472 【ルカ】 察する
「……は? 何それ。王子サマそれ本気で言ってるの?」
レインは底冷えするような殺気立った目で、ジーク殿下を睨みつけた。
エイトさんが咄嗟に剣の柄に手を置く。
ジーク殿下は「よせ」とエイトさんに視線を向けた後、レインへ頷いてみせた。
「ああ。フレアに戻った後も、義勝との婚姻を望む可能性は高いと思っている。言っただろう、彼女は元々イグニス家を出たがっていたんだ。そこに自分のことが好きだと言う皇子が現れたんだぞ。しかも莫大な権力と財力を有し容姿も申し分ない」
「……そんなのわかんないでしょ。フレア様があいつを選ぶかは――――」
「選ぶだろう、このままなら間違いなく。大体、フレアには前世の記憶がある。彼女はほむら自身ではないが、ほむらの感情もはっきりと受け継いでいたはずだ。義勝と過ごした思い出もあってあいつへの気持ちには並々ならないものがあった」
誰も反論できなかった。フレアが前世の存在に特別な想いを抱いていることは、皆わかっていたから。
僕らは押し黙った。
ジーク殿下は小さくため息を吐き、額に手を当てた。
「義勝は……正直、あいつは悪い男じゃない。むしろ良い人間だと思う。唯一の欠点は駄洒落のセンスがないことくらいで、他は非の打ち所がない。もし結婚したら、フレアはきっと幸せになるだろう」
「殿下……」
僕は思わず視線を逸らした。
殿下は、二人の幸せを応援している。
僕だってそうしたかった。フレアにそういう人が現れたら、そうしようと思っていた。
でも……どうしてもできそうにない。
それこそ起爆能力が制御できなくなりそうな程、心の中は荒れ狂っている。
フレアの結婚を何としても阻止したい。
フレアがカイウス殿下とキスしていたら全力で引き離したい。
できることならフレアの脳内からカイウス殿下に関する記憶を全部消してしまいたい。
……そんな、過激なことを考えてしまう。
自分の中にこんな黒い感情があるなんて思わなかった。
子供っぽくて惨めで、情けない。口にするのも憚られるような、恥ずかしい感情だ。
「ほむらと義勝は似合いの二人だ。だからこそ、目下僕らがやることは一つ」
…………そうだ、静かに受け入れよう。
それがフレアの幸せなんだから。
元婚約者の殿下が受け入れているんだ。
僕だって、いつまでも子供っぽいことばかり考えていないで、心から彼女の幸せを――――――……
「二人をどうやって別れさせるか。それに尽きる」
「…………………………………………え?」
聞き間違いかと思った。
殿下は真剣な表情で、繰り返した。
「ほむらと義勝を別れさせる。そこに全力を注ぐぞ」
「え? えっと、あの、殿下……?」
「そのためにお前たちの意見を募りたい。菓子を送りつけまくってふっくらさせればほむらは幻滅すると思うか? それともやはりデートを邪魔するべきか? 義勝のやることなすこと全部裏目に出るように細工して回るか? 短期間で最も効率よく効果が出るのはどんな方法だと思う?」
「あの、カイウス殿下は……良い人だと、仰ってませんでしたか? フレアを幸せにしてくれるだろう、と……」
「それはそれ、これはこれ。相手が誰であろうとフレアとの結婚は阻止しなければならない。彼女が結婚するなんて絶対に嫌だ。他の男に微笑みかけているところなんて想像もしたくない。僕はぜっっっっったいに認めないぞ。そもそも、前世云々のおかげで生まれる前から優位な立場にあるのはズル過ぎる。そんなの公平じゃない。と言うわけで別れさせる」
ジーク殿下は揺るぎない表情で言い切った。
こんなに自分の気持ちに正直な人だったかと、僕は目と耳を疑った。
レインは「ゲッス~……」と口元を歪めた。
「王子サマってほんとそういうとこどうにかした方がいいよ。見苦しいから」
「な、何だと!?」
「人の幸せをぶっ壊すとか最低~~」
「僕なら義勝よりもっと彼女を幸せにしてみせる!!」
「ムリムリムリ。現実見なよ。確か王子サマってほむら様に振られたんじゃなかったっけ? ね、あいつと同じ土俵にすら立ててないね? て言うかあんなに一生懸命だったのに全部あの男に持ってかれちゃったんだ? うわ~~超可哀想~~当て馬王子とか笑える~~」
「誰が当て馬王子だ!! ならお前はフレアと義勝の結婚を祝福すると!?」
レインは大仰に肩をすくめてみせた。
「そもそもフレア様が誰と結婚しようがどうでもいいよねぇ。私には関係ないし、興味もない」
「はッ、よくそんなことが言えるな。さっき僕が、フレアと義勝が結婚するだろうと言った時、お前はどうなった? あれだけバチバチに殺気立っておきながら何がどうでもいいだ! どうでもよくないからああなったんだろ!」
