383 【シド】 燃やす
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俺には親の記憶がない。
気づいたら見世物小屋に入れられていた。
火を噴く子どもとして。適当に火を操ると皆驚いて金を投げ入れた。
その金は、全部興行主の物になるから、俺が使ったことは一度もない。
それから、俺の噂を聞いたとかで偉そうな奴らがたくさん来た。
『火を生み出し操る……発火能力か。このガキ、確かアカツキ王国の出身だったな……?』
『ええ、間違いありません。調べてみたところ、母親の方はあのイグニス家で働いていたそうです。子どもの父親はイグニス家の人間でしたが、使用人に手を出したのは外聞が悪く、出産後追い出されたと。その後しばらくしてうちに流れてきました』
『母親の方は今どうしている』
『娼館に売り払いましたが、子どもと引き離されてから憔悴しちまってどうにも……。役に立たないってうちに苦情が来たくらいです』
『ふん、そうか。たかがガキ一人と離れたくらいでな』
……何を話しているか、よくわからなかった。
一番怖い顔をした奴が、にやっと嗤ってもっと怖い顔になったことだけは覚えている。
火を出してみろと檻を蹴られて、俺は慌てていつものように火を出した。
掌からふわりと灯した火を、パッと宙に浮かせて自在に動かす。
それから急に小さくしたり大きくしたりして、最後には自分にその火を被せた。
俺が作り出した火は、自分にだけは効かない。
他の人間なら、今頃火だるまだ。
充分経ってから、俺は火を消した。
そうすると観客は皆喜ぶ。できるだけ喜ばれるように驚かれるように……観客の反応がいいと、団長は機嫌がよかった。
顔を上げた俺は、ぞくりと背筋を震わせた。
男は喜んでいるようだった。けれどその爛々と光る目は、今まで見てきた中でも特別気味が悪かった。
『間違いない、発火能力だ。金は好きなだけやる。このガキをよこせ』
『はっ、はい……!!』
『フレア・ローズ・イグニスは偽物の聖騎士だった、ということか。イグニス公爵が我々への嫌がらせのために嘘を吐いた可能性もあるが……いや、違うな。公女は資格を奪われたんだろう。相応しくないとされ、本人さえ気づかぬうちに力を失ったのだ。愚か者め。……だが、そのおかげでこの力を手に入れた』
何を言っているのか、俺にはわからなかった。
ただ…………
『恨むならばイグニス家を恨め。そして、お前から聖騎士という地位を奪った、フレア・ローズ・イグニスをな』
その言葉だけは、嫌にはっきりと覚えている。
あれからどれくらい経っただろう。
見世物小屋ではただ適当に火を出していればよかったのに、ここでは家や人を燃やしたり、盗みをしたり、殺しをしたりしなくてはならない。
失敗すれば小屋にいた時より酷いお仕置きが待っている。
皇帝は怖くて、気味が悪い。
怒鳴られると身が竦む。
だけど、まあ…………
それだけ、だ。
大丈夫。全然、大丈夫。
自由はないけど一応外には出られるし、ずっと檻の中に閉じ込められていた見世物小屋時代に比べればマシな気がした。
動くのは楽しい。
大の大人もそんなに強くないとわかってからは、自信もついた。
ご飯だって美味しいし服も貰えるし、仕置きされるのさえ我慢すれば…………
『もう! どこにいたの! 心配したでしょう!?』
『ママ~!』
仕事で街に向かった時、自分と同じくらいの年の子どもが母親に泣きついていた。
そういうのを見ると、心が酷くざわついた。何もかも燃やしたくなった。
俺には、いない。
ああいう人は、どこにもいない。
心配してくれる人も守ってくれる人も傍にいてくれる人も…………俺を、探してくれる人も。
フレア・ローズ・イグニスのせいで。
『――――――俺が面倒を見ます』
その人は、突然現れた。
『こんなやり方をしても何の意味もありません。まだこの子は小さい。本当にこの子の力を利用したいなら、当分はもっとまともな教育を施すことに専念するべきです』
『チッ、……黙れ、豚め。愚鈍なお前に面倒など見れるものか』
『鞭打ちをすると言うなら俺が変わります』
……この人は、本気だろうか?
