449 【乱蔵】 認める
「もちろんほむら様は着飾らなくても十分可愛いのですが、本人にどうしても自信がないみたいなので。素敵なお着物というのを着てもらって、お化粧もして髪も結ってもらうんです! ふふ、すごく綺麗でしょうね。それこそ天女のような」
「待て。ちょっと待て。いろいろ待て」
「? どうかされましたか? ほむら様を可愛くしよう大作戦、そのままの意味ですが」
「いや、いろいろ、ちょっと、待て。義勝に、告白……? 何がどうなってそういうことに――――」
「ほむら様は義勝様をお慕いしているようです。ですから………………ああ!! やっぱり聞かなかったことにしてください!! こういうことって人に言っちゃダメですよね!? 私、何てことを!!」
サクラは顔を真っ青にして「やっちまった」とばかりに頭を抱えた。
俺はそれを見下ろしながら、どうやら本気らしいと冷や汗が流れる。
ほむらは、義勝――――あの饅頭野郎に告白を……?
つまり俺は、自分が贈った簪で、他の男に告白するあいつを応援しなきゃならねえのか?
それは何て地獄だ?
想像しただけで苛つく。
あいつが、これをつけて、あの饅頭に、微笑みかけているところなんざ…………
「…………」
「乱蔵さん? 顔が怖いですよ? どうしたんですか?」
いや、だが別に……俺が、どうこう言うことでもねえか。
そうだ。
俺には関係ねえ。
あいつに惚れた男がいて、ただそいつに告白するってシンプルな話だろ?
そもそもこの簪はババアに贈ったものだし、記憶がないとは言え、それをほむらが使っても別に構わねえはずだ。簪ってのは髪を結うためにある。
惚れた男のために髪を結いたいって言うなら好きなだけ結えばいい。
ああそうだ、口うるさい親父でもあるまいし、俺がとやかく言うことじゃ…………
言うこと、じゃ…………
…………
……………………
「乱蔵さん……?」
「いいややっぱダメだ!! 告白なんざするなら別の簪を使え」
「え?」
「髪飾りなら街にいくらでも売ってあるだろ。とにかくこれはダメだ」
「え? で、でも、その簪、すごくほむら様に似合いそうだと思ったんですけど……」
「だがこれは……。……とにかく無理だ。あの饅頭だって嫌だろうよ。他の男から貰ったもんで着飾ってる姿なんて」
――――――――そう言った直後、殺意が膨らんだ。すぐ隣で。
「他の男から……? まさかお前…………この簪を贈ったのか? ほむらに?」
背筋が震えた。
これほどの殺意ってなるとアグニに殺されかけた時のことを思い出す。
……あの時はほんとに終わったと思ったな。つーかあんな化け物にあんな目に遭わされたのに今も近くにいるってほんとふざけてやがる。まああいつはあいつでババアにボコボコにされたりマグマに落とされたり散々な目に遭ってるが。……そう言や、あいつ今どこにいやがるんだ? 孤児のガキ二人に懐かれて逃げ回ってるってのは聞いたが――――……
「おい、質問に答えろ。お前、簪を贈ったのか?」
「…………だったら何だよ」
俺はウンザリと刀士郎を睨み付けた。
面倒くせえ。
ほんとにこいつは面倒くせえ。
「別に深い意味なんざねえ。面白えかと思って買っただけだ」
「……婚姻を申し込んだようなものだろう」
「はあ?」
「そういうことなんじゃないのか。女性に簪を贈ったんだ。大体、義勝に告白するのにその簪をつけていくなと言うことは、お前が彼女を特別に想っている何よりの証拠じゃないのか」
…………うるせえ。
「そ、そうなのですか? 乱蔵さん」
「どうなんだ。正直に答えろ」
うるせえんだよ、さっきから。
贈ろうと思ったのはただ驚かせてやるためだ。
珍しい贈り物でもして笑わせてやろうと思っただけ。
求婚なんて意図しちゃいない。する訳ないだろ。最初に思いついたのは前世だぞ。あの時あいつはババアだった。誰がババア相手に求婚するか。
だが…………
否定しようとしたのに、口が動かねえ。
今考えたことを話せばいいだけだ。なのにどうしても言葉にできない。
どうなってんだこりゃあ。病気か? それとも呪いにでもかかっちまったか? だとしたら……何の呪いに?
