31 【???】立ち止まる
あの2人組のガキ、妙に厄介だったな。
どこぞの貴族の従者らしいが、それにしては動きがすばしっこくて面倒だった。
念のためあいつらを回収しに誰かが来たら、そいつの顔くらい確認した方がいいかとも思ったが、先にガキどもを移動させる方を優先した。あいつらの背後に誰が隠れているかわからない以上、下手に近づかない方がいい。
どうもきな臭い。妙な気配が漂っている。そう感じるのは長年の勘か、それとも市場であの男を見かけたからか。
最初見た時は目を疑った。会ったことがなければ、恐らく俺も見過ごしていた。それほど、あの男が人混みに違和感なく溶け込んでいた。思わず逃げようと思った時には遅かった。
一瞬、目が合った。
静かに燃え上がる赤い目を見た時、体が硬直した。蛇に睨まれた蛙っつーのか。化け物だ。逃げろ、今すぐに。……頭の中でガンガン警鐘が鳴ってる。なのに、指先1つまともに動かせねえ。
「……命拾いしたな」
近づいた時、そいつは俺の耳元に囁いた。無機質な声だった。
「どういう、ことだ……。なんでお前が……」
口がカラカラに乾く。どうしてこのまま殺そうとしないのか、理解できずに口を開けば、そいつは僅かに笑ったようだった。
「何の意味もないからな」
「……意味?」
「今更お前を殺したところで、何の意味もない。俺にあれだけ追い詰められて、俺から逃げおおせた奴はお前が初めてだった。その幸運に感謝するんだな」
ドクドクと心臓がうるさい。意味がわからない。一度目をつけた獲物を、こいつがみすみす見逃すのか? あり得ない。こんなこと言って油断したところを殺すつもりか? いや、こいつだったら別にそんなまどろっこしいことしなくても、俺を殺すことなんて容易いはずだ。
改心した? 一番あり得ないだろ。
「一体、何が目的……」
「お前を殺したら、殺し合いをさせてもらえなくなる」
「は?」
殺し合い? どういうことだ? こいつが? 誰と?
「お前の言っていた通り……俺以上の化け物はいる」
「なっ……」
思わず振り返ると、そこにはもう奴はいなかった。影も形もない。思わず舌打ちして、あいつの言っていた言葉の意味を考えていた。
化け物……あいつ以上の……そいつと殺し合うために、俺を殺さなかった?
意味がわからない。
ふと、ある人物が浮かんだ。
あいつ以上の化け物と聞いて、思い浮かぶのはたった一人だ。……でも、そいつがここにいるわけがない。ならば別の誰かか。どっちにしろ、この国は本当におぞましい。あいつと再会するわ、あいつ以上の奴がいるらしいわ……さっさととんずらしたくて仕方がねえ。
体のどこにも怪我がないことを確認し、俺は足早にその場を去った。
「た、たた、大変だ!!」
ガキどものところに戻ると、真っ青な顔のシリウスが俺の方に駆け込んできた。
「あ、ああ、姉が!! いない!! どこにも!!」
「何?」
他のガキどもは全員揃ってる。白いのだけがいなくなっていた。俺はぎろっとシリウスを睨み付けた。
「どういうことだ? 今日中に移動するっつったろ」
「またスリとかしようとしたのかもしれないけど……全然戻ってこないんだ。いくら探してもどこにいるのか……」
「連れ去られたってことか?」
「……それならもっとはっきり残るはずなんだ。今までだって、何かあったらすぐに見つけられた」
言いながらシリウスは鼻をくんくん動かした。
「それに……これ、自分のことは探すなって…なんとかなるからって、手紙が……」
「手紙?」
なんだそりゃ。それなら自分から消えたってことで間違いないだろ。
「なんかの冗談だって…思ったんだ。こんなの…だって…」
シリウスは泣きそうに顔を歪ませた。
チッ、ステラの奴、面倒くさいことしやがって。妙に綺麗な字なのも腹が立つ。俺にはない育ちの良さみたいなのを感じ取るとイライラする。
「……つまり意図的にお前を撒いたんだな。匂いも何も残ってねえのか」
「屋台の通りでうろうろしたんだと思う。そのうち他の匂いと混ざって、訳わかんなくなった」
シリウスの嗅覚で追えねえならもう無理だ。
諦めろ、と言いたいところだが、それでこいつが納得するわけがないことはわかってる。
「あいつがお前に黙って行きたがるところなんて1つだろ」
奴がバッと顔を上げる。チッ、やめろ。縋るような目で俺を見るな。俺はお前を助けるつもりなんてこれっぽっちもない。お前が思っている以上にろくでもねえし、ヤバいことばっかやってきたし、ガキなんて大嫌いだ。俺を信頼するんじゃねえ。
「……今夜行くぞ。それで無理だったら諦めろ」
シリウスは馬鹿みてえにコクコク頷いた。




