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 ――――――――――

 ――――――――――――――――




 今日も、嫌な夢を見た。

 具体的にどんなだったか、全然覚えてはいないけれど。

 ただ胸が苦しくて辛くて、訳もわからず涙が出てくる、そんな夢。




『お前自身の時間は短い』



 お婆さんの言葉が蘇る。



『お前という人格は“死”を迎える。それは避けようのない運命だ。ならば……ならば最期くらい…………もっと、自由に生きてもいいだろう? 君の本当の望みを口にしたって。好きだと、傍にいてほしいと、伝えたっていいじゃないか。身分なんて関係ない。将来なんて気にしなくていい。ただ、逃げずに向き合ってごらん、自分の想いと』





 ………………俺、死んじゃうの?



 あんなこと言われてさ。

 訳のわからないただの夢だって片付けられたらいいけど、そうも思えなかった。

 それにしては生々しくて、嫌にはっきり覚えている。

 お婆さんの言っていたことは、本当になるんじゃないかって、そんな気がする。


 それに今日も嫌な夢を見た。

 あんまり覚えてないけどとにかく嫌な夢。


 自分でも何か予感めいたものを感じている。

 自分が、そのうち自分じゃなくなってしまうような、そんな…………




 俺は頭をブンブン振って、それからがばっと起き上がった。

 窓の外は明るい。



 ……落ち込んでても仕方ない、よな。

 昨日はどうしても元気が出なくて、織姫様たちにも心配かけちまったみたいだし……。

 頑張って元気出したつもりだったけど、誤魔化せなかった。織姫様ってもしかして心が読めるのか?

 今日こそは元気にやっていこう。



 大丈夫、俺はまだ俺だ。



 俺が、俺であるうちに…………



 おじさんに、うまい料理を作って。

 おじさんが元気になるように励まして。

 おじさんが元気になったら、元の世界に戻るための方法を探して。

 そんで超凄腕医者の蓮さんを連れて行って、心桜の体を健康にしてもらうんだ。



「ここに来て、どれくらいだっけ。一週間……くらい? いや、そんなには経ってないかな。でも……でも、こんなに長い間心桜の傍を離れたのって初めてだよな」



 今頃……どうしてっかなぁ、心桜。

 思い出すと泣きそうになる。胸の奥が痺れるみたいに痛くて、苦しい。


 パン、と頬を叩いて気合いを入れた。



「うしッ、今日こそヴェンヴェン公爵に頼み込んでおじさんの所に連れてってもらうぞ! 頑張れ! 俺! えいえいおー!!」

「おはようございますほむら様!」

「うぉっ!?」






 数時間後…………





「わあ! やっぱりほむら様すっごい良い!! 良いです良いです!! ねっ、ステラ様!! 頑張った甲斐がありましたね!」

「ええ、とてもお似合いですよ、ほむら様」

「いや、着物は良いと思うけどさ……うん」



 なぜか俺は織姫様たちの手で着物を着せられ、鏡の前に立たされていた。

 俺としてはどうしても早くおじさんに会いたいんだけど……?


 織姫様ってどうしていっつもぴったりなタイミングで部屋に入ってくるんだ?

 俺の行動、もしかして織姫様に全部筒抜け? すげえ怖いんだけど。



「やっぱりイグニス令嬢には赤が似合いますね」

「とってもお似合いですよ、ほむら様! これなら告白、成功間違いなしです!」



 乙姫様とかぐや姫様も楽しそう。

 だからどうして俺があいつに告白する流れなんだ?

 姉さんとさくらさんの姿はない。



 俺はため息をついて鏡の中の自分を見た。



 俺が着せられた着物は、杏たちが頑張って反物から拵えたものらしい。

 もちろん男物じゃなくて女物だ。

 いつも男物ばっかり着て適当に過ごしてる俺からしたらこれだけでもとんでもねえことだけど、それだけじゃない。

 女物な上……すげえ派手。


 目がシパシパしそうなくらい派手。

 こんな派手なの、前の世界じゃ絶対着られない。

 あまり派手な着物は偉い人に怒られるって聞いたことがあるようなないような。



 血のような赤地に、鮮やかな金色の花の刺繍。


「……これ、何て花だろう」


 ぽつりと呟くと、織姫様が教えてくれた。


「薔薇という花ですよ、ほむら様」

「薔薇……」

「ほむら様には、やっぱりこの花が一番お似合いになると思ったんです。綺麗な花でしょう? 気高くて美しくて……力強い生命力に溢れている。茎に棘があるんです。つまり、不躾に触れてくる連中には容赦しない、ということ。私はこの花のそういうところが大好きです」



 薔薇、かぁ……。

 よく知らないけど、綺麗だし、強そうだし、結構気に入った。



「お気に召されました? このドレス」

「うん、まあ気に入ったは気に入ったんだけど……でもいつまでも着とくのはしんどい。女物って動きづらいな。それにほら、すげえ高そうだから汚すと怖いし。もう着替えて――――」

