416 ひれ伏す
「レインッ!!! 勝手にフレアを連れ出して何をしているこのバカ!!」
「ひえッ!?」
その怒鳴り声に思わず悲鳴をあげたのは俺だった。
濃紫色の髪と目の、怖~い顔したお兄さんだ。その背後から橙色の派手な髪の人も雪崩れ込んでくる。こっちの人は紫の髪のお兄さんと違って、そこまで怖いって感じはしなかった。
色は先生を彷彿とさせるのに、ピリピリしてて何だか怖い。
灰色の髪の……るるるー?さんの時もだけど、一目見た瞬間に感じた。この人俺が苦手な部類の人だなあって。
「ヒヒッ、だめだよぉ~王子サマ~。ほむら様が怖がってるじゃない」
「ほむ……ああ、そうか、フレアの記憶が……クソ、訳がわからないな。ルークになったりほむらになったり肝心のフレアとはもう随分会えていないし――――!」
「おやおや、王子サマはほむら様がお嫌い?」
「別にそうは言っていない! ただ混乱しているだけだ。どうしてこう訳のわからないことばかり次々起こってしまうのかと……!」
「あの人が思い通りに動いてくれることあった~?」
「ない」
「でしょ~? ならもう受け入れなきゃね。取りあえず無事に捕獲できたんだから良かったってことにしたら? あ、ほら、ほむら様ってば王子サマ怖がって隅の方に移動しちゃったよ」
「!?」
やめてよ蓮さん! 俺のことはいないものとして話を進めてくれよ!
折角気配を消して小さくなって嵐が過ぎ去るのを待とうと思ったのに!
紫の人は、ぐりんっと勢いよく俺の方に顔を向けた。
それからずんずんこっちに向かってくる。怖い怖い怖い。顔も勢いも怖い!
「どうしたその血……!! まさか皇帝に……!?」
「へ!?」
鏡を見たらまだ軽く血が残ってる。さっきごしごし拭いたんだけど雑過ぎたみたいだ。
俺の代わりに答えてくれたのは蓮さんだった。
「大丈夫大丈夫~。それはほむら様が変態だって証だから」
「はあ? ふざけてる場合か!」
「ほんとほんと~。私がふざけたことがあった?」
「いつもふざけてるだろう!!」
「そんなことないよ~? ヒヒッ、王子サマは弄り甲斐があっていいねえ。ほむら様と違って安心安全に弄れて楽しいねえ」
「真面目にしろ!!!」
す、凄いなあ蓮さん。
あんな怖い人相手にすごく堂々としてる。俺にはとても無理だぞ。
だってこの紫の人すげえ怖いんだもん。雰囲気? 顔? いや顔が強面って訳じゃない。美形だと思う。でも何て言うか蓮さんとは違って、威圧感があるって言うか迫力があるって言うか怖いって言うか……
別の世界の人間だなって感じがする。
人の上に立つのが当たり前。俺みたいな卑しい人間は、近づくことも許されないような……
「殿下、落ち着いてください。ほむら様がますます怯えていらっしゃいます」と橙色の人。
「あ~あ、嫌われちゃったね、王子サマ」
「黙っていろレイン!」
…………ん?
今……王子様って言った?
言ったよな? 絶対言ったよな? て言うか思い返してみれば、蓮さんこの人のことずっと王子王子って言ってるような…………
あれ? 王子様って、確か悪い奴じゃなかったっけ?
この国でおじさんとすっごい揉めてる奴じゃなかったっけ……!?
血の気が引いた。
それってつまり、俺は今この国のとんでもねえ権力者と対峙してるってことだ。
しかもこの権力者様、さっきからすげえイライラしてるときた。
顔についた血のことで俺にすごい剣幕で迫ってきたのも、多分『そんな小汚い顔で私の視界に入るなこのゴミめ』ってそういうことなんだと思う。ヒイイイイイィィ……ヤバいヤバいヤバい! 何でそんなとんでもねえのがこんなところにいるんだよ!?
あ、もしかしてあれかな、昔蓮さんに助けてもらったことがある、とか? だって蓮さんは超優秀な医者だ。病気か怪我かわからねえけど昔助けてもらったことがあるから、この人は蓮さんに強く出られないんだ。なるほどなるほど、名推理だぞ! 俺! まあわかったところで何も解決はしないけど!
その時、バチッと視線が合った。
紫の王子様と。
俺では到底理解の及ばないとんでもない権力者を前にして、底辺の俺が取るべき行動は?
頭で考えるより先に体が動いていた。
俺はその場に見事な土下座を決めた。
「すみませんすみませんすみません打ち首だけは勘弁してください~~~ッ!!」
惨めったらしく叫びながら。
「は?」
「え」
「なんッ……!?」
王子様も蓮さんも橙色の人もビックリしてるっぽい。なんとも言えない静かな空気が流れる。
…………あれ? 俺、何か間違えた?
