【閑話】 首無し武者と肝試しの夜 中編の後編
「成る程、つまりそいつが本物の首無し武者か!! よし、今度こそ俺が成敗してみせる!! どこだ怨霊!! 勝負しろ!!」
さっきまで切腹しようかって落ち込んでた奴が、また目をキラキラさせて茂みの中にずかずか入っていった。さすがの俺でも気味が悪いってのに、あの馬鹿の思考回路はどうなってんだ。
一方、さっきまで飄々としていたはずの先生は「え、本物? 本物の幽霊? え、嘘、嘘だよね!?」と青ざめている。先生のこの反応……俺たちを騙そうとしているようには見えない。つまり……
「どうやらほんとに本物ってやつか」
「ほ、ほほ、ほ……」
刀士郎もサーっと青ざめて、また俺にしがみついた。
……と思ったら、先生まで俺にしがみついてきた。
「取りあえずこのまま帰ろうか! ね? もう十分肝試ししただろう? あああどうしようかな、私のせいで本物の幽霊が怒って出てきたのだろうか? ど、どう思うほむら?」
「知らん」
右手に刀士郎、左手に先生。
先生については放り投げようかと思ったが、大の大人がここまで怖がっているところを見るのは面白かったから放っておくことにした。
「おい義勝、先生が帰ろうって言ってるぞ-」
「先生! 少々お待ちください! 俺が怨霊を成敗するまで――――!」
だめだ。聞く耳がない。
「義勝く~ん、もう帰ろう、ね? 怨霊のフリをしたのは悪かったから~~」と先生。
「そ、そうだよ義勝、危ないよ! く、首を探してるんだよ? 襲われるって話だよ!?」
「余計放ってはおけない!!」
「で、でも……! 首を取られちゃったらどうするの!?」
刀士郎の言葉に、先生もぶんぶん頷く。
「そうそう、私も聞いたことがある。首無し武者は自分の首を探しているんだ。そして何も知らない普通の人を見かけると、首を取ってそれを自分の胴体の上に乗っける。そしたら乗せられた首が喋るんだ。『これはわしの首じゃない』……」
「きゃあああああああああああ!!」
刀士郎さん、悲鳴がうるせえ。
先生、喋るな。
「首を取るような怨霊を野放しにはできません!! 大体訳のわからん怨霊ですね。人から勝手に頭を取っておいて『これは違う』ってそりゃそうでしょう。そんな不届き者は俺が成敗します! さあ出てこい怨霊!! 俺が相手だ!!!」
義勝もうるせえ。
本物なんて現れたら一番最初にやられそうだなあいつ。
どうしよう、この状況。
俺はため息を吐いた。
それから一つ、思い出した。
「そう言えばあの首無し……あの辺りを指差してたな」
「え?」
古寺のすぐ下。多分地面の辺り。
「やっぱりあそこに何かあるってことか……?」
「え、何なに? 首無しの亡霊があそこを指差したの? 何それ怖い」
「先生が何かして亡霊が怒ってるとかじゃねえの」
「え!? 私は亡霊のフリをしただけでそれ以上のことはしてないのに!?」
「取りあえず見に行くぞ」
「え、やだ!! とんでもないものがあるかもしれないんだよ!?」
「じゃあここで待ってろ。俺が見に行くから」
「それも嫌だ!! 義勝はあんな調子だし私と刀士郎は腰が抜けて戦えない!! もし本物が現れたら皆やられてしまう! 待って待って! ほんと待って! ほむらだけが頼りです!!」
頼りです……と、そう言われるとちょっと嬉しい、けども。
刀士郎の方を見ると、目をぎゅっと瞑りながらコクコクと頷いている。
二人とも俺にしがみついて、動かないつもりのようだった。
俺は心を鬼にして、二人をひょいと小脇に抱えた。
「うわッ!?」
「ほほほ、ほむら!?」
それからさっさと古寺の方まで駆けていった。
先生は俺の身長が足りなくて何度か体を地面に打ち付けてたけど、気にしない。
