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387 掻き乱される




「お、前は…………」

「ああ、今は公爵令嬢ではなかったのだったか。つまりただのフレア……それが正しい呼び名だな」

「フレア様、離れてください」

「確か……明日でも、という話だったな? 俺と話がしたいと言っていたではないか。しかし時間が惜しくてな、こちらからわざわざ来てやったという訳だ。どうした? そんなに驚いて。こうして顔を合わせるのは初めてだろう。そうそう、いろいろ急なことが重なって仮面を持って来られなかったのだ。俺の顔はそんなに面白いか?」



 自警団の緊急避難場所である屋敷の前。

 その門に背中を預け佇んでいたのは……



 前世の、義勝によく似た人だった。

 声が似ているなとは思っていたが、まさかここまで似ているとは。

 いや、つまりはカイウスによく似ているということになるが、カイウスはまだ若い。目の前の男は違う。その年の取り方と言うのか、四十代くらいのくたびれ方と言うのか、顔つきと言うのか……そう、ちょうどそれくらいの頃の義勝によく似ているのだ。


 黒い髪は白髪交じりで、背は高く、目つきは鋭い。闇色の瞳がじっと私を見つめている。

 皇帝は、いつも無表情だったあいつと違って、口元に歪んだ笑みを浮かべていた。





「…………ヒューゴ」




 名前を呼ぶと、苛立ったように眉間に皺を寄せる。

 だがそれだけだった。

 門から背中を離し、ゆっくりと私たちに体を向ける。妙に余裕があって、落ち着き払った態度だった。――――そんな余裕など、彼にはないはずなのに。





「似ているのだろう? お前がかつて愛した男に」

「……………………え?」



 私を見ながら、当然のようにそう言った。

 カノンが剣を抜く。それを突きつけられても、皇帝は一切動じる様子はなかった。



「それとも……あれはお前が心から愛し、憎んだ男だったのか」

「何の、こと――――」

「2年前、それとも3年前だったか。貴様を初めて見た時のことだ。忘れな人が変化した男は、俺の若い頃によく似ていた」



 ……また映像石の話か。

 ヴェントゥス公爵が危機に陥ったあの事件は、裏でシノノメ帝国皇帝である彼が絡んでいた。ヒューゴは映像石を通して、義勝のことを見たのだろう。


 しかし、どうやらその“忘れな人”が変化した男というのが、自分の息子のことだとは勘づいてもいないらしい。

 それだけカイウスへの関心がなかったのか、それともあいつがちょっとふくよかになりすぎたのか。



「お前には前世の記憶があるのだろう? フレア。お前にとって前世とは、現世のどんなものより特別で貴重で、忘れがたいもののはず。違うか? 前世の記憶保持者と言うのは、皆過去世の想いに縛られる」

「そう、かもしれない。だが――――」

「お前の母親ならば、ただ似ているというだけでも飛びついただろう。お前だってそうなんじゃないのか? 過去を彷彿とさせるものには抗えない。その赤髪はどうだ? お前はその男を通して他の誰かを見ているんじゃないのか? 俺を通して、別の誰かを見るように」

「それは……」

「フレア様、聞かないでください」

「結局、お前は現実を見ることができない。お前が見ているのは前世だ。手に入らなくなったものをずっと追い求め、苦しみ、藻掻いている。……違うか? お前の今世は何と虚無に満ちているのか。お前は現実を生きていない。現実を現実と認識していない。自分の居場所はここではないとずっと思っているんだろう?」



 ヒューゴの言葉が、頭の中をぐるぐると回る。

 悪意をたっぷり練り込まれた、こんな言葉をまともに聞く必要なんてない。

 彼は何か企んでいる。本能がそう警鐘を鳴らしている。

 なのにどういう訳か、その言葉を撥ね付けることができなかった。



「お前にとって、本当に自分が自分として生きた時間は、前世にしかないのだろう。最初から普通に生きることを許された時。前世というものと無縁でいられた時。始まりの記憶。それがお前にとって、本当に生きたと言える時間だったんじゃないのか」

「…………は」

「その生が終わった後の時間なんて、ただのおまけだろう?」



 おまけ…………?


 まさか。

 そんな訳がない。

 カルマに出会い、シオンと旅をして、ローズを愛し、ソルと過ごした。

 あの全ての時間を、私は真剣に生きていなかったと言うのか?


