415 浮かぶ
美人が怖い顔をすると迫力が違う。
俺はしどろもどろになりながら視線を逸らした。
「いやそのあのえ~っと……」
「誤魔化そうったって無駄だよ~? こちとら仕事関係で血の臭いには敏感なんでねえ」
「え、すげえ! さすがお医者さんだ! カッコイイ!」
やっぱ本当にすげえ人はすげえんだなあと思って見つめると、蓮根さんは笑顔のままイラっとしたらしいことが伝わった。
「別に凄いことじゃないでしょ。何キラキラした目で見てるの。それやめてくれる? 鬱陶しいから」
「へへっ、皆あんたのこと良い医者だって言ってたぜ? 変態だけど腕は良いって!」
「……余計な一言。ほんと無神経だねえ貴方は」
「あ、ごめん! 俺無神経で――――おおっとッ!?」
蓮根さんは唐突に大きな屋敷の中へ入った。窓からだ。
不法侵入じゃないかと焦ったけど、屋敷の人たちは蓮根さんを見ても何も言わなかった。多分いつもこんな感じで生活してるんだろう。
俺は抱きかかえられたまま、屋敷の中を見渡した。
「ここ蓮根さんの屋敷? すげえ、めちゃくちゃでっかいな。子どもの数が多いけど……もしかして全員蓮根さんの子ども?」
「は?」
「めちゃくちゃ愛人がいるとか……?」
こんなに綺麗な人なら愛人の二人や三人、いや十人くらいいてもおかしくないんじゃないか。すげえ! それだけたくさん特別な人がいるって羨ましいな。
ドキドキしながらチラッと見上げると、蓮根さんは“心底軽蔑します”みたいな顔で俺を見下ろしていた。心臓がヒヤッとした。
「…………むっつり」
「へ?」
蓮根さんはゆっくり、にや~っと悪い笑みを浮かべた。
「そっか~~ほむらサマってむっつりなんだ~~。愛人いっぱいいてこんなに子どもができました~ってさ、一体何を考えてたのかな~? 私が夜な夜ないけないことでもしてるって考えてたの~?」
「? むっつり? 無口ってことか? 俺が? あははっ、俺結構騒がしいって言われることが多いけど、蓮根さんから見たら寡黙な方なんだな~」
「……いや、そうじゃなくてむっつりスケ――――」
「ところでいけないことってどういうことだ? 子ども作るのっていけないことなのか? 何で?」
そんなことないよな? 子どもを作るのは良いことのはずだ。
赤子は可愛いし、おめでたいし、皆大好きじゃないか。
「そういや考えたことなかったけど、子どもってどうやって出来るんだ? 夜に作るのか? 昼には作れないのか? 神社に願掛けしたら出来るのかな? あ、たまにさ~、夜に村を歩いてるとすげえ叫び声が聞こえてくることがあるんだけど、もしかしてあれが子作りってやつか?」
「………………」
「一度さ、これはさすがに猪か何かに襲われてるのかと思って助けに入ったら、めちゃくちゃ怒られたことがあってさ。俺がまだガキの頃の話だ。家に入ったらさ、なんでかわかんねえけど、その家のおじさんとおばさんが素っ裸だったんだぜ! ビックリだろ? しこたま怒られた後先生にあれはどういうことだったのか聞きに行ったら、一応説明はしてくれたんだけど、正直よくわかんなかったんだよな~」
「…………貴方がどこまで真面目に言ってるのかわかんないんだけど」
「? 俺はいつだって真面目だぞ? なあなあ、あれが子作りなのか? 蓮根さん、こんだけ子どもがいるなら詳しいだろ?」
「………………まあ、そうだったんじゃない」
「変なの。何で裸じゃないとダメなんだ?」
「さあ……何か……事情が……あったんじゃない」
「ふ~ん? 子ども作るのって大変なんだな……。あんな声を上げるってことは相当痛いってことだよな? 俺、痛いのやだな~。いや~、そう考えるとやっぱ、こんなにたくさん子どもを作った蓮根さんはすげえよ!」
「……………………」
「子どもは宝って言うしさ! 子だくさんって素敵なことだよ。毎日賑やかで楽しそうだ。いいなあ~。俺も子どもほしいな」
「……………………」
「およ? どうした?」
気づいたら蓮根さんはもの凄く疲れた顔になっていた。
今まで一番大きなため息を吐いてから、俺をでっかい扉の部屋の前に下ろす。
ここが蓮根さんの書斎かな?
「はあ……何でもないよ。ほんと調子狂う……」
「?? 暗い顔してどうしたんだ? あ、養育費が大変なのか?」
「違う」
「お! あの子も可愛いな~。蓮根さん美人だから子どもたちも皆可愛いな! いいな~、俺も蓮根さんの子どもほしいな~」
ゴッ
俺の目の前で蓮根さんがずるっと滑って扉に頭を打ち付けた。
うわっ、すげえ痛そう!
