突入②
オオタニは私たちが入ってきたのと同じ入口から姿を現した。
呼びかけてきた声に顕著な通り、初めはいつも通り、つまり「事務所」の「助手」を演じている時と何ら変わらない、極度に弛緩した雰囲気を醸し出していた。要するに「仕事」だけに限らず、人生そのものを完璧に舐め腐ってることが、その一挙手一投足から容易に窺い知れたというわけだが、しかし反面、Mを見た途端、一瞬で様子が変わった。目を細め、歯を食いしばるかのように口元に力を入れたかと思うと、絞り出すようにこう言ったのである。
「……なんでお前が一緒に」
察するに、どうやらオオタニにとっても、その時Mが「そこ」にいたことは予想外だったようである。私の見立てによれば、2人はどちらもHに所属しており、だからこそ本来顔を合わせた際にはお互いに挨拶を交わし合うぐらい、よく見知った仲のはずだった。
……翻って考えれば、にも拘らずこの時に限ってオオタニが上述の通りの反応を見せたということは、要するに打ち合わせ不足だったということなのだろう……。私は瞬時に事態の持つ意味合いをそのように正確に把握し、同時に少しだけ「上向き」への予兆を捉えていた。……どうなることかと思ったが、今のところ、悪くない展開だ、この流れのまま、2人がどんどん衝突し、Hの内部に亀裂を走らせてくれるとよいのだが……、
私はそんなことを密かに期待しながらも、それでも敢えてそ知らぬふりを装いながら言った。
「おい、なんでお前がここにいるんだ? それに『帰ってたんすか』だと? お前ここがどこかわかってるのか?」
オオタニが何か答える前に、Mが苛立たし気に口挟んだ。
「何よ、一緒にいちゃいけないの? たまたま外の道で会っただけよ、それに別にいいじゃない、あんたの知ったことじゃないわ」
「知ったことじゃなくねえんだよ、それならそれで先に連絡をよこせ」
オオタニのセリフはいつも通り意味不明だったが、2人は変わらず険悪そうな様子だったので、個人的に、やはり流れは悪くないと思われた。事態が収束に向けて進み出す(つまりHがまとまりを取り戻す)のを先延ばしにするため、さらに煽るようにして口出しを行っていく。
「おい、都合が悪いからって話を逸らすなよ、なあオオタニ、今の状況を俺にもわかるように、説明しろよっ!」
オオタニはそれには答えず、というよりも私を端から完全に無視しているといった様子で、Mの方に視線を向けたまま、低く呟いた。
「……それで、どっちなんだ?」
「……」
Mはその問いかけに対して無言で右手を掲げ、その指でなぜかピースサインを形作った。この期に及んでただの気まぐれでそういうふざけたポーズをし出したのだと思い、私としてはムカつきが顕著に増し増したが、反面オオタニはと言えば、それを見てわずかに表情を緩めた、つまり苦笑いを漏らしたということであり、かと思うと困惑したように頭を掻くことをしてからポツリと一言だけ口にした。
「……そうか、なら仕方ない」
するとMは今度は何かがわかったように、大げさにうなずくことを繰り返し始める。もちろん私にはやはりやり取りの持つ意味は全くわからなかったが、先ほどまでとは異なり、2人が私を差し置いて、あたかも「通じ合う」かのような風を見せつけてき始めたのは良くない兆候だと思った。
……このまま奴らのペースに巻き込まれてしまうわけにはいくまい……。
だから私はもう一度、事態をかき乱すためにのみ、早口でまくし立てることをしたのである。
「何が仕方ないんだ? お前たちが何を言っているのかさっぱりわからない、お前たちは、知り合いなのか? このマッチ、いや、女はいったい何者なんだ?」
「ヨウコ」
全く予想していなかった響きが返ってきて、だから私はそれを最初ただの呻きか何かだと思った。
「え?」
しかしそうではなく、オオタニは身体をMの方に向けたまま、目線だけを動かして私を見据え、言い切ったのである。
「わからねえか? こいつはハギワラヨウコだよ」