先生は大人だからこれくらい大丈夫だろう。
古寺の目の前で止まる。
近づくとまた迫力が違った。遠くから見た時は小さいと思ったけど、中を覗くとなかなか広いらしい。
幽霊が指差した辺りは雑草がぼうぼうに伸びている。
おかしなところは特にない。
「何もねえな……」
「ほ、ほむ、ほむら、離れよう? ね?」
「おおお、俺も、俺も離れたい……」
先生と刀士郎は怯えてぶるぶる震えている。
そこに、首無し武者を見つけられなかったらしい義勝が「何か見つけたのか?」とのこのこやってきた。
「なあ義勝、この辺りどう? 何かいると思う?」
「は? いるとは何だ。そして二人はどうしてこんなに怯えている? ……刀士郎、泣いているのか? 大丈夫か?」
「怨霊がこの辺りを指差してたんだよ。何かいるのかな~って。でもよくわかんなくてさ……」
「む、ならば古寺に入るしかないな」
それを聞いた途端、刀士郎の顔がまた引き攣った。
「こここ、こんなところに、入っ……!?」
「ここが奴の拠点かもしれん。行くぞ!!」
「待って待って待って!! さすがに入るのは――――――ヒッ!?」
慌てて止めに入った刀士郎だけど、何かを見てしまったのかぴたっと固まった。
下の方を凝視して、ブルブル震えている。
俺はその視線の先を追った。
……格子?
雑草でよく見えなかったけど、地面の近く、多分古寺の床下に当たるところに、長細い穴が空いてる。その穴には木の格子ががっつりつけられてて、何て言うか……ちょっと嫌な感じだった。
地下室、てやつかな?
格子の向こうは真っ暗で、何も見えない。
でも刀士郎はそこをじっと凝視したまま動けなくなっている。
「い、今、そこに、何か……」
「何もいねえぞ?」
「で、でも、確かにさっき……な、何か、いた。お、女の人の、顔、みたいな……ま、真っ白な……」
「あわわわわ、ほむら、義勝! 早く帰ろう!! このままでは絶対呪われる! これは呪われる類いのものだ間違いない! 今すぐ帰ろう!!」
「人を呪うような怨霊を野放しにしてはいられません!! 刀士郎が見たというのはきっと首無し怨霊が探している首に違いない!! よし、それを見つけ出して完全体にした後、成敗するぞ!!」
なぜ完全体にするんだ義勝。
「でなければ公平とは言えない! 俺は正々堂々と勝負し怨霊を成敗する!!」
「阿呆」
「何だと!?」
「だがまあ、もしそれが首無しの首なら、差し出したら成仏するんじゃねえの?」
刀士郎が見たのが女性の顔ってのはちょっと気になるけど、まああの首無しが指差してたのはこの辺りだし、うん、多分この地下室?に首があるんじゃねえかな。
「よし行って来い義勝。頭の骨なりなんなり回収して持ってきたらお前が成敗したってことにしてやる」
「上から目線の物言いは気になるが任せろ!!」
「ま、待って義勝! 一人で行くのは危ないよ!」
「案ずるな刀士郎! 俺を信じて待っていろ!」
義勝は偉そうにそう言って意気揚々と向かおうとしたところで、ふと立ち止まり、俺に竹刀を突き出した。
「……何?」
「これはお前が持っていた方がいい」
「え、何で。今から一人で古寺に入って頭を回収するんだろ? だったらお前が竹刀を持ってないと――――」
「この場で一番身を守らねばならないのはお前だ。だが先生と刀士郎は腰を抜かしているようだから、せめてこれはお前が持っていろ」
「……は? なん、だそれ。何で俺が身を守るとか気にして……」
「? お前、女子だろう」
おなごと言われて、今まで小馬鹿にされたことしかなかった。
なのに、その時の言葉からは、何だか嫌な感じはしなかった。
