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433 【ヒューゴ】 後悔する




 小さな女の子だった。

 金色の髪に、青い目。真っ白な肌の女の子が、寝間着姿で走り回っている。

 なぜか手のひらは煤だらけで黒く、何度も転んだのかそこら中に擦り傷が出来ていた。


「…………お母様」


 目に、いっぱいの涙を溜めていた。

 必死で誰かを捜している。


「お母様ぁ……お母様ッ……お父様が酷いの! また私を部屋に閉じ込めッ……ひっぐ……うう……」

「……君は」



 名前なんて聞かなくてもわかっていた。



 イザベラの娘だ。

 幼い頃の彼女に、生き写しだった。



「どこ!? お母様、一人ぼっちにしないで! お母様! お母様ぁ! ねえ、お母様を連れてかないで! ねえ! ねえってばぁ!」



 その子は……フレアは、小さな手で俺をぽこぽ叩きながら、必死で母親を求めていた。


 死の意味も理解のできない、まだ幼い女の子だった。

 俺は小さなその体を、そっと抱き締めた。


 俺がどこの誰かもわからないだろうに、フレアが拒絶することはなかった。

 誰でもいいから、誰かにしがみつきたかったのだろう。

 それほど孤独だったんだろう。


 俺は、ただその小さな背中を撫でてやることしかできなかった。

 やがてフレアは泣き疲れ、すうすう寝息を立ててしまった。








 その後、軽い騒動が起きた。

 イグニス邸の一室でぼや騒ぎがあって、フレアはその犯人とされた。


 こんな幼い子を犯人呼ばわりして、口々に責め立てる連中だ。

 ここにいる人間は、公爵も騎士も使用人含め、皆恐ろしく冷たい目でフレアを見る。

 それはそっくりそのまま、イザベラが生きていた時に彼女が受けていた視線なのだろう。


 発火能力がどうの、聖騎士がどうのと……よくわからないことを言い出したイグニス家の連中は、フレアを牢獄のような地下室へと連れて行った。

 俺は追い払われ、あの子がどんな目に遭っているのか、わからずじまいだった。



 疲れた顔のイグニス公爵が俺たちの元を訪れたのは、翌朝のことだ。



「残念ながらフレアは聖騎士だった。発火能力者だ。シノノメ帝国に連れていかせる訳にはいかない」

「あの子は不要だと、そう言っていたのは貴方だろう」

「俺とてこうなるとは思わなかった。聖騎士でさえなければ、今すぐ貴方たちに渡したものを」

「貴様ッ……!!」


 レイモンは怒りで顔を真っ赤にしながら立ち上がった。


「お前の娘でもあるだろう!! なのに何なんだその言い草は!! 貴様に父親としての自覚はあるのか!?」

「……うるさい」

「こんなクズにまともな育児ができるはずがない。フレアは我々が引き取る!!」

「だからそれはできないと言っている!!」




 ……結局、フレアを連れて帰ることはできなかった。


 聖騎士はアカツキ王国にとって特別な意味を持つ存在らしい。

 フレアを連れて帰ることは、そのまま戦争に発展しかねない話になっていた。


 イザベラの遺骨も、持って帰ることはできなかった。

 公爵は持って帰っていいと言ったが、イザベラの遺書には「墓はイグニス家に」と書かれてあったのだから。

 死者の願いを無下にすることなどできない。

 そんなこと、イグニス公爵だってわかっているだろう。

 わかっていてあの男は……不要だ、持って帰ればいいと、言ったのか。





 手紙以外の遺品は躊躇いなく燃やしたくせに。







 ――――結局、俺もレイモンも何もできなかった。


 レイモンは俺の父親、つまり皇帝に訴えるということまで考えたようだが、戦争好きなあの人がこのことを知れば迷わず開戦するかもしれない。

 下手なことはできなかった。



 ……イザベラの唯一の遺品も、なかなか開けることはできなかった。

 手紙。一体誰との手紙が入っているのか。

 イザベラが手紙を大切に保管しておくタイプだとは思わない。読んだら満足してさっさと捨てるタイプだろう。そんな彼女がわざわざ保管していたなんて、余程大切な手紙なのだろうか?



