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403 【ヒューゴ】 抗えない




 ほむらが向こうへ連れて行かれたら、毒ガスでもばら撒いてこいつらの意識を奪い、背後からあの男を狙うつもりだった。あいつを確実に仕留めれば後はほむらを奪い返して逃げればいい。


 怪我など大したことはない。腹に入った銃弾は厄介だが、それ以外は擦り傷も同然。

 蹴られるのも殴られるのも、うまくいなしながら当たったフリをしていれば大したことはなかった。

 なのに……




「てめえら全員ぶち殺してやる」




 それはあまりに突然の変化だった。


 気づけば男二人をあっという間に潰したほむらが、殺意に満ちた顔で指を鳴らしていた。

 それは、あのばかで無邪気で何も考えていなさそうな……自分を攫った奴の手を握り、すやすやと幸せそうに眠りこけていたあの子どもとは、違った。



「ま、待ちなさい! 貴方は何か勘違いして……」

「うるせえ」



 さっきまで怖がって震えていただろう? 血を見て怯えていた。

 なのにあの臆病な姿が嘘のように……今は、殺意に囚われている。


 ほむらは俺の周りで唖然としている男たちに向かって駆け出した。

 あいつを銃で傷つけるのはさすがにまずいと思ったのか、奴らは急なことに対応できずにもたついている。その結果、すぐにほむらに距離を詰められ、彼女に顔面や鳩尾…………こ、股間を次々に蹴られ殴られ、あっという間に気絶していく。容赦ない。


 ほむらが恐ろしい身体能力を秘めていることまでは、把握していなかったのか。

 普通の15の少女とは桁外れに違うということを、奴らもようやく理解したらしい。


 真っ青になってとうとう銃を取り出した一人が、いち早くそれに気づいたほむらに銃を奪われ、片手で破壊された。粉々になった銃を見て、周りの奴らも言葉を失う。



「こんなクソみてえな武器で……好き勝手しやがって……!!」



 ほむらの目が怒りに燃えている。

 それは、かつて映像石を通して見た13の頃のこいつとよく似ているようで、あれよりもっと苛烈だった。荒々しく、剥き出しの怒りに燃えて、手加減がない。



「があッ!?」

「ぐえッ!!」

「ま、待っ――――」



 屈強な男どもを次々と拳で黙らせていく。

 意識を失った者に追い打ちこそかけなかったが、そいつらの上にいくら煉瓦片が落ちようと足で踏みつけることになろうと、気に留める様子は一切ない。



「な、何ですか貴方は! なぜそんな男の肩を……そいつは悪魔ですよ!? 史上最低の犯罪者です! 私たちはあなたの味方――――」

「うるせえんだよさっきからビービービービー訳わかんねえこと喋りやがって」


 ほむらはギロっとあの男を睨み付けた。

 あいつの護衛は皆やられた。無様に転がり、虫の息だ。


「あわわ……」


 男は真っ青になって逃げ出した。

 ほむらがあいつの首根っこを掴み、壁に放り投げる。


「うぐッ……」


 他の奴らにしたのと違って、かなり手加減したらしい。

 壁にヒビが入ることも血が噴き出すこともなかった。だがそれは優しさではないようだ。


 ほむらはまだ呻いている男に近づき、その頭を掴んで壁に叩きつけた。



「があッ……!?」




 …………ゆっくり、甚振るつもりか?


