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459 吐露する




『家族……』

「うん、家族、みたいな。特別な、繋がり。特別な人。誰かにとって、代わりのきかない存在、みたいな。他の誰でも、じゃなくて……俺を特別に想ってくれる人。無償の愛とか、そういう……ははっ、変だよな。何か恥ずかしいな」



 でも、言葉にすると頭の中のごちゃごちゃがちょっとずつまとまっていく。


 不思議だ。

 先生にだって言ったことがないのに、どうして俺はこんなに素直に喋れるんだろう。



「だから、嬉しかったんだ。覚えてる? おじさんがさ、おじさんにとって大切な女性とさ、俺が似てるって言ってくれた時。すごい褒め言葉だと思った。俺のことも特別だって言ってもらえたみたいで、本当に嬉しかった」

『……俺に言われずとも、お前はすでに多くの繋がりを持っているだろう。それこそ特別と言えるような』


 そう言われて真っ先に思い浮かんだのは、心桜や先生の顔だった。


「……勿論、俺にも大切な人はいるよ。俺にとって特別な、大切な人。でもそれは俺の一方通行だ」

『わからないだろう、そんなこと』

「絶対そうだよ。だって俺なんてただの居候で、卑しい生まれで、乱暴者だし、力ばっかり強くて……料理は得意だけど、いいところなんてそこくらいで」

『自分を卑下するな。お前の悪い癖だ』

「でもなぁ……」



 俺は心桜や先生の、本当の家族じゃない。

 いつまで居候させてもらえるかなんて、わからない。

 いつ放り出されたって文句は言えない。

 義勝や刀士郎にも、それぞれ家族がいる。帰る家がある。

 二人にとって俺はただの友達で…………いや、今けっこう喧嘩ばっかりしてるから、もう友達ですらないのかもしれない。義勝はともかく、刀士郎にまで嫌われたかもしれない。俺ががさつで無神経だから……。

 やっぱり、こんな俺に相思相愛の特別な繋がりなんてできっこない。



『胸を張れと言ったはずだ。何をそんなに恐れている』

「恐れてる訳じゃ……」

『恐れていなければなんなんだ? なぜそうも自分に自信が持てない?』

「…………だって、俺、鬼子だし……」

『お前は美しい。鬼子だか何だか知らないが、そんな言葉で自分を決めつけるな』


 口調は厳しかったけど、おじさんの声はどこまでも優しかった。


『…………お前が恐れる理由を当ててやろうか』

「え?」

『自分の気持ちを、相手に否定されるのが怖いんだろう? 自分がさして特別ではなかったと思い知らされるのが。自分を卑下し、本当の願いから目を背けるのは、深く傷つくことから逃れるためだ。あれこれ理由を並べて諦めるのは簡単だ。傷も浅く済む。……結局のところ、お前は他者と深い関係になることを恐れている。大切な相手には臆病になって、踏み込むことができず逃げている。特別な繋がりを求めながら、自らそれを遠ざけているんだ。違うか?』


 おじさんが言っていることは容赦なかったけど、その通りな気がした。

 俺は何も答えられなかった。

 そしたら……








『俺がそうだった』






 


 驚いておじさんを見上げると、悲しそうな、切なそうな顔で微笑んでいた。





『俺がそうだったんだ。彼女に拒絶されたらと考えると……。傷つくのが恐ろしくて何も言えなかった。大切なことは何も。何一つ』



 それは、おじさんが話してくれた、あの女性のこと?

 おじさんにとって大切な人。俺と似てるって言ってくれた、特別な人。

 おじさんの表情から、言葉から、後悔してるのが嫌って程伝わってきた。



『……何もかも遅い。もう彼女には何も伝えられない』

「…………もし、今その人が目の前にいたら…………おじさんなら、どうする?」

『愛していると伝える』



 迷いがなかった。

 一瞬の迷いさえなく、おじさんはきっぱりとそう言い切った。

 俺はその答えを聞いて、悲しくて泣きそうだった。

 そんなに好きな人なのに、もう何も伝えられないなんて。

 そんなの、あんまりだ。あまりにも残酷じゃないか。




『お前は俺のようにはなるな。大切な相手がいるならば、恐れずに向き合ってみるといい。……それが年長者からの助言だ』





 俺が、ずっと抱いていた願い。



 ずっと、“特別” が欲しかった。



 でも、同時に恐れてもいた。

 失うことが怖かった。

 本当の気持ちを伝えて、今までの関係が崩れたら?