土下座の角度が微妙だったかな? 土下座に関してはけっこう自信があるんだけど……。俺より土下座の綺麗な奴なんて今のところ会ったことがない。プロとして、今の土下座は過去最高に綺麗だったんじゃなかろうか。
あ、じゃあもしかして感心してるのかな? 素晴らしい土下座に感銘を受けたとか? 最早俺の土下座は芸術の域に達してるんだろう。だから感心して驚いてなかなか言葉も出ないんだ。よかったぁ、何とかなった~~。
「何を……している……?」
違った。
声が殺気立ってる。怒らせた。逆撫でした。
これはまずいと俺はますます小さくなった。めり込むんじゃないかってくらい額を床に擦りつける。
「ごめんなさいすみません申し訳ありません! 俺なんかが視界に入って気分を害して誠にごめんなさい!! どど、どうかお許しください!!」
「…………やめろ」
「ヒッ!」
これは土下座するより逃げた方がよかったか? だけど近くに窓がないし、それに……何て言うかこの紫の人からは『逃げたらタダじゃおかない』みたいな並々ならぬものを感じるんだ。蛇に睨まれた蛙の気分だ。下手なことをして刺激したら、待っているのは死、あるのみ、みたいな…………。
な、泣きそう……。
俺はどうしたらいいんだ? もしかしてこのまま打ち首? 市中引き回し? わかんないけど本当にそんな目に遭いそうな気がする。
「勘弁してくださいどうか鞭打ち……せめて鞭打ちまでで……入れ墨も好きなだけ入れてもらっていいですから打ち首だけは……!!」
こんなところで死ぬ訳にはいかない。
涙声になって懇願すると、どさっと何かが落ちるような音がした。
「へ……?」
顔を上げて、ビックリした。
紫の人が膝をついた音だった。
「……?」
紫の人は膝をつき床に手もついて、項垂れていた。腕立て伏せでも始めるのかな……? 急にどうしたんだ……? やんごとない人の考えることはわからない。
「あいつか……? あの男のせいで、君は……?」
「? あの男……? あっ、お、おじさんのことは知りません!! 俺は何も知りませんし言えません!! 俺を甚振っても追い詰めても何も出てきませんからー!!」
そう言いながらちょっと涙が出た。
鞭打ち怖い。鞭打ちやだ。でもおじさんのことは喋らないぞ。怖いけど絶対絶対喋らないからな。
紫の人は勢いよく俺を見た。
「いいかほむら!!」
「は、はいっ!?」
何言われるんだろうと怯えたけど、紫の人までなぜか泣きそうな顔をしていることに気づいて俺は固まった。
「僕は絶対に君のことを傷つけたりしない! 鞭打ちなどもってのほかだ!! 君がこんな風に土下座することなんて、この場にいる誰一人として望んでいない!! あの男に何を吹き込まれたかわからないが僕らは君の味方だ。この先、何があっても、絶対に!!! 未来永劫僕らは君の味方だ!!!!!」
俺はぽけんとしてしまった。
その必死な様子は、嘘を吐いているようには見えない。
本当に俺の味方みたいだ。でも、なんで? どうして? 王子様にとって、俺は敵なんじゃないの? 目障りな奴なんじゃないの? なのに何で……――――――
「さ、王子サマもそう言ってることだし、ほむら様はもうそんなことしなくていいよ」
「うわッ!?」
「あ~あ、額打ち付けてるじゃん。赤くなってるよ。これ王子サマのせいだね」
蓮さんは俺を立たせると大きくため息を吐いた。
王子様の所為とかそんなこと言って大丈夫かって思った俺は、恐る恐る王子様の方を見て驚いた。
「僕のッ……所為……で……」
王子様は蓮さんの言葉にショックを受け、顔が真っ青になっていた。
よろよろとよろめき、やがて部屋の隅っこに尻餅をつき、膝を抱えて小さくなった。
「殿下!! お気を確かに!!」
「僕が怖がらせた……それで……土下座なんて……あんなこと……あんな……怖がらせて……」
「キヒヒッ、王子サマって打たれ弱いねえ。面白~!」
「レイン殿! 不敬ですよ!」
「そもそも王子サマのせいでこんなことになってるのに勝手に落ち込まれても迷惑なんだけど~。そんなことしてる暇があったらほむら様に謝りなよ。怖がらせてごめんなさいって。もちろん土下座でね」
「お、仰る通り……!!」と王子サマ。
「いやあの殿下それはちょっと……!」橙色の人がめっちゃ焦ってる。
な、何が起きてるんだ?
どうして紫の人は本当に土下座しようとしてるんだ?
俺は夢でも見てるのか? 突然王子様が現れて俺に怒ったと思ったら怖がらせてごめんって土下座しようとするなんて……
「何で……何で俺みたいなのにそんな……。俺たち、知り合いですらないのに……」
「違う!!!」
紫の人はキッと俺を見上げた。
涙目で。
「君は僕の婚約者だッ!!!!」
…………?
ここここ……こん……こん……こッ……
婚約者?
それってつまり…………許嫁?
…………
……………………
…………………………
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えええええええええええええええええええええッ!?




