突入⑧
もちろん、「名探偵」に二度同じ手は通用しない。いや、通用するだなどと決して思うな!
それゆえ私は剣幕を強めて疑念を表明することで、逆に奴らの企みを封じにかかった。
「は? ウガイテアライ? なわけねえだろ」
「え? なら、どこ行くのよ?」
「は?」
「だぁかぁらぁ、うがい手洗いじゃないんだったら、今からいったいどこ行くつもりなのよ」
「……救急車、呼ぼうか?」
「え?」
目論見通り、今度はMが動揺する番だった。さらに畳みかける。
「エ、じゃねえよ、わからねえんだろ? 俺が今ここで立ち上がって、それでどこに行こうとしてるのか、それが貴様にはわからねえんだろ? 『うがい手洗い』とかいう明らかにおかしい行動以外に選択肢が思い浮かばないわけだろ? ということはお前はおかしいから、絶対に脳みそに何らかの異常が来たしてるはずだから、だから救急車だけ呼んでやるから、早く病院行ってこい、もちろんそこに立ってるイカれたクソババアも一緒にな、じっくり時間をかけて検査してもらえ、そしてそのまま二度と俺の前に姿を現すな、そう、見逃してやるのはもちろん今回だけだ、次俺の前に現れてみろ、その時こそ、貴様たちの『最期の時』だ、俺は全力を費やして、貴様らの組織を潰しにかかる、覚悟しておけよ」
「……」
「いいか? わかったか? わかったなら、もう、行くからな、病院行ける準備だけしとけ、保険証忘れんなよ、……あ、そうだ、オオタニは俺が連れて帰るぞ、いいよな?」
そこでいったん口を噤んだ私は、次に続くべき言葉をそのまま発するべき否か一瞬迷った。なぜならその「次に続くべき言葉」は、これまで私も含めて関係者の誰もが目を逸らして深く追求しようとせず、それゆえ凡庸な日常の中に埋没させられてきた「事実」をついに浮き彫りにし、その結果、いつ崩れてもおかしくない状況にありながら、実際には絶妙な均衡で以て保たれ続けてきた我々(「名探偵」とH)の関係を、一気に「抗争状態」へと突き進めるものたり得たからだ。
……だがしかしいずれにせよ、ここまで事態が進展してしまったと今となっては、いくら平和的解決を望んだところで、そんなものには全くもって何の意味もありはしない……。
現在得られる情報の全てを余さず勘案し、起こりうる展開を全てシミュレーションしたうえで、総合的にそう判断した私は、結局包み隠さず、言い放った。
「オオタニはスパイなんだろ?」
「え?」
「だから、エ、じゃねえんだよ、あいつがお前たちの仲間なのはわかってる、隠さなくていい、俺の動向を探らせるために、貴様らが送り込んできたんだろ? わざわざ凶器を首元に突き付けるとかいう事件まで演出してさあ、あの危なっかしい刃物男はどこで調達したんだ? まあいいけど、今度はもっとうまくやれる奴を雇えよ、とにかく、オオタニが貴様らの側にいるなんてことはとっくの昔からわかってる、完全にバレてる、バレバレだ」
「ちょっと、ちょっと、待って、付いていけない、整理させて……その、オオタニって奴は、『スパイ』なの?」
「まだ惚ける気か? いい度胸だ、勝手に好きなだけやってろ、だがあいつは少なくとも今は、俺の『助手』なんだ、少なくとも、俺の前ではな、だから連れてくぞ、いいな? 文句、ないよな?」
しかしそう言って部屋を見渡したところで、当のオオタニがいないことに私は初めて気がついた。つい先ほどまでMと激しい口論を繰り広げていたはずなのに、今や影も形も消えている。
「……あれ? そう言えばあいつ、どこ行った?」
思わずそう呟いてしまわずにいられないほど、強烈な焦慮の念が急激に身内より喉元へとせり上がってくるのを禁じ得ない。Mがすかさず反応する。
「ドコイッタって……、ああ、もういいや、可哀そうだと思ってちょっと話合わせてあげてたけど、やっぱりやめよう、付き合いきれない」
「あのヤロウ……」
「オオタニなんて……、そんな奴、いるわけないじゃない、だってそれは」
こちら側の微妙な惑乱の兆しを見て取ってか、またしても懲りずにMが例の手管(見当はずれな言葉→誘導)を弄そうとし始めたが、私は両耳に左右の手の小指をそれぞれ奥深くまで突っ込むことで対応を図った。そうして余計な騒音をシャットアウトすると、さらにしばらくの間、部屋中を見て回ることに専念した。




