"ヴィステラモーニャ"と散策しよう
本格的に大陸旅行が始まります。
冒険者パーティ"ヴィステラモーニャ"は、男性4人組で編成されたパーティだ。
種族は全員庸人で年齢も20代前半と近い者同士だったりする。特に同じ出身ということもなく、最初から同じパーティだったというわけでもない。それどころか、元々はまったく別のパーティだった。
たまたま同じ酒場で食事をしている際に意気投合し、そのまま今まで組んでいたパーティを抜けて4人でパーティを結成したのだとか。
彼等が意気投合した理由は、男女間の人間関係が全員似たような境遇だったからだ。
自分達が以前所属していたパーティで、彼等だけが恋人のいない状況だったらしい。
それというのも、彼等の以前のパーティは揃いも揃って5人でパーティを結成しており、自分以外の4人がそれぞれ2組のカップルだったのだったとか。
何も独り身である彼等に対して悪意があったわけでは無い。カップル達は自然な流れで交際し始めたようだ。
それは"ヴィステラモーニャ"達も理解していたし、初期から一緒だったメンバーだったため我慢もできていたようだ。尤も、依頼の最中に目の前で甘い雰囲気を出されたりする光景を見せられたりした際は嫉妬の感情ややるせなさも覚えたようだが。
ただ、同じ境遇の同士が偶然その場に居合わせてしまったことによって何らかのタガが外れてしまったのだろう。酒に酔っていたというのも理由の1つなのかもしれない。
元のメンバーもやんわりと考え直すように提案したのだが、いざパーティを組んでみるとコレが非常に上手く嵌ったというわけだ。
それこそ、メンバーが今までと比べて1人足りない状況だというのに、今まで以上の成果を叩き出してしまったのだ。
これでは元のメンバーも文句は言えなくなってしまったようで、彼等はそのまま"ヴィステラモーニャ"として活動するようになったというわけだ。
その後、元のメンバー達がどうなったかというと、彼等は彼等で真面目に冒険者稼業を続けているようだ。
どのパーティも抜けたメンバーの穴を埋められるような新メンバーも見つけられたようで、特に大きな問題も発生していないのだとか。
ただ、冒険者ランクはかなり違いが出ているようだ。
"ヴィステラモーニャ"達が"三ツ星"冒険者パーティなのに対し、以前のパーティ達は"星付き"冒険者になって日が浅いという。
「そりゃあ、日々を暮らしていくだけなら"上級"になった時点でそれほど頑張らなくても稼げますしねぇ」
「ふむふむ」
「我等は恋人ができない鬱憤を晴らすかの如く依頼をこなしていましたけど、彼等はそうではありませんから」
「ほうほう」
「ぶっちゃけ、イチャつく時間の方が大事なんですよ。3日に一度ぐらい依頼をこなして金を稼いだら、次の依頼までイチャついて過ごす。そんな生活を送ってたわけですね。んでもってそれでかなり余裕のある生活ができちまってるんです」
「なるほどなるほどぉ!」
なるほど。
確かに"上級"の依頼で装備や消耗品を揃える必要が無いだけの実力があれば、そして贅沢な暮らしを望もうとしなければかなり余裕を持った生活ができるだろうな。
そして彼等は生活に困らないだけの稼ぎがあれば彼等はそれでよかったというわけだ。
そう言う生き方もあるのだろう。それを否定するつもりはない。
"ヴィステラモーニャ"達も同じ意見のようだ。
「アイツ等が幸せなら、それで良いんです。アイツ等にはアイツ等の、俺達には俺達の生き方があるって話ですね」
「我等は我等で充実した生活を送れているのだ。文句はありません」
「いやぁー、実に考えさせられるお話ですねぇ。大陸を渡って早々、良い記事が書けそうですよ!ガーシャさん、モロトフさん!貴重なご意見、誠にありがとうございます!」
「「……」」
なぜこんな話をしているかというと、"ヴィステラモーニャ"のメンバーであるガーシャとモロトフに合流した際、やはりというか何と言うか私が連れて来たイネスが彼等に強い興味を抱いたためだ。
なにせイネスにとって初めて会話をする他大陸の高ランク冒険者だからな。話のネタは尽きないだろう。
なお、イネスには既に昨日私が何をしていたのかを伝えている。そちらに関しても記事を書くつもりではいるようだが、少し難しいかもしれないな。この街の代表が既に他の記者に事情を説明しているだろうし、彼女はこの大陸では無名の新聞記者だろうから記者ギルドからの信用も得られていないと考えるべきだ。
いや、記者"ギルド"というぐらいなのだから、やはりギルド証があるのか?だとすると、ギルド証を提示すればある程度の信用は得られるのか。
だが待てよ?現在のイネスは本物ではなく怪盗が変装しているという体で話を通しているのだ。本物のギルド証を提示してしまっては拙いのでは?ああ、こういう時のために偽装したギルド証を予め用意していたのか。
