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第57話 ネクタルの酒場

宴会で配布していたカクテルの評価用紙を確認している。

とても参考になる意見が多い。それぞれの酒に合うツマミが必要になる事を言及している者もいた。おそらくこれを書いたのは飲食部門の者だろう。酒場の従業員は飲食部門の経験者を何人か異動してもらった方が良いかもしれない。フィデルさんに相談しよう。

大型の蒸留器の増設もしなくてはならない。大量の銅が必要になる。俺が鍛冶屋を巡って集めるのも面倒な量だ。これもフィデルさんに相談しよう。ついでにデュンケルのアクセサリー用の金属も準備してもらおう。


フィデルさんの執務室を訪れた。ルーベンさんとロドリゴさんもいた。良かった、キアラさんはいない。

「ルノさん、昨日はお疲れさまでした。毎度盛り上げてくださって有難うございます。」

ん?俺、何か盛り上げるような事をしただろうか。酒を用意して、試飲して、説教されてただけだぞ。

「酒造りでドワーフに説教するんだからなあ。面白いものが見れた。」

「私はあの説教を聞いて自分の仕事への意識の低さを思い知りましたね。感動しましたよ。」

ああ、ドワーフの職人と揉めたあの茶番劇か。あれ、盛り上がったのか。

でもルーベンさん、あんたは立派なワーカーホリックだよ。それ以上、仕事への意識を高めてはいけないよ。

「いやあ、結構飲んでましたからね。俺も酔ってたんですよ。忘れてください。」

「それはそうと何か用事があったのではないですか?」

俺は酒場の人事の件と金属類の調達の話をした。

「調理場は確かに経験者がいた方が良いですね。料理長に話をしておきましょう。それと従業員の中に下級ポーションと解毒ポーションが作製できる者がいるので、その者も異動させましょう。金属類は近日中に倉庫に用意させますので、持っていってください。」

おっ!ポーション作れる人がいるのか。ポーションは仕入れ値が高いから困ってたんだよな。

その後、酒場の改装のための建築関係の職人の手配もお願いしておいて、その場を後にした。


商会の向かいの元工場にやって来た。とても大きな建物なのだが、元は一体何の工場だったのかは謎だ。大部分は醸造所と酒の保管庫として改装しているが、まだまだ十分なスペースは空いている。富裕層向けの酒場と酒の販売所になる予定のスペースを見て、大まかな見取り図を書いていく。ここでデュンケル作のアクセサリーも販売しようと思っている。富裕層がターゲットなのだからついでに売れると思ったのだ。向かいの本店は庶民向けや冒険者向けの商品が多いから、宝石を使ったアクセサリーなんて売れないと思う。フィデルさんにも話したら好きにしていいと言われた。

デュンケルもやって来た。建築関係も興味があるのだろうか。土魔法で地下室でも作ってみてもらおうかな。そうだ、俺専用の隠し部屋はデュンケルと俺でこっそり作ろう。隠し部屋は地下室に決定だ。

おっと、今は店の間取りを考えているんだった。酒売り場、デュンケルの作品売り場、酒場、調理場、トイレと書き込んでいく。貴族の人が来るかもしれないから個室もあった方がいいかな。ポーション製造のための部屋もいるな。調理場などの設備関係は職人にお任せするとして、俺がデザインするのは店内の内装だ。高級感のある演出をしなければならない。特に明かりにはこだわりたい。明かりの魔道具は自分で作るつもりだ。明る過ぎず、暗過ぎず、落ち着いた雰囲気の大人の空間を作りたい。目がチカチカするようなバーは俺は好きではないのだ。

フィデルさんに紹介された工務店に行って、打ち合わせを行った。テーブルやイス、床材などに使う木材のサンプルを見せてもらって、俺のイメージに沿うものを選んだ。ついでに隠し部屋の製作用に余分に木材を調達していおいた。

改装が始まってからは、俺とデュンケルは現場に居座って作業員に細かく注文を出した。ドワーフの作業員の人と意見が衝突することもあったが、酒を飲ませて黙らせた。俺とデュンケルは金属製やガラス製の備品を作り、配置していった。俺の空き缶素材も遠慮なく放出した。出し惜しみをするつもりはない。最高の酒場を作るつもりなのだ。徐々に出来ていく店内は、所々の装飾にデュンケルのセンスが光る。俺の理想としている酒場をよく分かっているようだ。何も言わなくても期待に応えてくれる。

デュンケルが特にこだわっていたのは、自身のアクセサリーの販売コーナーだ。展示ケース、陳列するための飾り台、そして驚いたのが鏡だ。ガラス魔法と金属魔法を駆使して見事な姿見鏡を作っていた。何も商品を置いていない今の段階で、すごい目を引くコーナーになっている。

