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9月24日⑭

「男」だと思いこんでいた分だけ驚きはあったが、それで相手への「評価(=「異常者」であること)」が変わるわけではないのだから、臆していつまでも手を拱いてばかりいるわけにもいくまい。

 私はともすれば止まりそうになる足を叱咤し、「マッチ棒」(以下、Mと記載)との距離をさらに詰めると、奴がどうやらスタートラインと見なしているらしい停止線のところまで進んだ。あいにくちょうど走り去ったばかりだったので、そのまま腕を組み、仁王立ちした状態でじっとしていた。つまり「わざわざ待ってやってあげていた」わけだが、やがて再び現れたMは、「待たせた」ことを詫びもせず、それどころかこの私を完全に無視し、「にじゅうろっぽんめええ!」(26本目)などと叫んで走り出そうとした。いかなる障害が目の前に立ち塞がってこようとも、自ら決めたことを最後まで遂行しようとする(つまり「初志貫徹」ということ)のは、ある意味で感心な心意気であり、見習うべきところを多く含んでいるという見方ができなくはない。だがしかしだからと言って、ここでのMの、文字通りの「傍若無人」っぷりは、決して看過されてよいものではない。

 それゆえ私は、戻ってきたMが間髪を入れずに身を翻しこちらに背を向けたところで、反射的に腕組みを解き、その肩を掴んだ。汗が染みこんで粘り気を帯びているようにさえ感じられるTシャツの生暖かさと、見た目通りの骨ばった身体の感触に身震いを禁じ得なかったが、こいつをここで成敗しておくか否かは俺個人の問題ではなく、この街の、ひいては世界全体の治安を守るために絶対に必要な行動なのだと自分に強く言い聞かせ、さらに力を込めて相手の肩を自身の近くへと引き寄せた。項の辺りに張り付いた髪の毛が、街灯の弱々しい明かりに照らされて鈍く輝きを放っている。それを直視しないように気を付けながら耳元に口を近づけ、私は小さくこう呟いた。

「そろそろいい加減にしておけよ」

 言うまでもなくこの警告は、Mただ一人に向けられたものではない。むしろ私の目当てはその奥、つまりMの背後に潜むと思しきHの連中だ。……本当に、もう十分だろう? そろそろいい加減にしておいたらどうなのか……。

 だがMはそれが自分の意志によるのか、それともHから強要されているものなのかは知らぬが、あくまで無関係を装うというスタンスでこの場を切り抜けるおつもりらしかった。どういうことかと言うと、夜の公道での「坂道ダッシュ」(しかも時折叫びながら)は、明らかに「いい加減にしておけ」という「警告」の対象たり得るはずなのに、 当のMは私の方を見て、不可解そうに眉根を寄せることをしたのである。

 仮にも長い間Hの関係者たちと鎬を削ってきた身ゆえ、このMの野郎もまたやはり一筋縄ではいかないのだろうと、私は初めから重々承知していた。だからこの場合も、こちらの極めて正当な発言に対し、「逆上」するか、「異常行動」を披露するか、あるいは弾かれたように「逃走」するかといったバラエティ豊かな仕方で、こちらの頭を割れるほど痛ませてくれるのだろうと、私はあらかじめ覚悟していたのだ。

 だがこの時実際にMが顔に浮かべたような「不可解な表情」というのは、私の事前の「想定」からは完全に外れたものであった。なぜなら繰り返しになるが、私の「警告」は、この場面においてどう考えても真っ当であり、この上なく正しいものだからだ。つまりそれは絶対に「不可解(=理解することができない)」でだけはあり得るはずがない。そのはずだったのだ。

 しかし繰り返しになるがMは、実際には表情、いや全身で以て、その意(つまり、私の「警告」がこの上なく「不可解」なものだということ)を、ありありと表明してくれていた。大きな二重の目や歯並びのよい口元、さらに「滑り台」を彷彿させるちょうどよい長さ+なだらかな傾斜の鼻梁など、純粋に顔のパーツだけ取り出せばなかなかどうして端麗な容貌の持ち主であるとも言えたが、「坂道ダッシュ」と「不可解な表情」とで以て全てが台無しになっている。私としてはだからもはやどうにも対処のしようがなく、RPGロールプレイングゲームに登場するNPCノンプレーヤーキャラクターのように、アホみたいに同じセリフを繰り返すことしかできなかった。

「そろそろいい加減にしておけよ」

 それに対してMもまた表情を崩すことはせず、しかし今度は言葉で以て以下のように応答してきた。

「何が?」

「え? ……ナニガって……、お前だろ? お前が何なんだよ、おかしいだろ? おかしくねえか? おかしいだろ? おかしくねえか? おかしいだろ? おかしくねえか? おかしいだろ? なあおかしくねえか? いや絶対におかしい、どう考えても間違ってる、間違っていないわけがない……」 


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