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455 【ジーク】 落ちる





 緑の光に包まれてすぐのことだった。




 ドゴガゴバキゴキッ――――――




 立て続けに鈍い音がした。



「~~ッ!?」

「ぎゃッ!?」

「うおッ!?」



 体を何かに打ち付けて、僕は痛みを堪えながら体を起こした。

 また一瞬で移動したらしい。

 辺りを見渡したが、皇宮内ではない。街だ。多分シノノメ帝国の帝都のどこか、だろう。道行く人は突然現れた僕らを見て驚いている。


 何でこんなことに……と思いながら、僕は急いでほむらの姿を探した。

 彼女は僕の隣で「い、てて……」と頭を押さえている。


「大丈夫か!? 頭を打ったのか!?」

「だ、大丈夫大丈夫! 全然大したことないから!」


 髪が乱れて、飾りはどこかになくなってしまったようだ。

 唇も乱暴に拭ったせいで汚れているように見える。


「ほむら…………」


 彼女の恋を応援できる程僕は心が広くはないが、彼女がしょんぼりしているのを見て喜べる程性悪でもない。


 あのバカイウスめ……。

 本当に腹の立つ。あれほど女心のわからない奴というのも珍しいんじゃないか?

 ほむらは一体あいつのどこがいいんだ? 顔か? あの気難しそうな顔がいいのか?




「おいッ!! お前らさっさと俺の上から離れろ!!!」

「うわっ」




 僕は慌てて立ち上がった。

 何か柔らかいものに乗っている自覚はあったが、見下ろすとそこで苦しそうに地面に転がっていたのは……




「クソ、急に降ってきやがって……下手したら死んでたぞ!!?」




 乱蔵、だった。

 僕とほむらにのしかかられ地面に叩きつけられたせいか、ボロ雑巾みたいになっている。

 まあ大きな怪我はしていないようだから大丈夫だろう。


 ほむらは乱蔵を見て目を丸くしていた。


「乱蔵さん!? 何やってんの!? 大丈夫!?」

「誰の所為でこうなってると思ってやがる! どっから降ってきたんだてめえらは!!」

「ご、ごめん……」

「落ちたのは悪かったが狙ってやった訳じゃない。許せ」

「許せるかぁ!! 何でお前はそんなに偉そうなんだよ!!」

「“偉そう”じゃなくて“偉い”んだ。王族だからな」

「このクソ王子!!」


 乱蔵は苛立ちながら立ち上がり、大きな包みを解いて中を確認した。


「……ああ、こいつは無事か」

「何それ?」


 ほむらの問いには答えず、乱蔵はそれをぶっきらぼうに彼女に押しつけた。


「え? 何? くれるの?」

「元々お前に作ったやつだ。要らなかったら捨てていい」

「作ったやつって…………え、すげえ!!! 超美味しそう!!!」



 ぱああああ……と彼女の顔が輝く。

 どうやら菓子が入っていたらしい。

 しょんぼり顔だったのが嘘のように明るくなったのを見て、よくやった乱蔵、と心の中で感謝した。



「食べていい? 全部食べていいの!?」

「ああ、好きにしろ」

「やった! 団子に饅頭に……え~どれから食べようかな! へへ、乱蔵さんのお菓子すげえ美味しいから大好きだ!! ほんとありがとう!!」



 今日一番の笑顔。

 やっぱり彼女は笑顔が似合う。


 道端でも気にせず食べ始めた彼女を、乱蔵はじっと見つめている。



 ……そう言えばこいつ、よくこの状態のほむらを見て冷静でいられるな。

 髪は乱れ化粧も崩れているが、可愛いことには変わりない。いつもと明らかに違う格好をしているのに、どうしてそんなに冷静なんだ? 僕はあんなに動揺したのに。まるで彼女がこういう格好をすることを、あらかじめ知っていたような……。


 何より、その表情。

 切なそうに、愛おしそうに見つめている、その表情がどうも心に引っかかった。



「おい乱蔵、お前――――――」

「で? 何で空から降ってきたんだ? あの公爵殿を怒らせたのか? お~怖い怖い。王子サマでもこんな目に遭わされるなんてな」

「いやそれは違うがそれよりお前――――――」

「そうそう! 何でこんなにぽんぽん移動しちまうんだ!? 最初は別の部屋にいたのにさ、気づいたら義勝の部屋にいるし、窓から落ちるって思ったら全然違う場所に出ちまうし! 一体何が起きてるんだ? もぐもぐ……あ~この団子最高~~~~! あ、紫の人も食べる?」

「僕は結構だ」


 問い詰めてやろうかと思ったが諦めた。

 話を逸らされた気がするが……まあいい。乱蔵のことより、今はこの状況を整理する方が先決だ。



「心当たりは、一つある」


 僕はシャツの下に隠していたペンダントを取り出した。

 翡翠色の宝石が輝く、美しいペンダント。


「このペンダントはヴェントゥス公爵に命じて作らせたものだ」

「? ヴェンヴェンが作ったらどうなるの?」


 ほむらはくてっと首を傾げた。可愛い。


「うまくいけば彼の力が物に込められる。つまり第三者が彼の力を使うことができる。アカツキとシノノメを行き来することが増えたし、忙しい公爵をわざわざ呼びつけるのも面倒だろう」

