第63話 商人の戦い
「さて、ドラゴンの件はもっと詳細を精査したい重要案件ではあるのだが、今回の本題に入ろうか。」
「例の噂の件ですね。私の方でも情報は掴んでおりますが、今後の動き方を考えねばなりません。」
フィデルさんは難しい顔をしている。俺は挨拶と報告も済んだし、退席したほうが良いだろうか。
「私は席を外した方が良いでしょうか?」
「いや、貴君にも知っておいて欲しい。簡潔に言うならば隣国と戦争が起きそうなのだ。」
戦争か、どこの世界にもあるんだな。平和な領地だったからそういうのは無縁だと思っていた。子爵様の立場としては派兵しなければならないのだろう。すごく嫌そうな顔をしている。
話を聞いていくと、昔から隣国のノルンディア王国と国境付近では小競り合いが続いていたらしい。それがこの度、相手国が領土侵犯だとか一方的に強く主張してきたらしく、近いうちに正式に宣戦布告がくる可能性が高いそうだ。今も辺境伯軍が厳戒態勢で防備を整えているのだとか。
「国から軍備を整えるようにと通達もあった。食糧の備蓄はもちろん、うちの領地は鉱石や木材などの物資の提供も求められている。商人の者たちにも協力を求めていて、既に大店の商会にも話はしてある。」
「うちの商会に求めるのは職人ですか?」
「そうだ。ローレンス商会が抱えている職人を借りたい。うちが派兵する領軍に同行させて欲しい。うちは小さい開拓領地だ。当然、他領に比べて領軍の人数は少ないし、魔物討伐に特化していて対人戦闘経験が乏しい。国もそれは把握しているはずだから、前線に投入されることはまずないはずだ。補給線を担うことになると予想している。そうなると領軍が抱えている職人だけでは、他領の装備の整備までは手が回らない。ジャレッドと研究員も魔道具の整備のために同行して欲しい。」
「そして、ルノ。貴君には仕事を依頼したい。」
「スピーダーの製造ですね?」
「うむ。ジャレッドが乗っているのを見た。領軍の人数分作れなどという無茶は言わん。そんなに買い取る予算がないしな。最低3台、できればあと数台あると良い。そして整備のため、貴君も軍に同行して欲しい。」
「使用目的を伺っても良いですか?」
「伝令が主な利用になる。あとは緊急時のマジックバッグを使った補給物資の輸送だ。あの機動力は補給部隊にあるのとないのとでは戦局に大きく関わると考えている。」
戦闘に使用するなどと馬鹿なことを言うようだったら断るつもりだった。この人は情報伝達速度と補給線の重要性を良く理解しているようだ。
「分かりました。私はできる範囲で協力しましょう。戦争に負ければ私の今の生活にも影響が出るでしょうからね。でも魔結晶は融通してくださいね。スピーダーの製作は大量に魔結晶を使いますので。」
「ローレンス商会も協力する方向で問題ありません。職人たちにも話を付けておきましょう。」
「うちの研究所も力になろう。ルノ君、スピーダーの組み立てくらいならうちの研究員でも手伝える。使ってくれ。君は魔結晶の魔道具化に専念したほうが効率が良いだろう。」
「分かりました。お世話になります。私以外にも作れる者がいればいいのですけどね。」
スピーダーの動力部分の魔結晶は、強力な風を発生させるだけの魔道具なのだが、研究所の人たちが試しても上手く作れなかったのだ。大きなファンが一定の速度で回って安定した風力を生み出すイメージをするのだが、この世界の人達にはできないようだった。風力にムラがあったり、複数作らせたらそれぞれ違う風力だったりで安定感がなかった。ただ強力な風を起こすだけでは駄目なのだ。機体を一定の高さで浮かせ続ける安定感こそが、スピーダー作りの難しいところなのだ。しかも全く同じ風力の魔道具がいくつも必要になる。
「協力感謝する。報酬はもちろん支払う。スピーダーがあれば補給線と言えども十分な功績を残せるはずだ。戦争に勝てばその功績を理由づけて国から報奨金をふんだくってやるつもりだから、追加報酬も期待してくれていい。」
「随分と私のスピーダーを高く評価してくださっているんですね。」
「ああ。あれは従来の補給線の在り方を変えると思っている。力のある他の領主からは、『田舎者は飯の支度がお似合いだ』などと馬鹿にされることもあるがな。あいつらは補給がなければ何もできないだろうに。」
