第64話 戦争準備
フィデルさんと軍に納品するサンプル商品の打ち合わせを行った。
ローレンス商会が売り込むのは、ミートボールの缶詰、缶切り、防水・防火性の高い革製のバックパックとブランケットだ。最近、冒険者にも売り込んでいる物らしい。このバックパックに俺が納品する物も入れて行軍便利品セットにしよう。
デュンケルに頼んで、サングラスはケースも含めて軍仕様の丈夫なものに変えてもらおう。今回の戦争中限定で焼き鳥の缶詰二種とペットボトル入の水も入れておこう。ゴミは必ず回収して後で返却してもらうか。俺が毎日飲んでる紙パック入の野菜ジュースも入れるか。常温でも保存できるっぽいし、堅パンと肉では栄養が足りないだろう。ポケットティッシュもないと尻を拭く時に困るな、これも入れておこう。
なんか楽しくなってきたな。気分は遠足前日の子供だな。キャンプに行った時も準備する時から楽しかったな。
加熱用に小型のシングルバーナー(火の魔道具)も作ろう。以前、キャンプに行った時に俺が使ってた、折り畳めてコンパクトになる物を参考にして形にするか。小型のアルミ鍋も軽くて便利だろう。これもキャンプ用品のクッカーを参考にして作ろう。ペットボトルの水も底に浄化の魔道具を取り付けて改造してみようか。魔道具化すればポイ捨てする奴はいないだろう。水を入れれば繰り返し使えるようになる。
元の世界の軍の戦闘糧食セットには確か、甘味も入っていたはずだ。辛い行軍中に甘いものがあれば士気も高まるはずだ。
街でフルーツの蜂蜜漬けが売られているのを見たことがある。養蜂が盛んな村が近隣にあるらしく、蜂蜜は割と手に入りやすい。あれを缶詰にしてもらうか。だが、缶詰が増えると荷物が重くなる。蜜漬けなんていかにも重そうだ。
というわけで、料理長にシリアルバーのような物を作ってもらった。ドライフルーツや穀物類を蜂蜜で固めて焼き上げてみた。うん、まあまあかな。そんなに日持ちはしないかもしれないけど、これも一緒に入れておこう。
最後にそれぞれの物資の説明書きを添えた。使い方はもちろん、焼き鳥の缶詰は絶対に直接火にかけないようにとか、空き缶は必ず回収して返却するようにとか、注意書きを書いた。
納品してから数日後、俺とフィデルさんは領主様から呼び出しを受けた。納品したサンプルの件での返答だった。思ったより返事が早かったな。そんなに軍備を急いでいるのだろうか。戦争を想定した訓練をしてこなかったから、焦っているのかもしれないな。ここの領軍は開拓と森の魔物対策に特化しているらしいからな。だからこそ治安が良いのだが。
結果としてはローレンス商会の缶詰、缶切り、バックパック、ブランケットは全て採用。
俺が遠足気分で用意した物は、焼き鳥の缶詰とアルミ製クッカーは不採用。それ以外の物が採用となった。
理由は焼き鳥の缶詰は直接火にかけれないというのが問題だった。それに対して、ローレンス商会のミートボール缶は蓋を開けてそのまま直接火にかけることができる。つまり缶が鍋になるのだ。例のファンタジー合金は優秀だった。その時点でアルミ製クッカーも不要となった。
まさかの現代物資の敗北である。
隣でフィデルさんがこれでもかと言うほどの勝ち誇ったドヤ顔で、打ちひしがれている俺を見下ろしている。この人、たまにすごい悪人面になるんだよ。
俺は現代物資が無双する未来だけ見て、努力してこなかった。フィデルさんは努力してファンタジー合金を開発し、スキルを駆使して作り出した缶詰で現代物資を越えてきたのだ。この世界の住人の強さを改めて思い知らされた気がする。
努力の差が結果となったのだ。完敗である。