 そんな訳がない。私は、私なりに、懸命に――――……




「さっさと終わればいいと願う程、くだらなくてつまらない時間」




 背筋がゾッと凍り付いた。

 冷や汗がゆっくりと流れ、頬を伝う。




「真剣に生きてなどいないさ。本当に真剣に生きているのなら、お前はそう簡単に貴族の地位を手放したりはしなかったはずだ」

「……違う。真剣に考えて、だから――――」

「たった15の娘が、永遠に獄に繋がれる未来を選択できると思うか? それも身に覚えのないことで。普通は抵抗するだろう。間違っても自分から認めはしない。だがお前はあっさり罪を被った」


 それは……シドを助けるためだった。シドを不幸な目に遭わせた贖罪でもあった。

 だからフレアは――――……


「お前のことは調べた。たった10か11の頃、孤児院のガキのために屋敷を手放し馬車馬のように働いていたらしいじゃないか。公爵令嬢ともあろう者が。そうだな、ヴェントゥス公爵の件の時もそうだ。自分の目を犠牲にして剣を振るった。お前がそういう選択をする理由は単純なものだ。ただこの人生に飽き飽きしているから。酷く現実味のない世界で生きているから、簡単に自分を犠牲にできる。この世界はお遊びのようなものだ。違うか?」




 違う。



 違う、と思う。思いたい。でも…………



 フレアの生き方は、ルークとよく似ている。



 奴隷の子であったカルマに、家督を譲った。

 見ず知らずの子であったシオンを助け、国を出た。

 あの頃の私は幾つだったか。覚えていないが、恐らく10代前半か……まだ子どもであったことは確かだ。そういう決断を易々とやってしまったのは、間違いなく…………前世の記憶があったから。




 ……わかっている。

 私は、孤独だった。

 生まれた時から、愚かで残虐な自分のことが嫌いだった。

 私自身を、早々に諦めていた。私は、自分の未来をうまく思い描くことができなかった。

 だから地位も名誉も、……命さえも、簡単に手放してしまったのか?

 




「お前にとって、この世界は何だ?」





 私にとって……?

 私にとって、この世界は…………――――――





「フレア様!!!」




 カノンの言葉が、私を思考の渦から引き上げた。



「聞いちゃだめです! あいつ適当言ってるだけですから!!」

「無礼な赤毛だな。私が誰かわかっているのか?」

「それはすんません! でもフレア様に変なこと言うのはやめて大人しくしてもらえますか!! 大体、何でここに――――」

「親切な自警団の連中に教えてもらっただけだが? ここが避難場所になっている、と」


 ヒューゴがゴツン、と何かを蹴り転がした。

 血だらけの団員が、門の影から力なく地面に倒れる。

 ――――僅かに息がある。気を失っているが、死んではいない。



「お前……!!」

「フレア、貴様がここに来ることはわかっていた。自警団もアカツキの連中も、お前をまず真っ先に逃がすだろう。連中にとってお前は大切な戦力だからな。……ああ、他の奴らは来ないぞ? 俺が向けた兵器どもに手こずっているはずだ。……死んでるかもな?」

「な――――」


 サクラ、ルベル……皆の顔が次々に過る。

 得体の知れないガスの充満した建物内で、もし兵器に襲われたら……


「可哀想に。お前と関わったせいで」

「私、が…………」


 私が、あの場所にいたから。

 私が、大人しく国に帰らなかったから。

 私が……この国に来てしまったせいで。


 …………皆を巻き込んだ?



「違う!! フレア様、あいつの言うことなんか聞かないでください! あいつ絶対何か企んでます! ここは俺が何とかするんで――――」

「お前が生まれなければ、こんなことにはならなかった。お前が面白半分でこの世界の人間を掻き回したせいで、現実に生きる大勢の人間が苦しむことに――――――」

「違うって言ってんだろ!!! フレア様は俺たちを救ってくれた。何も知らねえてめえが、適当な言葉でこの人を語るんじゃねえ!!!」



 カノンが激昂し、ヒューゴに向かって駆け出した。


 嫌な予感がした。

 ヒューゴがにやりと笑う。



「カノン! だめ――――――」



 伸ばした手が届く前に――――――




 地面が、爆発した。



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