突入⑥
使い古して褪せているためなのか、緑にも青にも、はたまた全く別の色にも見える色彩を基調としたルームウェアだった。背びれ?のつもりなのか、背中の部分に黄色い三角形がいくつか縦に並んでいる。そして耳や目、さらにギザギザの歯までが再現されたフードをかぶって顔を隠しさえすれば、あら不思議、非常に低クオリティながらも、それでも確かに一匹の「恐竜」と称されて然るべき「存在」が場に降誕することとなる。そう、これこそまさしく、その時私が経験した「出来事(②)」の「真相」なのだった。
「……ハハハ、ハハハハハハハ……」
こうして状況が把握できたのも束の間、ほとんど一瞬の後にその「把握」が「理解不能」の極点を迎えたことで、我ながら非常に遺憾ながら、私はいよいよ笑みを漏らすことしかできなくなってしまった。つまりまだ完全にではないものの、確実に内部で何かが壊れ出し始めていたわけであり、、そのことを踏まえれば、Hの長期にわたる私への並々ならぬ攻勢は、ここで確かに一つの結実を果たしたのだと言ってよい。そう、確かに非常に悔しく恥ずかしいことではあるが、少なくとも今回に限っては、私は金星を献上したことを認める以外にない。なぜなら犯罪者組織のアジトをある種の「ランウェイ」代わりに何者かが「恐竜」のコスプレを披露して回るという展開は、いかに「名探偵」であっても、事前に予測しておくことが不可能だったからだ。というか、実際に直面し、このように言葉で表現してみても、それが真に意味するところは全くつかめていないままだ。まさしく脱帽するほかない状況である。
だが、そんな私とは対照的に、もともとおかしいMは、そのおかげで「恐竜」の出現を受けても全く平気なのだろう、先ほどよりもむしろ鷹揚なぐらいの穏やかな態度で普通に応答を行っていた。
「あらお母さん、何してたの? こんな夜遅くにベランダ出て」
「いや、あんたたちがいなくて、家で一人で待ってたらさ、なんか悲しくなってきちゃって、今はまだあんたたちが小さいからいいけど、あんたたちが大きくなってあたしを捨てて独り立ちしちゃったら、あたし、いつかこうやって一人だけでここに取り残されちゃうんだろうな、と思って、そう思うと、泣けて来ちゃって、それで望遠鏡で外、見てたのね、星とか街の灯とか見てると、なんか、全て忘れられるっていうか……あ、あともちろん、向かいの家のハチの巣を観察したかったってのもあるけどね、誰からがしっかり見張ってないと危ないから定期的に確認してるんだけど、ここだけの話だけど、だんだんすごいデカくなってきてさあ、そろそろ市役所かどこかに連絡した方がよいかしら……」
どこかから取り出した望遠鏡を右手で握り締めて振りかざしながら、左手で徐にフードを取る。そうして「恐竜」の外殻の一部を取り去り、白日(部屋の照明)の下に容貌を露わにした人物は、「黙る」という機能が元々備わっていないかのように、実に滑らかに舌を回し続ける。
「……ああそうだ、帰ってきてからちゃんとうがい手洗いはしたの? してないなら早くしてきてよ、それでうがい手洗い終わったら、次はパジャマに着替えなさい、そんな格好でウロウロされると汚らしいから、早く着替えて来なさい、家の中で外の時と同じ服着てるなんて、不潔すぎて我慢できないわ、靴は履き替えるのに、なんで服は着替えないのかしら? あたしをイラつかせてそんなに楽しいの? ……まあいいか、勝手にやってなさい、でもその前にまずうがい手洗いね、菌持ち込まれると困るから、既にみんなから疎まれてるのに、そのうえ風邪ひいちゃったらあたしもう、終わりだから、わかった?」
「……」たわけている、あまりにたわけていすぎる……。
もはや皆まで言わずとも明らかだろうが、それは紛れもなく、あのZだった。要するに、何もしておらずとも、全身から只者ではないとの雰囲気を醸し出している「サ●エ」そっくりの中年女が、わざわざ「恐竜」のコスプレに勤しんでくれていたわけである。この新たに明らかになった事実もまた、私の予測の範疇を軽々と超えていた。というか、この星の上のどこの誰ならば、それを予測することが可能だというのか?