「何仰ってるんですか。まだ義勝様にお見せしてませんよ?」

「え? いや、それは――――」

「ささ、次はお化粧です。髪も綺麗に結い上げないと。こちらにお座りください」

「えー……まだやるの?」


 思わずうんざりすると、織姫様は怖い笑顔をこっちに向けた。


「ほむら様? お召し物だけでは完成したとは言えませんよ? これから顔と髪を作って初めて完成するのです。そうして初めてこの部屋を出ることができるんですよ?」

「服と顔と髪……。女の子って大変なんだな……」

「さあ、こちらへ」

「わ、わかった。わかったからその怖い顔やめてくれ」

「? 失礼な。ただ笑顔になってるだけじゃないですか」



 ただの笑顔には見えねえんだよな……。



 結局俺は椅子に座って織姫様達に顔をいじくり回されることになった。


 粉みたいなのぱたぱたしたり、ふわふわしたり、塗ったり、描いたり、パタパタしたり……。

 女の子って普段こういうの全部やってるのか。

 心桜が大きくなったら、こういうこと毎朝やることになるのかな? 健康になったら毎日のように出かけられるだろうし……だったら俺も覚えといた方がいいかな。


 俺はじっと化粧の様子を観察した。



 その結果、思ったことがある。

 化粧ってお絵かきみたい。顔に画を描いてるみたいだ。それもちっとのミスも許されない画。

 だって間違えたらその間違った顔で出歩かなきゃならないんだぜ? これってめちゃくちゃ大変なことだよな。うわあ、そう思ったらくしゃみは絶対しないようにしないと。


 俺は自分が心桜に化粧をしてやるところを想像しようとしたけど、あまりうまくできなかった。

 織姫様は本当に手先が器用だ。

 俺、画描くのそんなにうまくないんだけど……できるかな?

 あ、そうだ、刀士郎はこういうのうまそうだ。よし、あいつに覚えてもらうか。

 そんで毎朝心桜の化粧のために道場に来てもらおうそうしよう。




「あ……」

「どうかされましたか?」

「いや……綺麗な紅だなあと思って」


 織姫様が俺の唇に、すっと紅を引いた。

 ツヤツヤして、綺麗な赤だった。




 …………ちょっと、嬉しい、かも。


 街に、紅屋ってのがあったんだ。

 多分、こういうものを売ってある店だと思うんだけど。

 可愛い女の子たちが、きゃあきゃあ言いながらそこで買い物をしているのを見かけることがあって、ちょっと、ほんのちょっと、気になってた。

 紅を引いたらどうなるんだろうって、試してみたい気持ちになったこともある。

 そんなの恥ずかしくて言えないから、誰にも言ったことはないけれど。



 ドキドキする。



 紅を引いたらこんな顔になるんだ。

 そう思ってじいっと鏡の中の自分を見ていたら……



 どこかで見たことがあるような、そんな気がした。



 いや、もちろん自分の顔なんだから見たことがあって当然なんだけど。

 どこかの誰かに似ているような気がしたんだ。

 こう、目つきを厳しい感じにして、口をくいっと上げると…………





 …………うわあ、すっげえ偉そうな顔。



「あ」



 これあれだ! 夢の中で見たお嬢さんにそっくりじゃん!!

 この傲慢そうな感じ……うんうん、あのお嬢さんの再現って感じ。

 じゃあの娘さんは俺とよく似た顔をしてたってことか? うーん、あの時は全然気づかなかったな。そもそも夢の中の話だし…………うん? 俺と瓜二つの顔って、一体どういうことなんだ? どういう…………もしかして俺の妹?

 ???



 首を捻っていると、織姫様が「さて、次は髪ですね。どんな髪にしますか?」と俺に冊子を渡した。

 受け取った瞬間、夢の中のお嬢様のことなんてポン、と頭から弾け飛んだ。



「何このずっしりした本!? すげえ重たいんだけど!?」

「何って、カタログです。ご安心ください、どれを選んでいただきましても私が完璧に再現してみせますから」

「ええー……いや、どれでもいいけど……。て言うかこのままでも……」



 何百あるかわからない髪型から一つを選ぶなんてまず無理だ。

 パラパラ捲ってると、頭の上にいくつも団子を重ねたような髪型だとか、人を突き刺せそうな鋭利な髪型なんかを見つけた。これがお洒落なのか? やりたいとは思わねえけど、どうやってやるんだろう、これ。ちょっと気になる。



 コンコン、と扉を叩く音がした。

 織姫様はさっと扉の方へ行って外の人と何か喋った後、静かに俺の所に戻ってきた。

 織姫様って動いても全然足音とかしないんだよな。猫みたい。



「ほむら様、サピエンティア侯爵がおいでですが……いかがされますか?」



 サピ……えっと、誰だっけ?


 首を傾げていると、織姫様は「追い返します?」と怖い笑顔になった。

 折角来たのに追い返すのも何か可哀想。



「えーっと……誰かわかんないけど、会うくらいするよ。ちょっと話すだけだろ?」



 そう返して、入ってきたのはおじさん二号。

 あーおじさん二号ってそんなに長い名前なんだー、絶対覚えられねえ、て感心してたら、おじさん二号は俺を見るなり固まった。




「………………………………………………」




 長~い沈黙だった。

 おじさんは全然喋らない。

 なんだよ、俺の格好に文句あるのか?て恥ずかしくなってたら……





「絵師はッ!!!絵師はどこだッ!!!? 絵師を呼べぇええええええええええええ!!!!」





 とんでもなくうっるさい声が響き渡って、俺は思わず耳を塞いだ。

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