突入⑪
相変わらず雑多なガラクタで溢れた物置のような部屋だった。ゲーム機、カスタネット、組み合わせて遊ぶブロックのピース、けん玉、指人形、ラッコの形をした目覚まし時計、あやとりに使うらしい紐……。机や本棚、さらに箪笥など、設置された「家具」の種類や数にも取り立てて変化は見られなかった。まさしくあの忌まわしき「子供部屋=封印領域」そのものである。
そしてだからこそ、「それ」の異様さは、極限まで強調された状態で私の複数の感覚器官を同時に刺し貫いた。
先の訪問時(一度目)に着目を促した通り、くだんの「ガラクタ」の類いは、「『アジト』の備品」としては明らかに不適格である。日々街中で凶悪犯罪を引き起こし続けているHの連中が、いったん「アジト」に戻れば、けん玉の回数を競ったり、技のカッコ良さを競ったり、はたまたカスタネットを鳴らして喜んだりしている。もし仮に本当にそのようなことが起きているのであれば、それはそれで非常に恐ろしいことだと言えなくもない。だが残念ながら、その可能性は恐らく限りなく0に近いだろう。Hの立場に身を置いて考えれば、奴らは四六時中、時間を惜しんでこの「名探偵」への対策を講じなければならないはずで、だから下らないお遊びに興じるなど言語道断、ご法度中のご法度である。逆に言えばそれらの「ガラクタ」は、ただ領域内に存在しているという事実だけで、Hの威厳や品格を根底から揺るがしてしまいかねない。まさしく「諸刃の剣」というわけだ。
だが、反面、あらゆる先入観の類を配して虚心坦懐に考えれば、「部屋の中にある物」として、それらは極めて正当である。「部屋の中」にあやとり紐があること、ラッコの時計があること、指人形があること……。使用するかしないか、また誰がいつ使用するのか、観賞用なのかそれとも保存用なのか、そういう諸々の詳細をいったん脇に措き、「存在」だけを集中的に見据えれば、それらが「部屋の中にある」ことには、何らおかしなところなど含まれてはいない。つまりそこが「アジト」であるという点さえ除けば、「ガラクタ」をいくら見せられたところで、私は決して「息をの」んだり、「他のあらゆる問題が頭から完全に消えた」りすることなどなかったということだ。
しかし実際、「それ」は間違いなく私の身体に、種々の「症状」を引き起こすに至った。
その事実は、今ここで問題にしている「それ」が、単なる「ガラクタ」とは完全に種類を異にする物品であること、すなわち「『部屋の中にある』べき物ではなかった」ことを確かに示唆している。より正確を期すならば、「『部屋の中にある』べき物ではなかった」のではなく、「どこにもあってはならない物であった」と、はっきり言い切らねばならない。なぜなら「それ」は「アジト」や「部屋」といった空間上の制約に囚われるようなヤワな代物ではなく、本当の意味で「どこにも」、存在する必然性を持たなかったからだ。
迂遠な物言いは誰に対しても資するところがないのでこのあたりでお開きとし、事態の詳細を可能な限り明確に告げ表す段へと移ろう。
「それ」に備わった特徴の内、最も初めに、そして最も鮮烈な印象を伴って私をとらえたのは赤い色彩である。照明が灯されてはいたものの、どちらかと言えば薄暗く、「閉ざされている」との印象を与える室内に、その赤色だけが鮮明であり、かつリアルだった。
しかし実際のところ、認識は思考の内部に「それ=赤」という枠組みを成立させただけでは停止しない。その新たに獲得された「枠組み」は結局適切ではなく、だからこそ時間の経過とともに、しかも細かいスパンで、微妙に修正を施され続けていく。
「それ」は例えば机の上に安置されていたというわけではなく、床の絨毯に無造作に転がった状態で発見された。大きさはだいたい30センチくらいだと、目撃の瞬間、私は根拠もなくそう考えた。そしてほとんど間髪を入れず次に浮上してきたのは、今自分の目の前で何かが血を流して倒れているのではないか、という考えだった。つまり「赤」はそのタイミングで、「ただの色の一種」から、「血の色」というより高次の身分へと、格上げされたわけである。
ほぼ同時に全身が一挙に総毛立つ。身体の表面を舞台に、「ドミノ倒し」が展開されているような感覚に突き動かされるようにして、私はいつしか止めていた足を再び前へと動かし始めた。
近くから見てみると、何ということはない、「それ」はミ●ーマ●スの人形だった。夢の国からやってきた、にっこりとした笑顔を決して絶やさない人型のネズミの人形。もちろん、ここでの「何ということはない」という価値判断は、〈「それ」がミ●ーマ●スの人形である。〉という単純な命題に対して与えられたものであるにすぎない。つまり「ガラクタ」の場合と同じで、「人形」自体の出現には、取り立てておかしなところが含まれてはいない。先の訪問時、「ミッ●ーマ●ス」の野郎と戯れた経験を持つ私には、彼の「永遠のガールフレンド」である「ミ●ーマ●ス」がその場にいることは、むしろ当然のことのように思われた。
しかし一般に通用する「人形」として、「それ」を何の屈託もなく捉えるのではなく、その唯一無二の「ミ●ーマ●ス」特有の、極めて個別具体的な特徴にしかと着目してみた場合、話は全く変わって来ることとなる。
例えばその時、「それ」は首をかき切られ、顔面にあたる部位は「皮一枚」ならぬ「布一枚」、もっと言えば「糸一本」でのみ身体とつながることとなっていた。また、その首の裂け目を恐らく中心として赤い塗料がまき散らされており、「それ」を作成した何者かは、恐らく血まみれの状態を表現しようとしているようなのであった(つまり先に言及した「赤」は、まさしくこの「塗料=血」に該当する)。にもかかわらず、やはり「何ということはない」などと自らを納得させ、全てをうやむやにして流すなどということができるだろうか? ……いや、できるはずがない……、何しろ首を切られ、血まみれになっているにも拘らず、笑顔を絶やさないネズミ野郎が現れたのだ……、なかなかどうして悪趣味なことこの上ない。
その姿を見て取った直後、恐らく自己保全のプログラムが自動発生したためだろう、思考を放棄し、ただ立ち尽くすだけになった私を背後から追い抜いてくる者がいた。視線だけを動かして見ると、それはあのオオタニだった。「背後から追い抜いて」きたということは、私を導く形で先に室内に入ったはずの奴が、その実いつの間にか私を残して再び部屋の外に出ていたことを意味する。そんな大胆な移動に気づかないくらい、私は「それ」の異様さに意識を奪われていたというわけだが、しかし残念ながら、そこはまだ、本当の「底」ではなかった。
オオタニは私の見ている前で、「それ」に近寄ると、しゃがみ込み、「それ」を抱きかかえるようにした。そしていきなり大声を出し、「かわいそうになあ……、こんなことになって……、痛かったろうなあ……、だがっ!」と言うや否や、今度は目にも止まらぬ速さで「それ」を突き刺した。