折り畳み式シングルバーナーと改造ペットボトルの魔道具は評価されたので、増産することになった。改造ペットボトルなんて部隊に一人水魔法の使い手がいれば不要かと思ったのだが、意外と水魔法の使い手は少ないのだろうか。俺は魔道具師として生きたほうがいいのかもしれないな。
シリアルバーは作ったのは料理長なので、ローレンス商会との取引になる。あれは専用の工場を設けて増産したほうが効率が良いだろう。ポケットティッシュと紙パック入り野菜ジュースは戦争中のみの納品だ。それもここの領軍の行軍用としてのみの分だけだ。継続仕入れを求められたが断った。消耗品は大量納品になるからマジックバックから取り出すのが面倒だ。ずっと納品が続いているシャンプー・リンスだけでも手間なのだ。
サングラスも軍の標準装備品に加えられることになった。軍団長のおっさんがとても高く評価していた。行軍中は眩しくて目が開けていられないこともあるし、遠距離攻撃部隊では戦闘時でも必須になると言っていた。光魔法の閃光も防げるし、目線を悟られないのも良いと、それはもう褒めちぎっていた。デュンケルに製造を頑張ってもらおう。あれの作り方は俺には全く分からない。
それからは魔道具製作を頑張った。スピーダーはローレンス商会からファンタジー合金を仕入れて作ることにした。ジャレッド先生の研究所の人たちの手も借りながら、行軍用グッズとスピーダー6台を作り上げた。
その頃、正式に隣国から宣戦布告があったらしい。
領軍の皆様は戦地へと出発された。領主様は別行動で王都に行ってから戦地へ向かうそうだ。早速、護衛の兵士4名と執事っぽい人を伴って、納品したスピーダー6台で王都へと向かわれた。領主様用は二人乗りで作ったのだが、自分で運転すると言って執事っぽい人がすごく困っていた。宙に浮いた乗り物があったら運転したくなるよね。分かるよ、その気持ち。スピーダーにはロマンが詰まってるからね。
長い間、隣国とは小競り合いが続いていたため、補給基地は既にいくつもある。今回向かった領軍はその内の一つに駐屯し、各砦に補給物資を輸送しつつ、基地の強化を行うことになる。現状の基地は物資を保管する倉庫と宿舎くらいしかない簡易基地らしい。基地を拡大し、施設の増設、防衛設備の建設など、補給線の軍人の方々は仕事が山積みだ。
雇われた職人たちは鍛冶場などの生産施設が出来上がってから基地に赴くことになる。今行っても何もできることがないのだ。ちなみに戦争が終わるまでずっと滞在するわけではない。雇われているわけなので、契約期間を過ぎたら帰っても良いことになっている。場合により延長の依頼があるかもしれないが、受けるかどうかは個人の自由だ。
俺や研究所、ローレンス商会関係者は後からウルケルで飛んでいく予定になっている。長旅に付き合ってやる程、俺は暇ではないのだ。俺はデュンケルと酒場の霊獣用個室の地下に隠し部屋を作ったり、シルビアさんを飲みに誘ったりと忙しいのだ。以前約束していた総オリハルコン製のネックレスをプレゼントしたら、その日から毎日身に着けてくれている。
ウルケルの従魔登録も領主様が準備してくれた書状のお陰で問題なく行えた。
従魔タグを取り付けるための腕輪は、シュバルツ達の時と同じように俺が作ってデュンケルが塗装した。深みのある金色の腕輪だ。うむ、よく似合ってるぞ。
飛行用の紋章は商会から大きな赤い革をもらって作った。何の魔物の革なのかは分からない。その革にデュンケルがデザインして色魔法を使って描いていた。流石、デュンケル。かっこいい幕を作ってくれた。これをウルケルに持たせて飛ぶことになる。
フィデルさんがこの幕を気に入ったらしく、商会のシンボルマークにすると言って商会の建物にも同じものが取り付けられた。今後はオリジナル商品に刻印したりするそうだ。
こうして、ウルケルはローレンス商会の広告塔になった。