「仰る通りですね。私の故郷に『戦争のプロは兵站を語り、戦争の素人は戦略を語る』という格言がありますよ。」
「ハッハッハッ!それは良い言葉だな!上の連中に聞かせてやりたいわ。」
「我々商人が役者である前線軍人の舞台を準備するわけですね。戦争など頭の痛い話だと思っていましたが、少しやる気が出てきましたよ。」
「その意気ですよ!フィデルさん!商人の戦い方を見せてくださいよ!」
戦争は士気も大事だからな。上の人達が嫌な顔してたら、下の人達の士気が下がってしまう。
すると、フィデルさんが意味ありげな笑みを浮かべて何かを取り出した。
「フフフ。では私の戦いの成果を御覧頂きましょうか。ルノさん、以前に肉の缶詰のサンプルをくださったのを覚えていらっしゃいますか?あれから我が商会の力を使って研究させた成果がこれです!」
フィデルさんは自信満々といった感じで、バンっとテーブルに缶詰を叩きつけた。
俺の焼き鳥の缶詰ではない。何も表面印刷されていない大きめの缶詰だ。
「まさか、缶詰を作れたのですか?どうやって?殺菌は・・・あ、クリーンのスキルか。しかし、缶の鉄が腐食してしまうはず。」
「腐食しない鉄の開発に成功したのですよ!しかも軽い!詳細は言えませんが、鉄にとある魔物素材を混ぜた合金です。この合金、二ヶ月近く水を付着させながら湿度の高い場所に置いても全く錆びませんでした。そして、おっしゃる通りクリーンのスキルです。これはルノさんが醸造所の入り口に殺菌ルームという謎の部屋を作っていらっしゃったのを見て、缶詰の中身が腐ってしまうのもこれで防げるのではないかと思ったのです。」
魔物素材を使ったファンタジー合金か。その発想はなかったな。
「作り方は中身が空気に触れないようにして金属魔法で蓋を閉じて、クリーンのスキルで中身を殺菌するわけです。空気に触れないようにするために液体状の食品でなければなりませんがね。こちらは一ヶ月前に製造したミートボール入トマトソースの缶詰です。私も食べましたが、体に異常はありませんでした。」
缶切りも用意されていたので開けてみた。うむ、腐ってる様子はないな。流石に領主様に食わせるわけにはいかない。俺が試しに食ってみるとしよう。モグモグ、うん、ミートボールだな。多分、大丈夫だろう。
「美味しいですね。確かにちゃんと食べれますね。」
「どれくらい日持ちするのかが検証できておりませんが、最低でも一ヶ月は持つことは保証されています。軍の携帯食に取り入れて頂ければ、戦場でも美味しい食事ができますよ。美味しい食事は士気の向上にも繋がるはずです。」
「ふむ。確かに携帯食は不味い。かと言って堅パンだけでは栄養面の問題もある。それなりの数のサンプルが欲しいな。戦争までに我軍で試験的に取り入れてみよう。戦争を想定した訓練もするつもりだから実際にそれを食わせて判断しよう。」
携帯食がまずいというのは冒険者の人たちからも聞いたことがある。栄養面を考えて色んな物を混ぜて固めたものらしいのだ。俺はマジックバッグがあるからいつでも美味い飯が食えるので、気にしていなかったな。
「既に増産を進めておりますので、近日中に届けましょう。」
「しかし、よく缶詰が作れましたねえ。私は絶対に缶詰の製造は無理だと思っていましたよ。」
「大変でしたよ。合金はすぐにできたのですが、クリーンを使う前までは缶が破裂していた物もありましたし。」
「ああ、腐ってガスが発生してたんですね。」
その後はみんなで霊獣用個室に行ってウルケルの紹介をした。ウルケルは巨大ジョッキで満足そうにビールを飲んでいた。スーツを着てサングラスをかけたシュバルツとデュンケルも存在感を放っていて、とても混沌とした部屋と化していた。
領主様から尋ねられた。
「以前からデュンケル氏の作品の中で気にはなっていたのだが、あの黒い眼鏡は何なのだ?」
「ああ、あれはサングラスと言って日の光を遮るんですよ。そうだ!これも軍で使って試してもらえませんか?多分、弓を使う方なんかは特に好まれるのではないかと。馬に乗る人なども喜ばれるかもしれません。」
サングラスを納品する約束をしておいた。他に軍の人の役に立てそうな物はなかったか考えておこう。フィデルさんと相談して軍用便利グッズを一式詰めてパックにするのがいいかもしれないな。ここの領軍の人たちが快適に行軍できるようにしてあげよう。俺たち商人の戦いはもう始まっているのだ。




