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突入⑦

 もちろん前にもどこかで述べたように思うが、他人が何を着ようが、基本的に私の知ったことではない。着用すると「恐竜」に変身できるというまさしく「夢」のようなルームウェアに関してもそれは同様である。だが、その服を「サ●エ」そっくりの中年女が身に着けていることに関しては話が別だろう。理由はもちろんそいつが、特徴的な縮れ毛で以てもとより「サ●エ」のコスプレをしているのも同然だったからではない。

 原理的に遡って考えれば「恐竜」のルームウェアは本来「子ども向け」の装いのはずであり、したがってそれを着用している人物は、本来ある種の「子どもらしさ(=幼さ、無邪気さ、可愛らしさetc.……)」を獲得していて然るべきはずである。そう、そのはずだ。だがその時私の目の前に現れた「恐竜」は、実際には謂れのない暴論の類で以てこちら側に極大のストレスを与え続けることに終始していた。つまり「見た目は子ども、頭脳は大人」ならぬ「見た目は子ども、中身は騒音おばさん」という、容易に承服しがたい極めて問題含みステータスを、余すところなく最大限発揮してくれていたわけである。

「ねえわかったの? うがい手洗いと着替えよ? わかった? わかったならしっかり大きな声で返事ぐらいしくさりやがらんかいゴラアッ!」

「……潮時だな」

 私はやはり既に人生で何度か耳にしたことがある、そして人生で何度か耳にすることが絶対に正しくないその「叱責」に駆り立てられるようにして立ち上がった。そうして「心頭滅却心頭滅却心頭滅却」と無言で呟き続けながら1つ大きく伸びをすると、「よおしっ! じゃあ、ママの言う通り、うがい手洗いしてくるね、せっかくだから喉の奥にこびりついてる菌という菌が全てなくなるように5リットルぐらいの水を惜しげもなく口と鼻に投入して地上なのに溺れ死ぬぐらいまでうがいしてくるねっ! 目に見えないウイルスの類が繁殖してるといけないから、指の先が裂けて血が流れ始めるぐらいまで激しくこすりまくって手洗いしてくるね! それから着替えも楽しみだなあっ! ママが選んでくれた、ヒーロー戦隊のカッコいいパジャマ、ようやくお披露目の時がきたっ! いやでも汚したくないから、やっぱり今日着るのはやめにして、今まで通り、ママとおそろいの猫の奴にしておこうかなあ、あれもかわいらしいからなあ、迷うなあ……」と高らかに宣言し、部屋の出入り口の方へ向けて歩き始めた。逆説的ではあるが、明らかに間違った展開に半ば無理やりの形で巻き込まれることで、「ここを出なければならない」という根源的な欲求、より簡潔に言えば、「これ以上付き合ってられねえ」との感に、ようやく耐え難いほどの強さで以て触発されることが始まっていたのだ。

 つまり当初、その「動き出し」は単なる生理的な反射にすぎない。本能的な衝動を常に理性のコントロール下に置き続けていなければならない「名探偵」としては、非常にあるまじき行動だ。

 しかしそのおかげか、数歩進んだところで、先に自らがやろうとしていて、だが結局のところ複合的な要因から久しく中座したままになっていた「任務」があったことを思い出せたのは僥倖だった。つまり生得的な本能の類を、後天的に獲得した「名探偵」としての資質がごく自然に凌駕し、その結果、当該の時点・場所における行動の「最適解」を導き出したというわけだが、ところでその「任務」とはいったい何だったか? すなわち、「時計」と「電動草刈り機」を「事務所」に取りに戻ることである。

 そして思いついた瞬間から、それをもう一度きちんと遂行し直すことが、今まさに何より着手すべきことなのだとの感覚に、私は囚われ始めていた。ポイントはあの時、「任務」の完遂を妨げたのが、まさしくMだったという点である。明らかに異常な規模及び仕方で「大笑い」に励んでいたMは、ひとたび私がくだんの「任務」の遂行に思いをはせるや否や、即座に態度を365度変更させ、まともな言葉(少なくとも「内容」を理解できるという意味合いにおいて)を駆使して私を「アジト」へと導いた。Mがただの一般人ならいざ知らず、私の行動を逐一モニターしてやまないHの一員であることを踏まえれば、その「妨害」が偶然であるはずがない。恐らく、無線か骨伝導か、はたまたハンドシグナルか狼煙か、今となっては定かでないがとにかく何らかの指示を受け、私の「進むべき方向」を無理やり捻じ曲げてくれたのだろう。もちろんその理由は、私が「時計」と「電動草刈り機」を「事務所」に取りに戻ることが、M、ひいてはHにとって非常に好ましくない展開だったからに他ならない。

 ある種「場当たり」的に為されたものであるがゆえ、いつもの「推理」ほど強い確信があったわけではない。だが動き始めた私をMが目ざとく見咎め、即座に声をかけてきたということで、奇しくも私の考えの正しさは証明されることとなる。つまりやはりこの時もMは、私が再度「事務所」へ戻ろうとし出したのを察知し、早速それを妨げにかかったということだ。

「偉いわね」

「何が?」

「いや、だってあれだけ駄々こねてたのに、ちゃんと言われた通り、うがい手洗いしに行くんでしょ? この家に生まれた者の宿命とは言え、なかなかできることじゃないわ」

 やはりキタか、と私は思った。……先ほど「アジト」へ連れ込まれた時と同じだ、こうやって一見全く見当はずれな風の発言を行っておきながら、実際には自分たちに都合のよい方面へ徐々に誘導していく、実に巧妙な手口だ、まったく、やってくれるよ……。




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