第14話 エグいガールズトークは、お止めください!
「まぁ、そんな事だろうとは思ってたけどね」
リビングで酔いつぶれていた親父の横で、義母さんが呆れたような溜め息を溢しながら、お風呂から上がった俺たち兄妹を胡乱な瞳で眺めてきた。
俺はいまだにビクビクッ!? と小動物のように震えている義妹を庇うように、堂々と義母さんに向かって、啖呵をきってみせた。
「妹が水着を買ったら、まずは兄に初お披露目が、世間の常識だからな。コレばっかりは、しょうがねぇよ」
「ゆぅ君の言う常識は、確実にこの世界の常識じゃないよね?」
「あはは……」
誤魔化すような笑みを浮かべるコガネを無視して、義母さんはジロリッ! と俺達を睨めつけた。
怖ぇ……。
「兄弟仲が良いのは結構だけど、コレはやり過ぎ! いい、2人とも? 今後は水着であろうと、一緒にお風呂に入ることは禁止です! これはお母さん命令です!」
「「はぁ~い」」
コガネと2人仲良く返事をすると、義母さんが悩ましそう吐息を溢した。
「ハァ……。再婚したときは『2人が仲悪かったらどうしよう?』と思ったモノだけど、こうも仲が良すぎると、逆に心配になっちゃうわね」
「ごめん義母さん。アレもコレも、全部コガネがカワイイのがいけないんだ」
「お兄ちゃん……(きゅん♪)」
「はいはい、お母さんを置いて勝手に2人の世界に入らないで?」
女の顔をする義妹を、軽く窘める母君。
う~む?
やはり家の仲でコガネとイチャつくのは、無理があるか?
さてさて、これからどうしたモノかな?
と、俺は1人思考を巡らせていると、義母さんが頭痛でも堪えるかのように額に手を当てた。
「ゆぅ君もコガネも、年頃の男女なんだから、もっとこう……なに? 青春らしい事でもしたら?」
「青春らしい事って……例えば?」
「例えば、そうねぇ」
義母さんは少しだけ考えるような素振りを見せたあと、
「――恋人をつくる、とか?」
ピシッ!? と、俺とコガネの身体が固まった。
こ、このタイミングでその質問……。
もしかして、義母さん……俺とコガネが恋人同士だという事に気づいているのか!?
気づいたうえで、カマをかけているのか!?
チラッ! と義母さんの方を見るが……ダメだ。
義母さんの真意が分からない!
どっちなんだ!?
「ゆぅ君は、彼女作る気はないの?」
どこか試すような視線で俺を見てくる、マイ・マザー。
ここは人当たりのイイ、毒にも薬にもならない回答で、お茶を濁すべきか?
俺が一瞬ためらった隙を縫うように、何故か隣に居たコガネが、焦ったように口をひらいた。
「ナニ言ってるの、お母さん!? お兄ちゃんは一生独身だから、彼女さんなんて必要ないんだよ! ねっ、お兄ちゃん!?」
「マイ・シスター? 何でそんな悲しい事を言うの?」
心が壊れるかと思った。
「まったく、このブラコン娘め。じゃあ、ゆぅ君の事はいいわ。コガネ、アンタはどうなのよ?」
「ど、『どう』って何が?」
「だから、彼氏よ、彼氏。彼氏、居るの?」
と、そこまで詰め寄った義母さんが、急に「ふっ」と自虐的な笑みを溢した。
「なぁ~んて。チンチクリンなアンタじゃ、彼氏を作るなんて無理な話か」
「むっ」
義母さんの嘲笑うかのような言葉に、カチンっ! ときたのだろう。
珍しくコガネが分かりやすく膨れていた。
「……居るもん。彼氏」
「あぁ~、はいはい。別に母親の前だからって、見栄を張らなくてもいいわよ?」
「張ってないもん。本当に居るもん」
ぷっくり頬を膨らませた義妹が、義母さんを鋭く睨む。
ちょっ、コガネちゃん?
