第56話 酒の探求者
さあ報告会は終わった。これから俺は忙しくなる。恒例の大宴会が始まるからだ。仕事が休みだった従業員も宴会に参加するために集まっている。料理長をはじめとした飲食部門の従業員にダンジョン産魔物肉や海産物を渡してある。今回、俺は酒の準備を主にすることになる。宴会は定期的に開催する予定なのだが、これは酒造部門の試飲会も兼ねているのだ。酒造部門の職人たちはビールの試作第二弾を持ってくる手筈になっている。俺はカクテルの意見をできるだけ多く集めたいと思っている。俺が試作したカクテルはシルビアンブルーとキアラグリーンだけではない。他にもこれはいいんじゃないかと思ったものはいくつかあるのだ。しかし俺の主観でしかないので、この宴会を機に意見を取り入れて商品開発を進めたいのだ。
フィデルさんの乾杯の音頭で宴会が始まった。酒造部門の戦いも始まった。
ルーベンさんにも手伝ってもらいながらカクテルを量産していく。
宴会の参加者には事前に感想を書いてもらうための用紙を配布してある。後で回収するので今は作ることに専念している。試作していたものが大体人数分できたら、後は酒造部門のメンバーに任せる。
次は新作のビールを試飲だ。
量産計画が進んでいるビールは改めて飲んでみても文句なしの出来だった。
蒸留酒の試作品もあるそうだ。ドワーフの皆さまがドヤ顔で持ってきた。だが俺は全く期待していない。
できたばかりで熟成していないから風味は弱いはずだし、刺激臭もするはずだ。数年樽熟成させることで無色の液体が琥珀色に色付いていき、味や香りも変化していくのだ。それくらい蒸留酒に詳しくない俺でも知ってる。
しかし、出てきたのは琥珀色をした液体だった。香りも熟成香がする。飲んでみると紛れもなくウイスキーだった。アルコール度数は30~40%くらいだろうか、何回蒸留したのだろう。
それにしてもこの短期間で完成しているのは、一体どういうことなのか。
聞けば熟成を促進させるスキルがあるらしい。
じゃあブランデーも作ってみてくれと言ったらそれは無理だと言われた。果実酒系は専門外で全く分からないそうだ。そういえば彼らは、元はエール専門の醸造所だったな。完成度の高い新作を次々と作るものだから、何でも作れそうな気がしていた。流石に畑違いのものは作れないようだ。
しかし、ビールとウイスキーは香り付けなどの原料が違うはずなのだが、よく作れたものだ。これなら変わり種の蒸留酒も作れるかもしないな。俺はポーションの原料となる薬草も蒸留酒の香り付けに使って試作してみてくれと伝えておいた。ポーションはカクテルに使って良い味を出していたから、この世界でしか飲めない異世界酒ができるのではないかと期待している。
酒場で提供する蒸留酒はしばらくは交易品頼りの仕入れになると考えていたが、すぐにでも自社開発のオリジナル蒸留酒が商品化できそうだ。
ドワーフの皆様方は今回の試作の蒸留酒を大層気に入っているらしい。中にはビールの生産をやめて蒸留酒の開発一本に絞ろうと言う者さえいた。
これにはビール党の俺は断固として反対した。
「貴様!これまでエールやビールを作ってきた誇りはないのか!ビールは昔は液体のパンとも呼ばれて人々の生活を支えてきたものなのだぞ!ビールがなければ人は生きていけなかったと言ってもいい!あんたはそれを作ってるんだ!俺は酒造りに関しては素人だから分からんが、あんたはプロの職人だろう!思い返してみろ、今までのビール作りは簡単だったか?苦労はなかったか?そんなに簡単に放り捨てるような仕事しかしてこなかったのか!」
珍しく俺の口調が厳しくなったものだから、宴会場が一瞬静まり返ってしまった。
ビールの生産をやめようと言っていたドワーフは涙を流しながら謝ってきた。俺はそのドワーフのおっさんと熱く抱擁を交わした。他のドワーフの職人たちも何故か涙を流していた。
何だか茶番劇みたいになってしまった。きっと俺は酔っていたのだろう。
気を取り直して次の試飲をすることにした。
黒ビールの試作第二弾も飲んでみた。最初の試作品の時より苦味は程よく抑えられていた。俺好みのキレの良い苦味の黒ビールもあったので、これを量産するようにドワーフの皆様にお願いしておいた。
この黒ビールを使って新しいカクテルの開発も試してみることにした。男性向けのカクテルの種類も充実させていきたいのだ。アルコール度数高めのカクテルも欲しいので、新作のウイスキーも使って色々試してみた。
『主殿!何をやっていらっしゃるんですか!今は宴会中ですよ!』
シュバルツの念話が頭に響いた。
『おお、シュバルツ。酒の研究は順調だぞ。』
シュバルツは口をモグモグさせながらやって来た。その後ろをデュンケルが、シュバルツ用ビール皿タンブラーを恭しく持って付き従っている。
デュンケル、お前はシュバルツを殴っていいと思うぞ。そのごつい腕で一発ガツンとやってやれ。
『主殿、こんな時にまで仕事ですか?今は楽しむ時ですよ。あ、デュンケル、ホタテのバター醤油焼きをとってきてください。』
デュンケルはシュバルツの前にビール皿を置くと、バーベキューコンロの方に立ち去って行った。
デュンケルの代わりに俺が殴ってあげた方が良いのだろうか。
『職人たちが新作の酒を完成させたんだぞ。次は俺が酒場作りを頑張らないといけないだろ。』
『それは後日やれば良いでしょう。主殿は我々と違って短命なのですから、我々以上にもっと楽しまないといけませんよ。ああ、このお肉はもう冷めてしまっているではありませんか。お肉が泣いていますよ。』
シュバルツに言われて見ると、俺の側に料理が置いてあった。
『ん?これは誰かがとってきてくれたのかな。』
『主殿がいつも眺めてるシルビアという者ですよ。気が付かなかったのですか?』
どうやらカクテルの研究に没頭している間に、シルビアさんが来ていたようだ。悪いことをしてしまったな。
デュンケルが戻ってきた。シュバルツと俺の前に皿を差し出してきた。どうやら俺の分もとってきてくれたらしい。
『やっぱりホタテはバター醤油ですね。ビールとの相性も最高なのですよ。』
『悪いな、デュンケル。気を遣わせてしまって。』
え、何?それ食ってさっさとシルビアさんの所へ行けって?
『分かったよ、デュンケル。カクテルの研究はまた今度にするよ。』
うん、確かにホタテはビールに合うな。あ、酒場で出すツマミも研究しないといけないな。
イテッ!何だよ、殴るなよ、デュンケル。殴るならシュバルツを殴れよ。ああ、分かったよ。仕事のことはもう考えないよ。悪かったって。じゃあ、シルビアさんのところに行ってくるよ。
そしてシルビアさんの所へ向かうとキアラさんと一緒に飲んでいた。
「シルビアさん、先程声をかけて頂いていたようで、気が付かなくて申し訳なかったです。」
「いえいえ、随分熱心なご様子だったのに、邪魔をしてしまってこちらこそ失礼いたしました。」
「ルノ君~、宴会中にシルビアちゃん放って置いて仕事するのは駄目だよ~。ルーベンの仕事中毒がうつったんじゃないの~?大体ね~、ルノ君はね~・・・・・・」
シルビアさんに謝ったのだが、何故か宴会が終わるまでずっとキアラさんに説教され続けた。




