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369 【ゲイル】 唖然とする



――――――

――――――――




『お願いします。一旦このことは父上には……イグニス公爵には内密にできないでしょうか』



 イグニス公女をシノノメ帝国に残すのは反対だった。

 一週間という期限はつけたものの、いくら公女自身がそれを望んでいるとは言え、何が起きるかわからない。それに……



『僕は彼女の希望を尊重したいんです。彼女の行動は彼女のためだけのものではありません。いつだって他の誰かのために行動している。それはあなたもよく知っているはずです。だから……』




 …………だから心配なのだが。

 イグニス公女は確かにいつだって誰かのために行動している。

 それは否定しないが、それ故にとんでもない行動に出るしありとあらゆることに巻き込まれがちだ。

 最早そういう星の下に生まれているような気さえする。

 助けられたことのある私が言うことではないかもしれないが……




 第一、イグニス公爵の様子を見れば心苦しくもなった。



『……そうか。まだ、フレアの手がかりは掴めないか』

『え、ええ……』



 昔はこういう男じゃなかった。

 イグニス公女のことを嫌い……いや、憎んでいたはずだ。

 それが今では、夫人や幼い娘と共にフレアのことを案じている。


 正直イグニス公女が裁判にかけられた時、それを擁護することもなく、あまつさえ彼女と縁を切り、その出自に関して今更公にしなくてもいい事実を……“フレアは自分の娘ではない、亡き夫人の不義の子だと”……イグニス公女が知れば絶対に傷つくであろう事実を明らかにした時は、軽蔑した。


 いくらイグニス家を守るためとは言え、そこまでやる必要はあったのかと。



 恐らく今もイグニス公女のことを憎んでいるのだろうと思っていたが……。



 彼の姿を見ていると、それは違うのではないかと思える。

 本心は、こちらにあるのではないか。

 彼は本当にイグニス公女のことを案じているのではないか、と。



 そんな彼に、イグニス公女の無事を伝えられないのは心が痛んだ。

 一刻も早く無事に一週間が過ぎてくれと願った。





 ――――だが、事態は急変する。



 ルカたちを渋々サピエンティア邸に送った、その後のことだった。

 女王の名の下に集められたのは、帝都に残った聖騎士たち。

 それから映像が映し出されたのだ。かつて私を襲った連中が使っていたような、あの妙なものだとすぐにわかった。



 カイウス・ファートゥム第一皇子。

 シノノメ帝国の愚鈍な皇子。

 引きこもってばかりで愚かな皇子と聞いていたのに、映像越しに見る彼は違った。



『我が帝国に、力を貸していただきたい』



 確かに噂通り肥ってはいたが、聡明で、思慮深く、落ち着いた印象があった。



『私は皇帝を廃し、新たな皇帝として帝国をまとめていくつもりです。そのために、アカツキ王国の後ろ盾が欲しい』



 語られた提案は驚くべきものだった。



「皇帝を、廃位させると……?」

『ええ、それ自体はそう難しいことではないと考えています。父が今まで行ってきた恐怖政治のおかげで、国には反発する者が多い。孤立無援にして幽閉、もしくは極刑に処すことも可能でしょう』

「それでも皇帝を支持する者だっているでしょう。彼らの反発は免れない」


 女王の言葉に、第一皇子は一切狼狽える様子はなかった。


『そこはご心配なく。我が弟が築いてきた人脈も利用すれば何とでもなるでしょう。何よりそういう政治に迎合していた者というのは、上がどれだけ変わろうと強かにやり方を変えて生きていくものです。むしろ散々小馬鹿にしていた私が皇帝になることにより、これはうまく利用して甘い蜜を啜れそうだと喜ぶやもしれません』

「……では、どうしてわざわざアカツキ王国の後ろ盾を?」

『他国の介入は、時に大きな反発を招きかねない。それは重々承知しております。あなた方にとっても良い話ばかりという訳ではない。ですが』


 暗い目の奥に、ギラつく光があった。

 男の声に、言葉に、自信の漲るその表情に不思議と吸い寄せられる。


『我々は意図せずとも、すでに多くの関わりを持ってきたはず。我らとあなた方の間には、浅からぬ因縁がある。ならば……これからは互いに良好な関係を築いていくべきだとは思いませんか。この代替わりを機に』

「因縁、ですか」

『例えば、かつてタソガレ王国との間で起こった事件……そこに父が関わっています』


 心臓がヒヤリとした。


「それは……ヴェントゥス公爵の」

『ええ、裏はとってあります』

「……公式に、国として謝罪するということですか」

『もちろん、それが我々の誠意です』


 そしてそうすることが、ひいては皇帝をより追い詰めることになる。

 シノノメ帝国は、今まで行った後ろ暗いことの数々の責任を、皇帝に負わせ終わらせるつもりか?




