけを動かしてその動きを見ていた。
程なく手を伸ばして何かを抜き取り、足早に戻ってきたMは、「ほら」と言いながら私にその「何か」を差し出してきた。
「……これは?」
「写真のアルバムよ、そんなこと見ればわかるでしょ」
「……」
「それより早く、中、確かめなさい」
「……は? なんで?」
「それも見ればわかるわ、ほら、例えばここ」
ご丁寧にページを開き、「見るべき場所」を指で示すことさえしてくれていた。もちろん私からすれば、正直ただの「ありがた迷惑」でしかなく、ただひたすら勘弁してほしかった。
思わず強く拒絶してしまう。
「いいって、ついこの間見たばっかりだから」
「この前? いつ?」
「……いや本当についこの間、……だがそうか、あれはここじゃなくて、『事務所』の方だったか……、いや、でも『事務所』はここと全く同じ部屋のはずで……、ああ、俺までおかしくなりそうだ、とにかくいい、アルバムなんて、そんなものは見たくない」
Mが低く呟いた。
「逃げるのか?」
「え?」
「そうやっていつまでも現実から目を逸らし続けて、それで最終的に何もかもが勝手にうまくいってメデタシメデタシなんて、そんな風に思ってるなら、あんた、大間違いよ」
「逃げるだと? この俺が? ハハッ、あり得ない、そんなことはあり得るはずがない」
それが挑発だとわかってはいたものの、私は素早くアルバムをひったくり、指定のページに目を通してやることを開始した。前にも述べた通り、「困難に対してはがっぷり四つに組み、正々堂々とねじ伏せる」ことをモットーとする私に対し、あろうことか「逃げるのか」などと投げかけるのは、なかなかどうして皮肉の利いた修辞技法であると言う他ない。当事者以外であれば、感心して頷き、それとなく賛意を伝えてやることもできただろう。だがしかし、「当事者」としてはもちろん、そのままで済ませてやるわけにはいかない。
だからこそ私は、敢えて挑発に乗ることにした(つまり「逃げる」のではなく実際に「ねじ伏せ」にかかったということ)わけだが、反面、アルバムを目にした瞬間、直前のセリフと全く同じ言葉を、前と全く異なる意味合いで繰り返さざるを得なくなった。
「……あり得ない、こんなことはあり得るはずがない」
「事務所」と「アジト」という風に、「場所」の面で大きな違いはあったものの、その時Mが持ち出してきたアルバムは、確かに以前私が手に取った「事務所」内のそれと全く同じものであると思われた。なぜなら前回と今回と、そのどちらのアルバムにおいても、あの「ミッ●ーマ●ス」の野郎が表紙のど真ん中で、持ち前のムカつくニヤつき笑いを惜しげもなく浮かべくさっておりくさりやがったからだ。……「永遠のガールフレンド」がオオタニに食べられた直後だというのに、よくもまあそう無邪気に笑っていられるものだ。
そしてだからこそ中身に関しても結局同様なのだろうと、私は目算を立てていた。つまり、誰がいつどこで撮影したものなのか知らぬが、我ながら決して麗しいとは言えない見目を半永久的に閉じ込めた写真が、これでもかと言うほど大量に収められているということである。
だが、実際に目を通した私が直面させられることとなったのは、前回とは異なり「私自身の写真」ではなかった。
見開き2ページ、数にして8枚の写真の中には、オオタニとM、さらにZという3人が、ランダムな組み合わせで映り込んでいた。より詳細を期すならば、①オオタニとM、②オオタニとZ、③MとZ、オオタニとMとZ、の四つのパターンが、前からそれぞれ3枚、2枚、2枚、1枚の内訳で合計8枚収納されていたのである。
急いでページをめくり、可能な限り多くの写真に目を通してみたが、結果は同じだった。
「オオタニ」・「M」・「Z」という、「異常者」界隈トップスリーの顔が次から次へと現れてきて、私はすぐに再び気分が悪くなる兆候に襲われ始めた。互いにHの一員であるということで、本来言わば「ビジネスパートナー」でしかないはずの3人は、それらの写真の中で一様に犯罪とは無縁の柔和な表情を浮かべるに至っていた。その非常に仲睦まじげな様子には、仕事上やむを得ず撮影した写真というよりも、むしろ所謂「家族写真」に近しいものがあるように思われた。ごく控えめに言って、違和感しかない。わからないことがあまりに多すぎる……。
だが、それでいて一番わからないのは、Mの意図だった。今の俺にこんなものを見せて、あの野郎はいったい何がしたいというのか?