 男の顔から血が流れる。

 これもギリギリ意識が飛ばないように手加減しているのだろう。

 ぼろ、と何か落ちたと思ったら、男の金歯だった。



「ま、までッ……まて! 金は払う! いくらでも払う! これ以上干渉しない! だからッ――――」

「うるせえ」



 ほむらがまた壁に叩きつける。

 バキ、と何か折れる音がした。……鼻でも折れたか。

 血だらけの男の顔を見ながら、俺はようやく立ち上がった。




 怒りに燃えたほむらは、このままこの男を嬲り殺そうとしているようだった。




 …………嬉しい誤算だ。



 そもそもこいつを攫ったのは、こうしてその力を役立たせるためだった。


 それがいろいろあって当初の目的通りにいかなかったが、結果的にうまくいっているじゃないか。

 わざわざ洗脳するような真似も必要なかった。

 何も言わずとも、俺のためにこいつらを叩き潰している。



 笑いが止まらない。



 このままこいつらの息の根を止めて、戻れないところまで来てしまえばいい。

 俺と同じ場所まで墜ちてしまえばいい。

 人を殺せばもう後戻りはできない。

 いくらフレア・ローズ・イグニス本来の人格ではなかったとは言え……相手がこんなゲス共だったとは言え……人殺しは人殺しだ。

 ほむらの人格になる前、俺の言葉にあれほど惑わされたあいつならば、自分の罪から目を逸らすため、簡単に俺の言いなりになるだろう。





「殺してやる」





 ほむらは歯を剥き出しにして顔を真っ赤にして、怒りをぶつけていた。

 その怒りは……



「大勢で……よってたかって……クソ……ふざけん……ふざけっ……何で……こんなッ……!!」



 まともな言葉にはなっていない。

 ただ、俺が一方的に嬲られたことへの怒りであることくらい、すぐにわかった。

 理不尽に責められても怒ることなく、情けなく土下座していたような人間が……会って間もない他者のために、怒りを爆発させている。



「………………」

「ヒッ、ヒイッ……ま、まっで……!!」

「そう懇願した連中をお前らは待ってやったのかよ。弱ぇ奴には何してもいいって、そうやって傷つけて踏みにじって好き勝手してきたんじぇねえのかよ!? ふざけんな。ふざけんなふざけんなふざけんな!!! 誰がてめえの願いなんざ聞いてやるか!!!」



 喚き、掴んだ頭をまた壁にぶつけようとした。



 ……そうだ、それでいい。

 そうやって怒りのままに力を振るえばいい。

 力とは他者をねじ伏せるためにあるものだ。その快感を覚えてしまえ。殺してしまえ。そうして二度と戻れぬ修羅の道に………………











『すげえ美味い!! おじさんありがとう!』








 無邪気な笑顔が、頭を過った。

 






「……………………………………………………やめろ」





 肩を掴むと、ほむらは動きを止めた。

 男の顔は、壁に激突する寸前だった。




「……………………やめろ」

「………………」

「やめろ」



 殺意の炎に燃えていたほむらの目に、違うものが浮かんだ。



「…………でも」

「もう、いい」

「でもッ……!!」



 俺が首を横に振ると、ほむらは途端にボロボロと涙を零した。

 どうしていいのかわからない、迷子の子どものように。


 彼女の手から力が抜けて、男がずるずるとその場に崩れ落ちた。

 あまりの恐怖に意識を手放したようだが、まだ息はある。



「俺……俺……」



 ほむらは肩を震わせて泣いていた。

 俺は、その頭に手を置いた。




 自分でも……よく、わからない。

 どうして止めたのか。どうして殺させなかったのか。

 ただ、あの笑顔を思い出した時に…………




 こいつの手を、穢してはならない、と。




 そう、思ってしまった。




「もうよせ。充分だ。放っておけ」

「……うっ…………俺……でも……」

「手を、汚すな。お前は…………」





 ――――――――――――――違う。



 違う違う違う。


 こんなこと、言うつもりはなかった。

 俺は何を言っている。何をやっている。

 修羅に引きずり込むつもりだっただろう。俺と同じところに堕としてやるつもりだっただろう。

 これからずっと利用してやるつもりだったはずだ。



 なのに…………







「お前は、俺のようにはなるな」






 どんなに否定しようとしても…………抗えなかった。

 それが俺の本心だと。






「……来い」





 まだ泣いているほむらの手を引き、その場を後にした。

 あの男どもに、トドメは刺さなかった。


明日から二日間更新をお休みします。

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