 これ以上大好きになって特別になって……なのに、失ってしまったら?



 ずっとずっと怖かった。

 でも…………





“お前という人格は“死”を迎える。それは避けようのない運命だ”




 夢の中の、お婆さんの言葉。




“この世に永遠などない。全ての理はどれも等しく、散る桜のように儚いものだと”




 ………………ああ、そうだ。わかってる。

 俺だって本当はわかってる。

 俺もおじさんも、先生も心桜も刀士郎も…………いつか、命は終わりを迎える。

 それは誰だって同じ、避けようのない運命だ。

 生まれ落ちた時から、皆がいつかは辿る道だ。

 それは明日かもしれないし明後日かもしれないし、百年後かもしれない。

 いつ死ぬかなんて誰にもわからない。

 それなら…………







 それなら、俺は誰の隣で死にたい?







「俺、は…………」







 …………一人の、ムカつく男の顔が浮かんだ。






 思い浮かんだ瞬間、悔しくて涙が滲んだ。

 ああなんで出てくんだよお前がって。


 頑固で諦めの悪い無愛想な鍛錬馬鹿のくせに。俺のことなんて何とも思ってないくせに。

 悔しい。すげえ悔しい。手合わせで一度だって俺に勝てたことがないくせに、俺ばっかり振り回されて。これじゃあいつに負けたみたいだ。ああ畜生。ほんとに何でなんだよ。どうしてあんな奴を――――…………て、考えても考えても答えは出ない。


 ただ、いつの間にかあいつの存在が、俺の心のでっかい部分を占めてたんだ。

 ……ほんとにむちゃくちゃ、ムカつくことに。


 俺は目元を擦って、むりやり笑った。




「……ありがとう、おじさん」

『ん?』

「何か、すっきりした。ようやく踏ん切りがついた気がする。……俺がおじさんのこと元気づけようと思ってたのに、まさか元気づけられるなんてさ!」

『言っただろう、お前に心配されずとも、俺は元気にやっていると』

「うん、さすがおじさんだ」



 それから、俺は紫苑の方へ顔を向けた。

 紫苑は俺とおじさんのやり取りをハラハラしながら見守ってくれてたらしい。その表情を見ていると、やっぱり紫苑は良い人なんだなって思う。でも……



「紫苑、結婚の話なんだけど」

「え?」



 紫苑がぱちくりと瞬く。

 もしかして結婚云々って話、忘れちゃってるのかな?って思ったけど、俺は構わず頭を下げた。



 断る時は、ちゃんと頭を下げないと。



「ごめん、紫苑! 俺、他に一緒になりたい奴がいるんだ」

「…………え?」

「だから紫苑とは結婚できない」

「……………………へ?」



 紫苑はあんぐりと口を開けて、ぽかんと固まってしまった。

 その背後では乱蔵さんが顔を背け、口元を押さえてぷるぷる震えている。どうしたんだろう。


 紫苑はすっごいモテるだろうから、俺なんかに断られたところで痛くも痒くもないと思ってたんだけど、思っていた以上にショックを受けているみたいだ。俺は悪い気がして、必死で弁明した。



「ほ、ほら! 俺たち会ったばかりだしさ。正直嬉しかったし、先生に紹介しようとも思ったけど、おじさんと話しているうちに何か違うなって……」

「つまり僕はあいつのせいで…………!」


 紫苑はおじさんへ怖い顔を向けた。

 おじさんは自分は関係ないとばかりにぷいっと顔を背ける。


「待って待って! 本当に嬉しかったんだ! それは本当! 紫苑のことよく知らないけど、く、口づけは無理でも、子供さえ作れればいいかなって思ったくらい――――――」

「「『待て待て待て待て待て待て』」」



 おじさんと紫苑と乱蔵さんの声が綺麗に重なった。皆早口なのに息ピッタリ。

 俺は素直に感心したけど、まさかこの後スーパーお小言タイムが始まることになるとは、この時の俺は想像もしていなかった。



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