「チッ……何なんだこれ」
「……どうした。答えられないのか?」
「うるせえ! そもそも何で俺が答えてやらなきゃならねえんだよ! てめえにゃ関係ねえだろ。あいつの同郷だか幼馴染みだか知らねえが、だからってお前に教えてやる理由にはならねえ」
「………………」
「ま、わかるぜ? ……お前、あいつに惚れてんだろ?」
「!!」
俺が核心を突くと、刀士郎の顔色がサッと変わった。
おーおー、木剣は向けるなよ? 先にふっかけてきのはそっちだぞ。口喧嘩は結構だが殴り合いは御免被る。
「だから気になるんだよな? ほむらを狙ってる男が他にいるんじゃないかって、気が気じゃねえんだろ? 牽制でもするつもりか? ま、当の本人は義勝に告白するみてえだが。それについてはどう思ってんだ?」
「お、俺は……ほむらに、懸想、なんて……――――――」
「バレバレだろ。今更何言ったって誰も信じねえよ」
「そうなのですか!? ですがそれは…………うーん……」となぜか困り顔のサクラ。
「つーか、簪程度で急に結婚なんて考えるっつーことはだ、お前自身前世で似たようなことしたんじゃねえの?」
「は? 何を――――」
「それこそ昔求婚したことがあったんじゃねえのか?って聞いてんだよ」
「ッ……そ、それは……」
図星かよ。
みるみる顔が赤くなっていくのは愉快だが、まさか当たってるとはな。
……プロポーズ、か。
何もおかしいことはねえ。
こいつは、ガキの頃からあいつのことを知ってるんだ。
俺の知らない時代を、ずっと一緒に生きていた。
「し、していない! しようとしたが……していない! 適当なことばかり言うな!」
「おーおー、失敗したか。そりゃ可哀想なこって」
「ッ……」
「じゃあな。精々義勝に奪われないよう頑張れよ」
「あ、乱蔵さん! えっと……和菓子は明日には持ってきて下さると助かります!」
サクラあいつ、全然諦めてねえな。
俺はさっさとあいつらから離れた。サクラに質問攻めされてたじたじの刀士郎を見れば少しは良い気分だ。まあこんなもん……ただの八つ当たりみてえなもんだが。
廊下を歩きながら、あいつの言葉が蘇る。
『――――――お前が彼女を特別に想っている何よりの証拠じゃないのか』
……………………。
…………クソ。
苛つく。
すぐに否定できなかった、自分自身に。
本当に何も思っていないのなら、さっさと否定できた。
なのにできなかった。どう足掻いたって否定の言葉が出なかった。
あれじゃ認めてるようなもんだろ。
俺は、あいつが好きだって。
「………………………………チッ」
自分でもよくわからねえ。
前世でババアに抱いていたのは、間違いなく家族に対して抱くような類いの、親愛の情だった。
だが転生してお嬢に出会ってからは?
ガキの頃はまだしも、成長してからはいよいよわからねえ。
あいつが……例えば義勝に笑いかけると苛つく。
ただニコニコしてるだけだってのに、酷く気分が悪くなる。
一方で、その笑顔がこっちに向けられるとそれだけで満たされる。
こいつのためなら何でもしてやろうって。その笑顔が、俺だけに向けられればいいのにって…………醜い独占欲で、心を掻き乱される。
…………我ながらどうかしてるな。
無茶ばかりしやがるから、傍にいて支えようと決めていたのに。
ただ傍にいるだけじゃ、満足できなくなっている。
こんな難しいことだとは思わなかった。
「告白、か…………」
ため息が漏れた。
そもそも俺が好きなのはお嬢なのか、ほむらなのか、一周回ってルークなのか…………いよいよわからん。もしかしたら全員か? ……ああクソ、ほんとに面倒くせえ。何で中身がコロコロ変わるんだよ。勘弁しろ。
ただ、この簪をつけて義勝に告白するあいつを想像すると、酷く気分が悪いのは確かだ。
いっそそうなる前に攫っちまおうかと、悪い考えまで頭を過る。
俺は取りあえず厨房に向かった。
腹の中の黒いもんをどうにかしたい。
今は菓子作りでもやってた方が心が落ち着くような気がする。
サクラが「やっぱりなんだかんだ作ってくれるんですね」って顔をしてるのが想像できて癪だが……まあいい。
手土産くらい持っていけば、あいつもちょっとは喜ぶだろ。
それから…………
この簪をどうするかは、その後考えればいい。
明日から3日間お休みします。