「顔に傷でもできたらどうする。とにかくそれはお前が持っていろ。怨霊が来たら振り回すんだぞ。いいな、お前はしっかり自分の身を守るんだ」
「……あ、ああ」
義勝は俺が竹刀を受け取ると、満足したように迷いなく古寺の中へ入っていった。
古寺の扉は取れかけている。あいつが歩くたびにギシギシ音が鳴っていたけど、やがてばたん、と大きな音がした後は何も聞こえなくなった。
妙な感じだった。
何か、ちょっと気恥ずかしい、ような。照れ臭い、ような。
よくわかんないけど、お腹の辺りがむずむずする。
俺はそれを誤魔化すように、握った竹刀を意味もなくぶんぶん振り回した。
「……義勝、大丈夫かな」
刀士郎は怖々と古寺を見上げた。
地面の辺りは見ないようにしているらしい。
先生はぽんぽん、と刀士郎の頭を撫でた。
「大丈夫大丈夫。義勝は勇敢で努力家で、太刀筋もいい。あの子には才能があるよ。きっと何かあってもその辺の枝とかで何とかするだろう」
「枝」
「太刀筋は俺とか刀士郎の方がいいはずだ」
「君たちが別格なだけで、あの子はあの子でいい腕を持っているよ。……うん、ちょっと辛いだろうなあ。私だったらいじけてしまうなあ。この二人が普通だと勘違いしてないといいんだけど……」
「て言うか、こういう時って大体大人が寺の中に入って行くものじゃないのか」
「えへへ、私はほら、腰が抜けちゃったから」
「…………」
「な、何て目で見るんだほむら!! 大人だからってそんなに期待されても困る! 大人なんて皆年だけ取った子供みたいなものだぞ! ほんとほんと、これほんとだから。私よりよっぽど君たちの方がしっかりしてるじゃないか。それが何よりの証拠だ!」
「そんな証拠で胸を張るな」
ふと刀士郎の方を見ると、幾分顔色がよくなったようだった。
俺と先生のやり取りがおかしかったのか、口元が柔らかく綻んでいる。
寺の近くには小川が流れてあった。
月の光に川面がキラキラ反射して、綺麗だった。
それを見ながら、刀士郎がぽつりと呟いた。
「……可哀想だな、て思うんだ」
「ん?」
「首無し武者。だって、ずっと自分の首を探し回らなきゃいけないなんて、大変だし辛いし……首を斬られるのって、すごく痛くて怖かっただろうなって。だから、早く未練がなくなって、成仏してほしい。早く、見つかってほしいな」
刀士郎は俺の手をぎゅっと握り締めたまま、何か決意したような顔を俺に向けた。
「や、やっぱり、俺も、寺の中に入る!」
「え?」
「だ、だって、義勝にばかり、怖い思いをさせちゃだめだから。だから……」
「心配しなくても、あいつ絶対怖いとか思ってねえぞ」
「でも……」
ガラガラガラッ!!!
「何だ!?」
突然どでかい音が響いて、俺も刀士郎もビックリして飛び上がった。先生は「え? 何? 何があったの?」と暢気にきょろきょろしている。
大量の、暗くてよく見えないけど多分ガラクタみたいなものがいっぱい落ちてきた。
顔を上げると、取れかけの扉のところに、両手に物をいっぱい抱えた義勝が立っている。
「すまん、落とした! 首がどれかわからなかったから、取りあえず目についたものを全部持ってきたぞ!!」
「よ、義勝…………」
刀士郎はぶるぶる震えながら、義勝の背後を指差した。
「そ、その人たち、誰…………?」
つられて俺も義勝の背後を見た。
顔のないのっぺりとした女性、首の長~い女性に、目が一つしかない赤い着物の女の子、顔が限界までたるたるに緩みきった白髪のお婆さんに、青白くて生気のない、凍えそうな顔の女性――――――すげえ数の女性が、義勝の背後でゆらゆら蠢いている。
俺は思わず口を覆った。
「すげえ……」
めっちゃ憑かれてる。




