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419 伝えようとする




「けっこう自信あったんだけどな……」

「なんで和菓子なんだよ」

「だって乱蔵さんの和菓子めちゃくちゃ美味しかったから」

「和菓子から離れろ」

「なあなあ、正解は?」


 俺が尋ねると、乱蔵さんは疲れたように視線を逸らした。


「お前が考えてるよりよっぽど夢がなくてろくでもねえ連中だ」

「? どういうこと?」

「知らないなら知らないでいい」


 乱蔵さんはそれ以上喋りたくないみたいだ。

 でも俺としてはもうちょっと乱蔵さんのこと知りたいんだけど……。

 困ったな。また今度刀士郎辺りに聞いてみようかな。いや、心桜も知ってるかな。




 そう思った時だ、不意に扉が開いて真っ赤な髪が覗いた。


「アラン、子供たちがおやつ欲しがってんだけど――――て、フレア様!?」

「あ、赤い髪の人!」


 赤い髪の人は俺を見て目をまん丸にしていた。

 背後から灰色の髪の……るんるんさん?が現れる。

 眼鏡をくいっと押し上げて、彼は小さくため息を吐いた。


「やれやれ……レインが言っていた通りだな。逃げ癖のあるほむら様も、乱蔵が菓子を作っているこの屋敷であればその匂いにつられて逃げられないはずだ、と……」

「え? どういうこと?」

「こちらの話です。フレ……ほむら様、レインの部屋にいるはずですが、どうしてここに? お腹が減ったのですか?」


 るんるんさんはそう言いながら、「どうぞ」と俺に白い布を差し出した。

 どういうことかと思ったら、るんるんさんは自分の口元をとんとんと指さす。……あ、もしかして饅頭を食った時に汚れたのかな? 俺は差し出された布で慌てて口元を拭った。思った通り、白い粉がいっぱいついてた。


「ありがと! これは洗って返すな!」

「いえ、それはいいですが……それで、どうしてここに?」

「あー、それはその、頭を冷やすために……?」

「頭?」

「まあその、いろいろあって……あはは……」


 紫の人のことを思い出して、俺は気まずくてなってヘラヘラ笑った。


 るんるんさんはそんな俺の心の内を見透かすようにじーっと見つめてくる。怖い。

 この人、紫の人にどことな~く似てる気がする。顔とかじゃなくて、この怖い感じ。何でも見透かしちゃいそうなところ。この人には嘘とか全然通用しなさそう。



「そ、そういうるんるんさんはどうしたんだ? あっ、るんるんさんも乱蔵さんの饅頭を食べに来たのかっ?」

「るッ……な、何ですかそのおかしな呼び方は!? 俺のことですか!?」

「あれ? るんるんさんじゃなかったっけ?」

「俺はルベルです!! そんなふわふわした名前じゃありません!」

「うーん、聞き馴染みがないからなあ……」

「あ、ちなみに俺はカノンって言います! 何でも好きなように呼んで下さい!」


 赤い髪の人がニコニコしながら優しいことを言ってくれた。

 この人は裏表がなさそうだし優しいし明るいし友達になれそうだ!


「うん、かのんさんか。わかった! 多分かのんさんは覚えられそうな気がする」

「なぜカノンは覚えられて俺の名は覚えられないのですか……!?」


 悲鳴のようなるんるんさんの問いに、俺は首を捻った。


「なんでだろ? 漢字に当てはめられそうだからかな……? ごめん、これっぽっちも悪気はないんだけど……」

「漢字……?」


 漢字の概念ってどう説明したらいいんだろ?

 うーん、ここの人からしたら呪文みたいなもんだよな。

 あれ? でもあぐにさんの名前は覚えられたな。なんでだろ? ……わからん。



「まあその、かのんさんもるんるんさんも良い名前だと思うぞ? 俺の記憶力に問題があるだけで……」

「覚えられないのに良い名前と言われても……」

「あの、俺のことは呼び捨てでいいですよ?」とかのんさん。


 俺は思わず「じゃあ俺のことも呼び捨てにしてもらっていい?」と返した。


「様ってつけられてもこそばゆいしさ。敬語も要らねえぞ?」

「いやでもそれは……」

「何だよ~、いいじゃん。敬語よりくだけて喋る方が俺は好きだ。な、もう友達みてえなもんだし!」

「友達……」


 かのんはちょっと考えた後、「わかった!じゃあほむらって呼ぶことにする」と元気よく承諾してくれた。


「おいカノン、それはいくら何でも……」

「まあまあ、いいだろ? この方はフレア様じゃねえんだし、何よりご本人がそれを望まれてるんだからさ」


 るんるんさんは渋々といった感じで「……それもそうか」と呟き、俺の方へちらっと視線を向けた。


「……俺は貴方を呼び捨てにはできないので、今のままで呼ばせていただきます」

「う、うん」

「ちなみに俺は本当にるんるんのままですか?」

「うーん……じゃあ“眼鏡”ってのはどうだ? すげえカッコイイ眼鏡してるし――――」

「るんるんでお願いします!」


 こんなカッコイイ眼鏡をしてるならきっと眼鏡大好きなんだろうなと思ってのことだったけど、どうやら気に入らなかったらしい。食い気味での即答だった。


「実は眼鏡嫌いなのか……?」

「そういう訳じゃありませんがそれで呼ばれるのはまた別問題です。るんるんさんでもるんるんでもるーるーでもお好きにお呼び下さい。ところで……」


 るんるんはゴホンと咳払いした。


「ほむら様、いくつかお聞きしたいことがあります」


 急に改まった雰囲気になって、俺はまごついた。

 やっぱり怖い。


「あなたは、別の世界から来た、と仰っていましたね。年齢は大体十五歳。間違いありませんか?」

「あ、ああ! 俺、元の世界に戻りたいんだ! で、蓮さんも一緒に来てもらいたいと思ってる。心桜って大切な女の子がいるんだけど、その子、すっごく体が弱くてさ。だから蓮さんに診てもらいたいんだ。もちろん蓮さんはまたこっちの世界に戻れるよう、その方法もちゃんと考えてから……。でも今のところ、全然糸口が見つからなくてさ」