「よくわかんないけど……便利道具的な? 発明的な感じ?」

「まあ……そんなところだな。だが一度もうまくいかなかった」


 瞬間移動はなかなかに便利な能力だ。

 本当は今回のことがある前から、つまり数年前から、公爵には何度か依頼して作ってもらっていた。だがこれには向き不向き、それに道具を手にする人間によってもいろいろ相性があるようで、うまくいった試しはなかった。

 このペンダントは、今回こそはうまくいった気がする、と疲れ切った公爵から渡されたものだったが……結局、何度試そうとしても力が発揮されることはなかった。


 だがまあ、あれだけ疲れ切った様子の公爵に突き返すのも忍びなく、一応しばらくは身につけておくことにしたんだ。



「本当は成功していたのかもしれないな。力が暴発したのだとしても、一応使えることには使えた訳だ。今まで何も起きなかったことから考えると、素晴らしい進歩だろう」

「落とされる先がわからねえんだぞ? そんな恐ろしいもん使えるか。アグニみてえにマグマに落とされたらどうするんだ?」

「それは困る」



 最初は義勝の部屋、次に街中。



 …………わからないな。

 距離もバラバラだし、規則性があるようにも思えない。

 いつどこに飛ばされるのかわからないような代物を持っておくのは危険だが、かと言ってどう処分するべきかも悩ましい。




「そもそも皇帝に会いに行くとかどうとかという話をしていたのに義勝の部屋に移動したのも意味がわからないし、その次は乱蔵の上というのもどうしてそうなったのか………………」

「あ」



 ああでもないこうでもないと考えていると、ほむらが何かに気づいたように固まった。

 手にした団子を食べもせず、若干顔を引き攣らせている。




「どうした?」

「あ、いや、ええと……」

「何か気づいたなら教えてくれ」

「あー、えっと……その…………」



 ほむらは視線をうろうろさせた後、僕に恐る恐る尋ねた。




「それって…………心の中で思った場所に行っちゃう、とかじゃない……よね?」




 ?




「心の中で思った場所…………?」

「違うならいいんだ! 違うなら……」

「いや……まあ、公爵が力を使う時は……そうだな、行く先を念じてみたり……思い描いたりするらしい。それが具体的であればあるほど正確に移動ができると言っていたが…………」

「………………」


 ほむらの顔が徐々に青ざめていく。

 乱蔵は訝しげに眉を寄せた。


「……おい、お前まさか……」

「…………。お、俺のせいかもしれない……」



 俺のせい? どういうことだと首を傾げていると、ほむらは「怒らない?」と僕の顔を窺った。



「怒らないからそう思う理由を話してくれないか?」

「…………義勝の顔が、出てきたんだ」



 話す傍から、ほむらの顔が今度は赤くなっていく。



「織姫様と一緒の部屋にいた時。何か、なんでかわからないけど……えっと……結婚、とか」



 け…………?



「いろいろ考えてたら、あの、わかんねえんだけど、何かその、いろいろえっと……考えてて出てきて……あ、そう、紫の人のこととか、うん、えっと、その、考えてて、そしたらその、義勝の顔が……ぽんって…………」




 結婚?

 え、あいつと結婚するつもりなの?


 泣きそう。




「そんでえっと、義勝の部屋ではさ……その、美味しいもの食べてやるって、えっと、和菓子のこと考えてさ……」

「まさか……」

「や、やっぱそうなのかな!? 美味しいお菓子が食べられる場所って考えて、そしたら乱蔵さんの上に移動しちまって、しかも乱蔵さんが和菓子を持ってたなんてさ……こんな奇跡ある? やっぱり俺の考えた場所に移動しちゃったってことかな? 俺の願った場所に。俺、俺まさかそんなことになるなんて……」




 ほむらはおろおろしているが…………ごめん。

 結婚のインパクトが強すぎて話が入って来ない。




 乱蔵が大きくため息を吐いた。



「お前は何も悪くねえだろ。悪いのはこんな物騒なもん持ってた王子サマだ」

「でも……」

「乱蔵の言う通りだ。君は気にしなくていい」




 落ち着け落ち着け。……落ち着け、僕。

 結婚のことは一旦忘れろ。

 きっと義勝と結婚とかじゃなくてもっと別の意味の結婚………………別の意味の結婚って何だ? とにかく何らかのメタファーに違いない。何かもっと高尚な…………ええと、例が思い浮かばないが多分きっといや絶対にそういうことだ! そういうことにしておこう!!



 今問題なのはこのペンダントだ。

 なぜ僕が使おうとしても使えず、ほむらがふんわりぼんやり考えた程度で力を発揮したのか、それはわからない。

 僕とこのペンダントの相性が最悪で、ほむらとの相性は最高だったのかもしれない。

 その可能性は否めない。


 そもそも無効化の力を持っているはずの彼女がどうして力を引き出せたのか、それも謎だが。……まあ、無効化だからと言って、絶対に他の聖騎士の力を打ち消し続けるという訳じゃない。よほどヴェントゥス公爵との相性が良いのかもしれない、悔しいことに。



「で、どうするんだ。ほむらの考えが正しいかどうか、試してみるか?」

「そうだな。アカツキに戻れたらその方がいい。僕とほむらが突然消えてあっちは大騒ぎになっているだろうし……。ほむら、ステラたちがいる場所を念じてみてくれないか?」

「う、うん!! やってみる!! えっと、ええっと……織姫様のいる場所に! お願いします!!!」



 ほむらがパン、と両手を合わせた、次の瞬間。





 ペキョ。





「え」

「嘘」

「……」




 切ない音を立ててペンダントが壊れた。

 粉々に。


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