準備が良いことだな。世間を騒がせる怪盗の名は伊達ではないというわけだ。
さて、何も告げずにインタビューが始まってしまったわけだが、ガーシャとモロトフにとってこれは悪い話ではなかった。
イネスは人間の基準で言えばかなり器量の良い女性になるからな。過去にも彼女の容姿に見とれていた男性冒険者が複数確認できた。
普段は隠形によってその存在を把握できなくしているが、今回は存在感を希薄化させたりするつもりはないようだ。
そんな見目の良い女性であるイネスが親し気に自分達に積極的に声を掛けて来てくれたのだ。彼等としても悪い気はしなかったのである。
最初の内は。
「あの、ノア様……?」
「こちらの女性は?」
「私の友人の1人だね。見ての通り、記者をしているよ」
「イネスと申します!この度はノア様とご一緒に街の散策をされるとのこと!ノア様にこうして御呼ばれされましたので、私もご一緒させてもらおうと思います!よろしいでしょうか!?」
「はぁ……」「ど、どうも……」
出会い頭から質問攻めにされてしまえば、相手が見目の良い女性と言えど引き気味になってしまうというのも無理はない。
イネスがガーシャとモロトフに自己紹介をする頃には、彼等はイネスに対して若干の苦手意識を持つようになっていた。
それはそうだろう。
初対面でいきなり根掘り葉掘り自分達の過去を聞きだされて何とも思わない人間はそれほど多くない。
承認欲求が非常に強かったり自身に何もやましい過去が無い者ならばその限りではないかもしれない。だが、生憎と"ヴィステラモーニャ"達はやましいというわけでは無いが、先程の説明の通り過去にちょっとした傷がある冒険者達だ。
答えたくなければ答えなければいいのだろうが、私が近くにいる手前、質問に答えないわけにはいかないと思っていたのだろう。なにせ私も彼等の過去には多少の興味があったからな。それが表情に出ていたのだと思う。
それにしてもイネス?
私が連れてきているのだから、ガーシャとモロトフに同行の許可を取る必要はないと思うのだが?
ミスティノフの件がなくてもおそらく彼等は私の要望を断るつもりはなかったと思うぞ?
「いやいや!流石にそれは無いですよノア様。こういった話はしっかりと言葉にして確認をしなくては!」
「そう?」
「ま、まぁ、何も言わずとも我等は確かに受け入れてはいましたが……」
「実際に確認を取ってもらった方が、余計な軋轢は生まないでしょうね」
確かにそれはあるな。うん。やはり確認は大事だ。
ちょっとしたことで不要な軋轢が生じてしまい、肝心なところで不和が生じてしまうような状況は避けるべきだ。
尤も、その"肝心なところ"が発生するとは限らないのだが。
とにかく。イネスはガーシャとモロトフに受け入れられたのだ。憂いなく街を散策できるだろう。
オルディナン大陸最初の街。存分に楽しませてもらうとしよう。
流石は別の大陸だ。アクレイン王国での会話や本によって多少の知識は得ていたが、やはり実際に見て聞いて触れて得られる感動は会話や本から得られる情報よりも遥かに大きい。
なにより実際に新しい食べ物を楽しめるのが良い。勿論、新たに得られたのは食べ物だけではないが、私の両肩には現在レイブランとヤタールが止まっているのだ。彼女達が食べたことのない新しい料理や食べ物に興味を抱かない筈がない。
そして口にした料理や食べ物の味は彼女達を十分に満足させたのである。
〈フワッフワの感触ね!新食感よ!〉〈食べたことない味なのよ!美味しいのよ!〉
レイブランとヤタールが喜んでいる食べ物はスラッキィクロプクと呼ばれている菓子だ。私達が食べたことのある食べ物の中で一番食感が近いのは綿菓子だな。
しかし綿菓子と違い、こちらは細かい糸の集合体というわけでは無い。食べようとした際の視覚的には餅に近いとも言える。口に咥えて引っ張ると良く伸びるのだ。
それでいて少し歯を立ててやれば容易に嚙み切れるし、口の中で唾液と混ざると一度軽く膨張した後に溶けるように消えていくのだ。初めての食感に私も感動を覚えた。
ご機嫌になった2羽が私の肩で翼を広げて喜びを表現しているのだが、その際に彼女達のフワフワな羽毛が私の両頬に当たって非常に気持ちがいい。ありがとう、スラッキィクロプク。
当然の話だが新たに口にした食事はスラッキィクロプクだけではない。
炭酸飲料のような果汁を含んでいる果物だったり麺のような肉料理だったりと、見ても食べても楽しい食べ物を大量に楽しめた。正直、これらの料理や食べ物を旅館で待機している子達に黙って食べてしまったことに多少の罪悪感を覚えたほどである。勿論、皆の分を購入してはいるのだが。
大陸が変われば美的感覚も変わって来るのだろう。これまで見たこともないようなタッチで描かれた絵画も確認ができた。