「え~何のことだか覚えてないんだけど~? 言いがかりはやめてもらえます~?」
「お前ッ……。それだけじゃないぞ! フレアが……いやルークがお前を助けた時、お前は愛してると言いながらキ――――――」
「ねえねえ王子サマぁ!!! この薬試してみない!? 飲むだけで頭がよくなる最高のお薬だよぉ!! 王子サマみたいなおつむの弱い子にぴったりでしょ!?」
「ぐえッ……おいレイン!! やめろ飲まそうとするな!! 何だその怪しい薬!! 色が毒々しすぎるだろ気持ち悪い!!」
「レイン殿!! 殿下から手を離してください!! 腕を切り落としますよ!?」
「うわこっわぁ! 騎士君って真面目そうな顔して過激だねえ。ヒヒッ、ゾクゾクするよ~」
「ふざけてないで離れろレイン!! クサッ……何なんだその薬!!」
レインはケラケラ笑いながらジーク殿下とエイトさんで遊んでいる……ように見える。
仲が悪いように見えて実は良いんだろうか。
それにしても……
“愛してると言いながらキ――――――”
殿下の言葉は途中で途切れた。
でも…………キの後に続く言葉って…………まさかと思うけど…………
レインが彼女に特別な想いを抱いていることはわかっていた。
でも、もしかしたらレインは、僕が想像しているよりもっと大きな感情を彼女に抱いているのかもしれない。
「私はあの人のことな~んとも思ってない。ただの師匠だよ。わかったらデートの妨害なりなんなり勝手にやったら~~? どうっでもいいことに手を貸す程私は暇じゃないんだ。ほら、さっさと出て行って。て言うかどうして私の医務室に集まるわけ? 仕事の邪魔邪魔~~」
「あ、おい! 話はまだ終わって――――……うわッ!?」
「殿下!!」
レインは手慣れた様子でジーク殿下を部屋の外にぽいっと放り出し、エイトさんは「とぉ!」と飛び出して殿下が床に激突する寸前で受け止めていた。……エイトさん、大変だなあ。
レインはそれから僕へと顔を向けた。
何を考えているか、まるで読めない顔を。
「ほら、君も出て行ってよ。邪魔だから」
「レイン、君は……」
「何を聞かれても答えるつもりはない」
冷え切った声音だった。
でも、その口調にはどこか、切ない響きが混じっているような気がした。
「………………」
「あのさぁ、ここにいても無駄なだけだよ。さっさと消えてくれないかなぁ。あのお馬鹿な王子サマと一緒に結婚の妨害でもしてきたら? ま、よっぽどの暇人間じゃなきゃそんなことしないだろうけどね」
「…………うん」
「え、ほんとに妨害なんてするつもり? え~君って意外にゲスだねえ。優しそうな顔して頭の中はあの王子サマと同レベルなんだ」
「妨害はしないよ。でも……正直、したいなとは思った」
だから、それを堂々と口に出来るジーク殿下を、ちょっと羨ましいなと思った。
少し、すっきりもしたんだ。心の中に閉じ込めて忘れてしまうしかないと思っていたモヤモヤした黒い感情を、殿下がはっきりと言葉にしてくれて。
「君は本当はどう思ってるの? フレアが、カイウス殿下と結婚するかもしれないこと」
「…………………………」
しばらく沈黙が流れた。
彼は答えなかった。……でも、答えがないのが、何よりの答えみたいなものだ。
僕は彼の表情を窺いながら、尋ねた。
「…………本当は、してほしくないって思ってる?」
「………………別に」
レインは僕から顔を背け、面倒くさそうに髪を掻きむしった。
「何とも思わない。皆騒ぎすぎじゃない? お嬢様がず~っと捜してた皇子サマなんでしょ? 結ばれたなら勝手にイチャイチャさせとけば? 私は興味ないね、別に。あの人がどこの誰とどうなろうが、心底…………心底、どうでもいい」
レインは…………嘘が下手だな。
どうでもいいって、吐き捨てるように言ってるけれど、…………口元は苦しそうに歪んでいた。
僕は彼から視線を逸らした。
「……取りあえず様子を見てくるよ」
「あ、結局妨害に行くんだ? ほむら様可哀想~~」
「ははっ、しないよ。ルベルたちが心配だからそっちの様子を見に行くだけ。なんならレインも一緒にどう?」
「はあ? お断りだよ。行く訳ないでしょ。人のデート見て何が楽しいの」
レインは呆れた様子でそう言うと、ずんずん僕に近寄ってきて、「ほら、出て行って」と僕を部屋の外へと放り出した。
尻餅をついて顔を上げると、扉が閉まる直前、レインと一瞬目が合った。
「ッ…………」
その時、垣間見えた表情は…………
まるで一人ぼっちの子供のように、寂しそうなものだった。




