380 【ジーク】 鉢合わせる
――――――
――――――――――――
“忘れな人”の失敗作軍団は、いくら壊しても次から次へと溢れてきた。
一体どこから湧いて出てくるのやら。
エイトを先頭に、ディランや団員たちが必死でやり合っているが、今のところ先は見えない。
彼らが激しくやり合っている間、僕は為す術なく見ていることしかできなかった。
下手に手を貸そうとしても間違いなく邪魔になるだけだろう。
こんな時に神子の力があれば……と、もう何遍思ったかわからないことを性懲りもなく考えてウンザリする。
その途中、機嫌がいいのか悪いのかよくわからない顔のレインがやってきた。
『人殺し君はどこ?』
『は? 人殺し?』
『刀士……何だっけ? あ、ローゲンだローグン。あれ? 違う? まあいいや、あいつは今どこにいるのさ』
『墓地に向かったが……』
『墓地ぃ? はあ、陰気な奴が行きそうな場所だねえ。ほんと変わってる~~』
お前にだけは言われたくないんじゃないのか。
そう言う前に、奴は闇夜に溶けるように消えていった。
あいつが自発的にローガンを助けに行くとはとても考えられない。
恐らくルークにでも頼まれたのか。
僕はエイトたちの方へ視線を向けた。
「はあ……、エイトの奴、情緒の方は大丈夫か……?」
ディランが余計なことばかり言うせいで……。
今は少しばかり持ち直して順調に兵器を壊しているようだが、それがいつ崩れるかとこっちは気が気じゃない。
エイトの剣の腕には絶対的な信頼を置いている。だが精神の方は別問題だ。人の恋愛に関してはああだこうだ偉そうに言うが、自分のことになるとからっきしだからな。
エイトのことだ、自分よりディランの方がサクラに相応しいとかやっぱり自分には釣り合わないとか、そんなあり得ないことを考えて迷走していそうな気がする。
あのバカ……!! ディランのような頭空っぽ人間よりお前の方がいいに決まってるだろう! どう考えてもだ!! 共闘して妙な信頼感みたいなものを芽生えて自分の恋を諦めるなよ!!
「……おい王子サマ、すげえ顔になってんぞ。あの中に殺してえ奴でもいるのか」
「うるさい黙っていろ」
「…………王子様もこんな顔するんだな…………」
「シリウス、今のこいつは刺激しない方がいいぞ。面倒くせえから」
「だから黙っていろと言っている」
「ほら面倒くせえ」
僕はイライラと二人を睨み付けた。
乱蔵とシリウス。
乱蔵はサピエンティア邸の時からべったりだったが、こっちに戻ってきてからシリウスが加わった。
……シリウスの右目は依然青いままだ。
ルークが治癒し、本来なら金色の目に戻るはずが、なぜかあいつの目の色……いや、言うなればフレアの目の色が移ったままになっている。
僕が彼女に視力を移した時は、魔術によるものであったからか、彼女の片目は僕と同じ濃紫色だった。
しかしそれも、ルークの力で綺麗な青色に戻ったんだ。
なのに、なぜこいつは今もずっと彼女の色をその目に宿しているのか。
まるで特別な繋がりを得てしまったようで、非常にムカつく。
見る度にムカつく。
シリウスは彼女に懸想している節があるため、よりムカつく。
「おーおー、すげえ顔だ。シリウス、お前やっぱ逃げた方がいいぞ」
「え? お、俺、そこまで酷いこと言った……?」
大体こいつは女誑しと聞いている。
女性とみれば見境なく口説きまくるハレンチな男がフレアに懸想するなど千年早い――――
その時、視界の端に影が過った。
「!!」
シリウスの背後、真っ暗な路地の向こう、僅かに街灯の灯りが照らすそこに、一瞬男の姿が見えた気がした。その影はすぐに消え、闇の中に紛れていく。
「どうした王子サマ」
「…………いや」
街の人間か……? だが…………。
確証はない。確証はないのに、どうしてもあの影の正体が気になった。
僕は立ち上がり、あちこちから飛んでくる兵器の矢やら銃やらを躱し路地に向かった。
…………暗い。
それに臭いも酷いし気持ち悪い。
しばらく進んだ頃、ぐちょりと何か嫌なものを踏んだ。
「ッ……これは……」
驚いて確認すれば、それは血塗れの肉の塊…………だった。僕は咄嗟に後ずさった。