酒場のほうがオマケのような気がしてきた。俺も負けてられない。気合いを入れ直して、酒場の内装作りを続けた。


商品となる酒が出来上がってきた頃、店は完成した。

しかし、思ったより予算が余ったな。俺とデュンケルが自分たちで作れる物は作ってしまったからな。そうだ、従業員用の制服を作ろう。高級店だからな、服装も大事だろう。俺はフィデルさんに紹介してもらった衣料品店へ向かった。俺がこの世界に来た時に着ていたスーツ(スリーピース)のベスト・シャツ・パンツを見せて、これと似たようなものを試作してくれと依頼した。色はシャツをダークグレー、その他は黒を指定しておいた。

シュバルツとデュンケルも出てきてもらって、彼らが着れるような服も作れるかと聞いたところ、大分悩んでいたができると答えた。俺はジャケットを取り出してこういうフォーマルな感じで彼ら用の服を作ってくれとお願いしておいた。店員さんはすごく考え込みながら、彼らの様々な箇所の採寸をしていた。


他に何か準備すべき物はあっただろうかと考えていると、デュンケルに呼ばれた。デュンケルに付いていくと店の外で入り口の上を指差している。

ああ、看板がないってか。そういえば店の名前はどうするんだろう。

フィデルさんに店の名前を聞きにいった。いつものように『お任せします』という答えが返ってきた。

うーむ、店の名前か。『霊獣の隠れ家』とかどうだろう。駄目だな、ここに霊獣がいますと教えているようなものだ。彼らは従魔ということになっているからな。どこかの精霊信仰団体から糾弾されてしまうかもしれない。

考えるの面倒になってきたな、神話の名前からとるか。バックス、ソーマ、ネクタル、うん、ネクタルにしよう。神が飲む酒の名前だったな。うちの酒は霊獣も好んで飲むんだから名前負けしてないはずだ。

『デュンケル!ネクタルの酒場だ。格好良く看板作ってくれ。』


俺は酒場の従業員を招集した。

本来なら飲食部門数名とあとは研修を終えた新人多数という構成のはずだった。しかし、最終的に配属されたのは全員飲食部門の従業員だった。代わりに飲食部門に新人が多数配属になっているが、既に引き継ぎも終わって飲食ブースは問題なく稼働している。

何故こんなことになったかというと、酒場への異動希望者を募ったら全員立候補したそうだ。飲食部門の仕事が嫌になったのかというと、そういうわけではないらしい。聞けば宴会の時の俺とドワーフのおっさんとの茶番劇に心を打たれて酒場で働きたいと思ったのだという。若者たちの心を打つような話ではなかったと思うんだがなあ。まあ、そういうわけなので、今この場にはやる気のない奴は一人もいない。みんな真剣な顔をして真っ直ぐな目でこちらを見て、やる気に満ち溢れているのが分かる。ルーベンさんも気合いが入っている様子だが、あんたは働き過ぎだから気を抜いて欲しい。


「皆さん、ようやくネクタルの酒場が完成です。俺の仕事はここまでです。後は皆さんで頑張ってください。俺はこの国に来てから美味しい酒に出会えず、とてもがっかりしました。蒸留酒を見つけても交易品、この国で作られたものではありませんでした。しかし、職人たちの努力が実り、自社で新しい酒の製造に成功したのです。俺はこの国で、いやこの世界で一番の酒だと思っています。ぜひこの酒の魅力をお客様に伝えていって欲しいと思います。今ここにいるメンバーでネクタルの酒場をスタートさせることになります。みんな飲食部門の立ち上げ時の苦労も経験しているし、最高のメンバーが揃ったと思っています。だから何の心配もしていませんが、この店は高級店であるということだけは意識しておいてください。というわけで仕事用の服を買いに行きます。付いてきてください。」

そう言って先日の衣料品店に向かって、全員の採寸をしておいた。試作の制服はいい感じだったので、製作が決定したのだ。デュンケルとシュバルツの分はもう少し時間がかかるそうだ。


店に戻ってからは最終チェックと打ち合わせだ。カクテルのレシピやメニューの確認。ツマミは従業員たちに任せている。宴会時の評価用紙にこのカクテルにはこんなツマミが合うんじゃないかとか、すごく細かくツマミのことを言及していた人が酒場配属になっていたのだ。彼を調理場の主任に任命した。彼には以前、俺が作った燻製器を渡しておいた。試作を重ねてきたのだろう、ツマミはどれも良くできている。飲食部門を経験したからこそだろう。酒との組み合わせのこともよく考えてある。

薬草を使った蒸留酒も完成している。やはり薬草は良い結果を出してくれた。森の中にいるような気分にさせてくれる爽やかな酒になった。これぞ異世界酒。俺はこれを『ソーマ』という商品名で看板メニューの一つに加えている。


準備は整った。


いよいよ、シルビアさんを誘う時がきたのだ。シルビアさんとこの酒場を楽しむんだ。

シルビアさんと飲みに行こうと思ったら、そういう感じのお店がなかったんだよな。それで俺は時間をかけて、商会のお金を使い込んで、人事異動までしてもらって、この場を整えたのだ。


これで誘いを断られたら俺はたぶん立ち直れないと思う。

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