『私はこの皇帝廃位を、できるだけ血を流さぬよう、迅速に行いたいと考えています。今苦しんでいる者を更に苦しませることになってはならない。そのために必要なのは、より多くの協力、そしてそれを可能にするだけの力です』




 ふと、イグニス公女の姿が頭を過った。


 金の髪、青い目、常人離れした身体能力、剣捌き……。


 あれを、大いなる力と呼ぶのだろうか。

 彼女の存在一つで、国同士の均衡は簡単に崩れてしまうだろう。




『この皇帝廃位をどのように進めるかが、その後の政にも大きく関わってくることになりましょう。諸国との関わりも変わってくる。帝国は難しい時代を迎えます。しかし同時に、この難局を乗り越え良き方へと国を進めることができたなら、それはあなた方にとっても間違いなく大きな国益となるはずです』




 皇子は僅かに微笑み、そして……





『――――何より、あなた方としても、大切な王太子殿下と公爵令嬢たちが安全に国に帰るためには、皇帝でなく私に協力するべきだと思いませんか?』






 爆弾を放り投げたのだった。








――――――――

――――――――――――




 女王の決断は早かった。



 第一皇子との連絡を切った後、彼女は我々の目も憚らず地団駄を踏んだ。

 そう、文字通り、地団駄を踏んだのだ。玉座の前で。



『ったく……ええわかっていましたよ! あれがジークでないことくらい! 四六時中ダラダラダラダラ女の子を口説いて遊んでばっかのあのバカが本物のジークな訳がないでしょう!』



 正直、私は気づかなかった。

 まさかあの時連れて帰った御方が、影武者だったなど。



『それでもあの人がここまで無謀なことをするのは何か考えがあるのだろうと様子を見てあげていたと言うのに……何ヘマしてんのよあのジジイ!! 皇子に正体がバレるなんて何考えてるの!? イグニス令嬢のことになるとほんとすぐポンコツになるんだから!! いいやもう元々ポンコツだったのか! ああもうほんと…………かつての威厳はどこに消えたのよクソジジイ!!!!!』



 …………普通自分の息子をクソジジイと呼ぶか?

 言っている意味はよくわからなかったが、まあそれだけ動揺していたんだろう。

 女王がここまで口汚くなれるものとは思わなかった。


 しばらく言いたいことを言いたいだけ言うと、女王は額を押さえて項垂れた。



『……すみません。女王たる者が醜態を晒しました。誰にも言わぬよう。特にジーク』

『『『御意』』』


 言いたくても言えません。


『ヴェントゥス公爵、今夜には出発し、合流なさい。人はこちらで決めます。追って知らせますので、それまでに準備の方を』





――――――――

――――――――――――――




 その夜、瞬間移動でまず最初に来たのは、ゼファたちが滞在しているはずの屋敷。

 静かに合流するはずが、そこは想定外の事態に陥っていた。



「ほんといい加減に……! いい加減にしろアグニ!!」

「…………」

「屋敷を破壊し尽くす気か!? 戦いは終わったんだ落ち着けって言ってるだろ!!」



 ……あれは、本当にゼファだろうか?

 弟があんなに取り乱しているのを見るのは初めてかもしれない。

 しばし感動のあまり言葉を失ったが、そう感動している暇はない。

 このままだと確かに屋敷が全壊してしまう。


「いや、そもそも……アグニ? なぜあいつがここに……!」



 あれは私が湖に沈めたはずだ!!

 事態をようやく飲み込み、私は手を伸ばした。

 アグニに向けて力を使った。あいつの姿が消え、辺りは一気に静寂に包まれる。



「ゼファ!!」

「あ、兄上!? なぜ……!!」



 アグニのいた方と私を交互に見て、「ア、アグニは……?」と尋ねる声はなぜか僅かに震えている。


「マグマに落とした」

「え」

「安心しろ、さすがにもうここには来られま――――」

「アグニさん!! アグニさんはどこ!?」

「酷い!! アグニさんをどこにやったの!? この悪党!!」

「え」


 小さな子どもが二人、ボロボロ泣きながら私を睨んでいる。











 …………………………なぜ?


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