 遺品の存在は、レイモンにも言えなかった。

 あいつならばアカツキ王国にいる間にさっさと開けていたかもしれないが……


 嫌な予感がする。

 この箱の中には、何か見てはならないものが入っているのではないか。

 開ければ最後、俺の人生の全てが変わってしまうのではないか。




 ……そんな気がした。





 人々が寝静まったある夜のこと、俺は灯りを一つつけて、とうとう箱を開けた。

 白い封筒が、二つ。俺は一番上のものを手に取った。

 恐る恐る差出人の名前を見て、思わず落としそうになった。






「これ、は……」






 差出人の名は、ヒューゴ・ファートゥム。

 それは俺が書いたものだった。



 間違いない。筆跡も俺のものだ。

 彼女がわざわざ取っておくなんて、一体何を書き送ったものなのか。

 俺は震える手で手紙を開けた。



 ……そして、絶句した。



 彼女を諭した手紙だ。

 アカツキを侵略してほしいという彼女の手紙に対し、滅多なことを言ってはならない、と。




 理解した途端、頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲った。



 どうしてこんな手紙を送ってしまったのか。

 あの時はそれが最善だと思っていた。皇太子として当然のことだと。

 けれど…………



 イザベラにとっては、「最善」とはほど遠いものだったのだろう。



 そんな言葉が欲しかった訳じゃないはずだ。

 彼女はイグニス公爵に愛されていなかった。嘘を吐いていた。

 あの手紙そのものが、「助けて」という彼女の心の叫びだったんじゃないのか。

 不器用なイザベラの、精一杯のサインだったんじゃないのか。

 間抜けな俺はそのことに気づかず、彼女を追い詰めてしまったんじゃないのか。



 イザベラ

 俺は……何と言えばよかった?



 運命の人のことなど忘れろと。

 帰って来いと、迎えに行くと、それくらい伝えられていたら、何か未来は変わったのだろうか?



 俺は自分の手紙をじっと見つめた。



「……どうして、捨てなかったんだ? こんな酷い手紙を」



 涙が一つ零れて、手紙を濡らした。





 …………わからない。



 憎しみすら抱いたであろうこの手紙を、どうして取っておいたのか。

 俺のことを、君はどう考えていたのか。

 君の本当の心を知るには、あまりにも情報が足りない。



 俺はもう一つの封筒を取った。



 そして、固まった。

 見間違いかと、何度も何度も確認した。



 けれど…………ああそうだ、これは確かに彼女の筆跡だ。

 懐かしさに、涙が出そうになる。




 差出人の名前は、イザベラ・サピエンティア。

 そして宛名は――――――――ヒューゴ・ファートゥム。




 生前に出されることのなかった、彼女から俺に宛てた手紙だった。




 恐怖が、込み上げた。




 本当は公爵の手によって焼かれるはずだった手紙だ。

 イザベラはこの手紙が俺に読まれることを想定していなかったはず。

 ならばこれは……彼女の本心が綴られた手紙じゃないのか?



 俺は唾を飲み込んだ。冷や汗がだらだら流れる。

 恐ろしい。読んではならない。

 これを読めば最後……戻って、こられなくなる。

 本能が警鐘を鳴らしている。




「……………………だめだ」




 そもそも、イザベラはこの手紙を読まれることを望んでいただろうか?

 いや、そんなはずがない。

 出さずじまいになっていたものだ。

 亡くなった後に渡してほしいと、そう言われていた訳でもないだろう。

 ならばこれは、イザベラの遺言通り、中身を読まず今すぐ燃やしてしまった方がいいんじゃないのか?

 それが死者への礼儀じゃないのか?



 迷いが過った。



 だが…………気づいた時には、俺の手はペーパーナイフを取っていた。



 知りたい。

 彼女が何を想っていたのか。

 どんな言葉を俺に宛てて書いたのか。

 ここには、俺もレイモンも知らない真実がある。






 俺は、封を切った。






 そこに書かれていたのは――――――…………


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