その柔らかな塊のすぐ近くには、兵士と思われる死体が転がっている。腹を何度も何度も刺されたのか、多量の血が流れ、腹の中の物まで地面に……――――
「おい伏せろ王子サマ!!!」
乱蔵の怒鳴り声。咄嗟に伏せたはいいものの、伏せた先の死体の臭いが余計強くなる。
思わず吐きそうになったところで、頭上で刃物のぶつかる音がした。
体が震える。
吐きそう、などとは言っていられない。
「――――チッ」
「何だてめえ。物騒な野郎だな」
乱蔵が短剣を手にしたまま僕の体を抱え、後ろに飛び移る。
視線を上げたが、ここからだと真っ黒な影が落ちて、相手の顔も身なりもはっきりとしない。
「……先に近づいてきたのはそっちだろう。裏切り者ばかりでうんざりだ」
苛立った低い声に聞き覚えがあった。
乱蔵も大きく目を見開く。
「お前ッ……」
「皇帝……?」
影が僅かに身じろいだ。
「…………ほお、なるほど。よく見れば……」
にやりと笑ったような気配がした。
間違いない、声といいこの感じといい…………皇帝だ。
僕は乱蔵の手から離れ、真っ直ぐに皇帝を睨み付けた。
「皇宮はカイウス殿が掌握した。貴殿は大人しく裁きを受け――――――」
「裁きを受けられるのはそちらでは? 勝手に人様の国に入って勝手に掻き回してくれたのはどこのどいつだ?」
「ッ……その言葉、そのままそっくりお返しする。アカツキに侵入しイグニス公女の馬車を襲わせたのはどこの誰だ」
「さあ? 愚息が勝手にやったことだ。私は知らん」
何が知らないだ。
こいつが命じたことだと言うのはもうわかっている。
「自分の罪を……そろそろ認めろ」
「だから何のことだか。私はただ国のためにやるべきことをやってきただけだ。それがいつの間にか断罪される立場になろうとはな。そこの死体もそうだ。私に従う振りをして私を殺そうとした。カイウスは私を捕らえよと命じているらしい。その命令に、私に忠誠を誓ったはずの兵士たちも従いつつあるのだ。……嘆かわしいことだとは思わないか。それともまだ青臭い王子殿に、民を治める者の苦悩はわからないか」
「そんなこと貴様より余程わかっている」
…………無駄だな。
こいつとペラペラ話しても堂々巡りだろう。
大人しく捕まる気など絶対にない。
「…………乱蔵、やれるか」
「ああ、やるしかねえだろ」
乱蔵が短剣を構える。シリウスが同じように前に出て、すらりと剣を抜いた。
それを見ながら、僕は……
何もできず、ただ突っ立って震えていた。
突然、思い出したように、恐怖が腹の底からせり上がってきた。
今の僕は、もう不死身じゃない。
怪我をすれば死ぬこともある。
いや、あの剣を突き立てられれば間違いなく死ぬだろう。
……そうだ、僕はついさっき、皇帝に殺されるところだったんだ。
乱蔵が助けに入らなければ、この喉を裂かれて、地面に転がるあの兵士のように、物言わぬ屍になっていた。
握り締めた拳が震えていた。
今更死を感じて恐怖するなんて……愚かだ。ずっと、長い間、僕は死を願ってきたはずなのに。
でもどうしようもないとも思う。この命はフレアから貰ったものだ。
なのに、このまま彼女の命を無駄にしてしまったら……?
考えれば考える程、恐怖がじわじわと思考を侵食した。
――――――その時、唐突な発砲音が夜闇を切りさいた。
「ッ!!」
皇帝が身を翻し逃げ出す。
乱蔵は「隠れろ!!」と叫び、僕とシリウスを建物の影に押しやった。
立て続けに発砲音が響き、やがて止まった。
「ッ……クソが」
「お前……負傷したのか!?」
「大したことねえよ。擦っただけだ」
乱蔵は袖を引き千切り、腕に巻いた。
見ている傍からじわじわと血が滲む。
「ちゃんと手当しないと……!」
「大丈夫だ、シリウス。んなことより……」
乱蔵が屋根の上へ視線を向けた。
月を背に、小さな影が二つ。
「はあ~……」
気怠げなため息が、ここからでもはっきりと聞こえた。
「盗人を追いかけてただけなのに、まさかお前たちに遭遇するなんてね」
金色の髪が夜風に吹かれてゆらりと揺れる。
「ま、いいや。逃げ出したネズミは後回し。お前は僕がた~っぷり甚振って殺してあげる!」
歪な笑みを浮かべ、兄さんは僕らのいる方に銃口を向けた。