あまり下手な事を言わない方が……?
「もう●●●だってやったもん!」
「えぇっ!?」
「こっ……」
コガネちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~んっ!?
義妹の爆弾発言に、俺と義母さんが揃って目を剥いてしまう。
ちょっと待って、コガネ!?
義母さんに一体なにを!?
「コガネ、あんた!? ソレ本当なの!? だ、誰としたの!?」
「誰だっていいでしょ!」
「よくないわよ!? 大事な所よ!?」
「お母さんには関係ないでしょ!」
「関係あるわよ! ちょっ、ほんとに誰よ? 誰とチョメチョメしたの!?」
ひぃぃぃぃっ!? ひぃぃぃぃっ!?
そっぽ向く妹。
驚き声を荒げる母親。
そして溢れ出る俺の脇汗。
お願いコガネちゃん、義母さんに変な事を言わないで!?
というか、ナニを言う気だ、おまえ!?
「お、驚いたわ……。まさかコガネが学校の同級生と交際を始めちゃうなんて……。アンタ、そういうの興味無いと思ってたわ」
「同級生じゃないもん! 年上、先輩だもん!」
「と、年上……」
義母さんが愕然とした表情で、コガネを見つめる。
コガネ、スットプ! ストップだ!
コレ以上はマズイ! マズイから!
必死にアイコンタクトを義妹に送るのだが……ダメだ。
コガネの奴、周りが見えてねぇ!
「コガネ。アンタちょっと1回、その先輩とやたらを、家に連れて来なさい」
「絶対ムリ。だってお母さん、反対するもん! 死んでもムリ!」
「死んでもムリな相手って、どういう相手よ!? ……ハッ!? さてはアンタ、ヤンキーと付き合ってるんじゃないでしょうね? ダメよ、ヤンキーなんて! お母さん、絶対に認めないからね!」
「不良じゃないもん! ねっ、お兄ちゃん?」
違うよね? と、俺に同意を求めてくる義妹。
ここで俺に振らないで!?
なんて返せばいいの、ソレ!?
とんでもねぇキラーパスに、俺がオロオロッ!? していると、義母さんの疑惑の瞳が、俺の身体を貫いた。ひぇっ!?
「ゆぅ君も知ってるの? コガネの彼氏?」
「ま、まぁ。知ってるちゃ、知ってる……かな?」
「誰!? 誰なの!? その男は!?」
アナタの目の前に居る男です。
「だ、大丈夫だよ、義母さん! コガネの彼氏はヤンキーでもなければ、不良でもないから」
「ほんとに?」
「ほんと、ほんと! ……ある意味ソレよりもヤバイ相手だし」
「『ソレよりもヤバイ相手』って、どういう事よぉぉぉぉぉっ!?」
義母さんの怒声が、ビリビリと俺達の肌を叩いた。
やっべ!?
つい心の声が、唇から漏れ出ちゃった!?
慌てて口を閉じるが、時すでにスローリー。
義母さんは鬼の形相でコガネに詰め寄りながら、その華奢な身体をガシッ! と掴んだ。
「コガネ、アンタは騙される、騙されてるわ! 1度お母さんがビシッ! と言ってやるから、その先輩とやらを絶対に家に連れて来なさい!」
「絶対に嫌だっ!」
「ひぇぇぇ……」
がるるるるるるるっ! と、互いに睨み合う母娘を前に、俺は萌えキャラのような声をあげながら、小さくその身を震わせた。
かくして、数時間に及ぶ親子喧嘩のような言い合いは、こうして幕を開けたのであった。
コガネも義母さんも、流石は同じ血を引いているだけあって、互いの主張を正当化しようと、最期まで必死にギャアギャアッ!? 喚いていた。
数時間後。言い争い、疲れてその場で眠ってしまった妹と母親を眺めながら、俺はこう思った。
――この2人に口喧嘩を挑むのやめよう、と。