「…………。そうですか」


 るんるんはしばらく黙りこくった。

 かのんや乱蔵さんも、視線だけ交わしてじっとしている。


 俺の話が馬鹿らしいって思ってるのかな? まあ普通はこんな話信じられないよな……。

 俺だってもしよく知らない人からこんなこと聞かされても、「何言ってんだ」ってなると思う。

 でも、るんるんはそれ以上その事について追及しなかった。その代わり……


「それと……今まで、ずっと“おじさん”と一緒だったかと思うのですが」

「えッ」


 おじさんの話が来るとは思わなかった。


 何を言われてもおじさんのことは絶対言っちゃだめだぞ、と自分に言い聞かせる。

 いくら友達になったからって、教えていいこととだめなことがある。だって俺とかのんは友達でも、おじさんは違うんだから。


 ドキドキしていると、るんるんはもっとドキッとすることを口にした。


「そのおじさんを、貴方はどうして心から信頼できるのですか?」

「え?」

「ずっと一緒にいらっしゃったのでしょう? たった二日そこらの話ではありますが、あなたはおじさんと行動を共にしたはずだ。それはなぜ? 騙されているかもしれない、とは思わなかったのですか?」

「だ、騙す? おじさんが? 俺を?」


 あの人が、そんなことする訳ないじゃないか。

 るんるんは平然と怖いことを言う。一気に不信感が芽生えた。

 やっぱりこの人、苦手だ。


「目を覚ました時、貴方はどこにいましたか? おじさんは何と言って貴方に説明しましたか?」

「あ、あれは俺がこの世界に飛ばされて、それでおじさんの家に突っ込んだか何かしちまったんだよ! おじさんは何も悪くない。普通なら怒ってしかるべきだ。なのに俺にパンくれたり優しくしてくれたり――――」

「それはあいつが――――――ッ!!」



 突然声を荒げたのは、驚いたことにかのんだった。

 苦しそうに顔を歪めて、それからハッとしたように視線を逸らす。

 そんなかのんの肩に、るんるんが手を置いた。



「カノン、気持ちはわかるが抑えてくれ。レインから聞いただろう。記憶というのは繊細だ。それに……今の俺たちでは敵わない程信頼関係を築いてしまっている。頭ごなしに否定しても無駄だ」

「……わかってる。すまねえ」



 何だ? 何の話をしているんだ?

 俺は泣きそうになった。

 何か誤解してるんだ。きっと、かのんやるんるんは何か誤解している。


 もしかして皆おじさんのこと悪者だって思ってるんだろうか?

 そんなことない。あの人は、無口で不器用だけど、悪い人じゃないんだよ。

 本当はすごく優しい人なんだ。俺がちゃんと伝えなきゃ――――そう思った。



「おじさんは良い人だよ! 皆が思ってるよりずっと良い人だ! その、ええと、ちょっと誤解されやすそうな感じはあるけど、なんだかんだ優しくて、えっと……」

「そう言えば、おじさんの名前は?」

「へ? あ……」


 …………何だっけ?

 ちゃんと覚えたはずなんだけど、おじさんおじさんて言ってたせいですぐに出てこない。

 確か、えっとえっと……


「ひゅ、ひゅー……ひゅー……」

「では仕事は? 家族は?」

「し、仕事はよくわかんないけど、息子がいるはずだ! 家から追い出されたって言ってた!」

「そうですか。その理由は?」

「そ、それは…………」


 俺はぐるぐる目を回して泣きそうになった。

 試験を受けているみたいだ。まるで俺がおじさんのことほんとは全然知ってないんだぞって思い知らされてるみたいだ。……でも、確かに俺は知らないことばっかりだった。



「お、俺……でも、俺は…………」

「大丈夫です、ほむら様」



 優しい声だった。

 俺は縋るようにるんるんを見上げた。るんるんは穏やかな、慈愛に満ちた表情をしていた。



「決して貴方を責めている訳ではありません。心配しているのです」

「心配……?」

「おじさんは恐ろしい人たちに襲われたでしょう?」

「なんで、そのこと……」

「街はその話でもちきりでしたから。だから心配してるのです、もしかしてそのおじさんというのは何か裏があるのではないか、と。……ですが、貴方の話を聞いてほっとしました。良い人なんですね、おじさんは」

「! そう! そうなんだよ! 良い人なんだ!」

「そう言えば襲われた時、おじさんは怪我をされたのでは?」

「うん、すっごい痛そうだった。自分で弾を取り出しててさ……あれは思い出しただけでゾッとするな……」

「そうですか、自分で……。そんな大変なことをしたなら、今頃熱を出して苦しんでいるかもしれませんね」

「えッ!?」

「ご安心を。俺に、良い案があります」



 るんるんの眼鏡が、キラッと光った。

 笑顔なのにもの凄く悪い顔をしているように見えたのは、多分気のせいだと信じたい。


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