俺は慌てて蓮根さんに駆け寄った。
「だだだ、大丈夫か!? 血ぃ出てないか!?」
「ッ……クソ……ほんとッ……この人はッ……」
「? 俺? 俺何か変なこと言った?」
「何でもないですよ!!!!!」
蓮根さんは「さっさと全部思い出して後悔すればいい」「考えて喋らないにも程がある」とか何とかぶつぶつ言いながら、震える手で部屋を開けた。ど、どうしたんだ? 俺何か本当にヤバいこと言っちゃったのか……? よくわかんないけどごめんなさい。
でかい扉を押すと、中から変な臭いが漂ってきた。
「んッ……何この臭い?」
「お薬~……とかその他諸々。ほら、さっさと入ってくれる? お話しなきゃだからさ」
蓮根さんは俺の手を取り中に引き入れると、すぽっと俺の被り物を取った。流れるような動作で。
「ぷはッ……あ、やべ! やっぱすげえ血ぃ出てた!」
「ッ……想像以上に……」
蓮根さんの顔が歪む。
牛の被り物の中は血だらけだ。ごしごし鼻や頬を擦ると手に血がついた。壁にかかった鏡を見ると……うわあ、顔真っ赤じゃん。
「誰にやられたの?」
蓮根さんは低い殺気立った声で聞いてきた。
「いや、だからこれはその……」
「誰にやられたの? 殴られたの? “おじさん”を庇ってるつもりならそういうのほんと要らないから誰がやったのか早く教えてくれない? 私もそろそろ我慢の限界なんだよ。皇帝だろうが何だろうがこれ以上貴方に好き勝手する奴は全員殺――――」
「敢えて言うなら……さくらさん?」
「は?」
俺はハンカチを貰って血を拭きながら曖昧な笑みを浮かべた。すげえ気まずい。
「いや、何かさくらさんが心桜って言う……俺の大切なお姫様がいるんだけどさ、その子にすっごく似てて。心桜は体が弱いんだけど、さくらさんは元気いっぱいでさ。で、その時点で心にくるものがあったんだけど、な~んか名前呼ばれて笑いかけられるとさ……感情が爆発?って言うか」
「感情が爆発……」
「まあ爆発したのは鼻だったんだけど。はっはっは」
「一ミリも面白くないんだけど」
「………………。まあそんなこんなで、鼻血噴き出しちまって。尊いってやつだな。尊い感情に心を貫かれた結果、鼻血がどばーって」
蓮根さんはまた大きなため息を吐いた。
「笑いかけられて興奮して鼻血、か……。何だ、私より変態じゃん」
「そういや、そもそも蓮根さんはなんで変態とか言われてるんだ?」
「知らないよ。どうでもいいし」
やれやれと肩をすくめ、蓮根さんは牛の被り物をぽいっと籠の中に入れた。
「洗っといてあげる。どうせ捨てようとしたら怒るんでしょ」
「え、ありがとう! 助かるよ蓮根さん!」
「…………。それさあ、やめてくれるかな?」
「え?」
蓮根さんはぽりぽり頬を搔きながら、気怠げに口を開いた。
「蓮根って呼び方。別にそれで呼ばれてもいいやと思ってたけど、やっぱりすごい違和感だから」
「あ……ご、ごめん!!! 俺、怒られないのをいいことにずっと嫌なことして――――」
「別に嫌だって程でもないけどね、私は。普通は怒るところなんだろうけど、元々名前に拘りなんてないし」
れんこ……いや、美人さんは優しい。
そうだよ、急に蓮根呼びされたら普通めちゃくちゃ怒るもんだ。俺は何て失礼なことを……。
なのにこの人は何でこんなに優しいんだ? 俺の怪我も心配してくれたし、それに対して憤ってくれたし……やっぱり良いお医者様ってのは、心もできてるんだろうか。
「美人さん、名前だけど、もう一回ちゃんと聞いていい?」
「……レイン」
「れ、れいんさんか! わかった! もう忘れない! れいんさんれいんさんれんれんさんれんららんれいんさんれれれれ――――……あれ?」
「呼びづらいならいいよ、蓮根で。どうせ覚える人が大勢いて訳わかんなくなってるんでしょ」
「いやでも……!」
「ほむらサマは物を覚えるのが苦手だ。……知ってるよ、それくらい。そういう失礼なところも貴方の一部でしょ」
れいんさん、は、まるで俺のことをよく知っているかのように話す。
それが不思議で、おかしくて、でも心地良いと感じるのはなぜだろう?
「………………蓮」
「ん?」
ふと、ぱっとイメージが浮かんだ。
静かな寺。その池で、ふわっと浮かび上がるように咲く、蓮の花。
凜として綺麗な、優しい花。初めて見た時、桜に似てると思った。どこがどうかはうまく言葉にできないけれど、その儚い佇まいなのか柔らかな美しさなのか……花から感じられた曖昧な印象が、どことなく、俺の一番好きな花に似ていると思ったんだ。
「なあ、蓮の花って知ってるか? 清らかで綺麗な、優しい花なんだ。俺は詳しくないけど、良い意味も込められた花なんじゃないかな。れいんさんはその花に似ている気がする! だから蓮さんって呼んでいい? ぴったりだ!」
れいんさんは固まっていた。
信じられないものを見るような顔で、俺を凝視している。
やっぱり嫌だったかな? 失礼だったかな? そう思って恐る恐る「やっぱりなしで」と言おうとしたら、その前にれいんさんはすっと俺から視線を逸らした。
「……………………お好きにどうぞ」
耳と頬が僅かに赤くなっていた。
声は柔らかかったし、多分怒っている訳じゃない。気に入ってくれたのかな? だといいな。
俺は嬉しくなって、思わずにやにや笑ってしまった。
――――その時、激しい勢いで扉が開けられた。