大人が、俺を傷つけるためでも嘲笑うためでもなく、守るために俺の目の前に立ってくれたのは……記憶にある限り、初めてだった。
『いいか、馬鹿なことを言っていないで貴様はさっさと――――』
『貴方が喉から手が出る程欲しがっている物があると聞きました』
皇帝が、驚いて足を止めた。
『お前……』
『サピエンティア家がかつて所有していた年代物の椅子です。かつて皇室から贈られた……非常に豪奢な造りだったとか。帝都にある屋敷を差し押さえられる直前、サピエンティア侯爵は屋敷の物をあらかた処分してしまっていた。追放と共に差し押さえられることがわかっていたからでしょう。燃やしてしまったものもあれば、売り捌いたものもあった。椅子は商人の手に渡りましたが、さすが侯爵、あなたでさえわからないルートで、こっそり売ってしまったようですね』
『どうしてお前が――――』
『実はその椅子を手に入れられそうなんですよ。……かなり苦労しましたが』
『ッ……!!』
いつも悍ましかった皇帝の目に、キラキラした光のようなものが浮かんだのがわかった。
『俺と取引しましょう、皇帝。あなたが血眼になって探しても見つけられなかった椅子と、シドの身の安全。……俺をここで脅して拷問にかけても無駄ですよ? その程度のことで俺は口を割らないし、うっかり俺を殺せば、椅子は永遠にあなたの手には渡らないでしょう』
誰もが恐れる人に対して、こんなに堂々としている人を見たのは初めてだった。
…………神様。
あの日から、カイウス様は、俺の神様になった。
俺を守ってくれて、俺の頭を撫でてくれて、甘いお菓子をくれて、文字も教えてくれる。
俺は、これからずっとこの人のために生きていこうと思った。
だから…………あの人が嫌いな人は、俺も嫌い。
あの人が好きな人なら、フレア・ローズ・イグニスだって好きに……なるよう努力する。
あの人が喜ぶなら、俺は何だってする。
泥棒も、放火も…………人殺しも。
あの人を裏切る奴らは、絶対許さない。
だってあの人は、俺の神様だから。
「あーダメだなクソ、話が全然通じねえ!!」
「ほんとに五歳……!? あ、アランさん! 危ない!!」
短剣が、空振り。
ちょこまか……面倒くさい。
本当は火だるまにするのが一番ラクだけど、カイウス様に、この力は人に使っちゃだめだって言われたから、できるだけ我慢している。
それに……生け捕り。それがいい。カイウス様に殺していいか、ちゃんと確認しよう。ノア様はたまに嘘を吐くから、あんまり信用できない。酷い人では、ないけれど。
「ッ……なあ、話し合おう! あの、俺はシリウス!! えーとえーと……俺、動物に変身するのが得意なんだけど……うわッ!!」
お前の名前なんて聞いてない。
大体、動物に変身するとか絶対嘘だ。俺が年下だからってばかにしてるのか。
「お、おい、お前、甘いもんは好きか!?」
「あ、そうそう! アランさんのお菓子はすごく美味しい! 俺も子どもの頃よく作ってもらッ……どわ!?」
早くこいつらを捕まえて、皇帝を追って……カイウス様のために、出来ることをしないと。
本当はカイウス様の傍を離れたくなかった。
でも、自分からやりたいって言ったんだ。
何かやりたかった。役に立つってことを証明したかった。喜んでもらいたかった。
それに…………
あのローガンって奴を、何とかしたい。
初めて敵わなかった。
カイウス様に酷いことばかり言う、あいつをどうにかしたくて堪らなかった。
だから…………
俺は、こんなところで遊んでる暇はない。
「団子作ってやるからちょっと待ってろ!!」
「そうだよ! えっと、タイム! ティータイム! わわッ……こ、子どもがそんな危険なものばっか振り回すのはどうかと思うぞ!?」
………………何、言ってるんだ。こいつらは。
そもそも……子どもらしい生活って何だ?
俺は危険なものを振り回さなきゃ生きていけなかった。
毎日蔑まれ殴られていた。
なのにこいつらは……
母親に縋り付いて泣きじゃくる子ども。
あれを見た時と同じ……いや、それ以上の感情が沸き起こった。
まずい。
そう思うのに……抑えられなかった。焦って苛立っていたせいもあるかもしれない。
力が溢れて、止まらなかった。
ほんの一瞬で、炎が俺の周りを守るように燃え上がり、辺りを覆い尽くした。