淡く、透き通った瑞々しさと透明感のある爽やかな絵画だ。絵画を取り扱っている店の主人に聞いてみれば、この手の絵画は500年以上前から存在しているらしいのだが、世間に注目され出したのは50年ほど前かららしい。理由は、店主も良く分かっていないらしい。
技術的な問題なのか、はたまたこの手の絵画に価値を見出せる者がそれまで現れなかったのか。
少なくとも、去年アクレイン王国で開催された美術コンテストには出品されていなかったので、世間に通用するとは思われていないのだろう。
しかし、私は大いに気に入った。一目惚れと言ってもいいだろう。
「うう~ん。私達が知る絵画とはまた随分と変わった雰囲気の絵画ですねぇ…。味わい深いというヤツなんですかねぇ…。ですが、やはりインパクトに欠けると申しますか…」
「その辺りは完全に好みの差になるだろうね。確かに重厚感や鮮明さはないけど、代わりに透明感や清涼感がある。店主。この絵画、購入させてもらえる?」
「は、はい!も、勿論卸させていただきます!」
額縁に値札が付いていたので売り物なのは間違いないだろう。額縁だけの値段というわけでは無い筈だ。
私が絵画を購入すると店主に告げると、イネスは目を見開いてこちらを凝視しだした。というか、ガーシャとモロトフも驚愕の表情でこちらを凝視している。
イネスも美術品には目がない人物だから、この絵画の魅力を理解できると思うのだが……。やはり好みの問題だろうか?それとも、私がこの絵画を気に入るとは思わなかったのだろうか?
「い、いやはや、流石はノア様ですねぇ。即断即決でこれだけの値段の絵画をご購入なされるとは……」
「凄まじいものを見たような気がします。待機組にもいい土産話ができました」
「ノア様?失礼なのを承知で伺わせていただくのですが、ノア様の今の御資産ってどれほどなのでしょうか……?」
私の資産?つまりは所持金か。増える一方だから面倒になって碌に数えていないが、まあ少なく見積もっても金貨数万枚分はあるだろうな。
私が購入しようとしている絵画の額縁には金貨40枚と描かれているから、問題無く購入できる値段なのだ。仮に額縁だけで金貨40枚だったとして絵画がその10倍以上の値段だと言われても問題無く支払えるとも。
なに、金が無くなったら稼げばいいだけの話だ。私にはそれができる。なお、金貨は既にある程度この大陸で使用されている金貨にある程度両替済みだ。
「凄いですよね。いざとなればいくらでも即座にお金を用意できるって言ってるようなものじゃないですか」
「仮にですけど、もしも資金が底をついた状態で今すぐ法外の値段を吹っ掛けられた場合、どうされますか?」
「あまりやるつもりはないけど、私には反則と言って指し違いない魔術があるから、それで即座に用意するよ」
『我地也』を使用すれば金貨の製造すらも容易に行えてしまうのだ。まぁ、贋金とは言わないが勝手に貨幣を製造しているので殆どの国では違法行為になるだろうが。
法外の値段を吹っ掛けてくるような相手にそのような気遣いは必要ないだろう。相手が不義を働くならばこちらも相応の対応をするまでだ。
「そ、それでも難癖をつけてきたり相手が納得しなかった場合は……」
「無いとは思いたいけど、その時は……言わなくても分かるんじゃないかな?」
「で、ですよね!?そんなことをするような輩なんてそもそもいないでしょうしね!変なことを聞いてすみませんでした!」
「いいさ。単純に興味が出ただけなのだろう?その程度で気を悪くするほど、私は狭量ではないよ」
ガーシャとモロトフにはこの街を案内してもらっている際に色々と会話をして少なからず打ち解けていたからな。そのノリで少し踏み込んだ質問をしたとしても、私は何とも思わない。知人同士の何気ない会話と言うヤツだ。
というか、今更な話だが3人が絵画を購入することに驚愕したのは、絵画の値段が彼等にとって非常に高額だったからのようだ。
イネスはともかく、ガーシャとモロトフは高ランクの冒険者としてかなり稼いでいるから、金貨数十枚ぐらいなら何とも思わないと思ったのだが、そうでもないようだ。やはり商売道具にかける金と趣味にかける金は別物なのだろうな。
絵画にかける金で高品質な回復薬を1つでも多く購入できるのなら、彼等はそちらを選ぶのだろう。命が掛かっているのだから当然である。
まったく、"ヴィステラモーニャ"というのは良い冒険者だな。ニスマ王国の"ダイバーシティ"達を彷彿させてくれる。応援したくなる冒険者と言うヤツだ。
ああ、どうやら絵画の梱包が終わったらしい。そしてやはり絵画の価格は値札通りの金額で良かったようだ。支払いを済ませよう。
では、絵画を受け取って『収納』に仕舞ったら、街の散策を続けるとしよう。
4人共独り身ではありますが、決してモテないわけでは無いのです。
次回の更新は9月21日の0:00を予定しています。




