30 命じる
「ご機嫌よう、ステラ。少し顔色がよくなったのね。私のこと覚えてる?」
「……いえ。ごめんなさい」
「じゃ、この二人のことは? 最近お会いしたと思うのだけど」
にっこり笑顔でカノンとルベルを紹介すると、ステラの表情は僅かに引き攣った。
「……いいえ」
「えっ、嘘じゃん! 会ったじゃん特にルベル!」とカノン。
「知りません。ごめんなさい」
ステラはふるふると首を横に振った。
どうやら知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりね。おまけに脱走した間のことは何にも覚えてないって? そんな訳ないでしょ、と突っ込みたいけれど、こんな弱り切った女の子を虐めて嫌な顔はされたくない。
簡素なベッドに横になった彼女は、髪も身なりも整えられて、市場で会った時は全然違う。やっぱり可愛い顔をしている。儚い美人って感じ。
孤児院にはジークとエイトもくっついてきていた。顔の見えないようフードを目深に被っている。皆が皆王太子の顔を知っている訳じゃないけど、ここは城下だし万が一を考えてのことらしい。私もそれがいいと思う。さすが王太子というか、こいつの顔面はいちいち目立つ。
「まあ、何か思い出したらカノンとルベルのどちらかに伝えて? あなたの弟さんが危険な目に遭うかもしれないから」
「……どういうことですか?」
「大勢の子供たちが、崖の崩落に巻き込まれて亡くなった事件はご存じ?」
ステラは首を横に振った。
「そうよね、知らないわよね。どうやら連れ去られた子供たちだったみたいなの。この孤児院出身の子もいたらしいわ。可哀想に、縄で縛られて。もしかしたら、弟さんにその危険が迫っているかもしれない。それでなくとも子供だけでいるのは危険だから」
「……はい」
ステラはこくんと頷いた。顔が青ざめてる。
まあこれ以上はいいか、と私は部屋を後にした。ジークは満足な結果だったのか、「良い話が聞けた。僕はこれで失礼する」とさっさと出て行った。
……そもそも、私はなんでここにいるのかしら。
後はジークに任せればいい。いや、最初からそうだった。わざわざ孤児院になんて来なくてもよかった。なのに何で、「何か思い出したらカノンとルベルに」とか言っちゃったのかしら。こんな面倒くさいことに首を突っ込んじゃったのかしら。……冷静になれば、ほんと馬鹿。そもそも昨日のことがあって、もう関わらないって決めたはずなのに。なんでわざわざ孤児院に出向いて事情聴取なんてしちゃってんのよ。……まあいいわ。気になったんだから仕方ない。一度首を突っ込んじゃった以上、後はさっさと終わらせたらいいだけの話。今回だけ、面倒事に首突っ込むのはもう今回だけ。絶対、何があっても、今回だけ!!
「……はあ」
「フレア様! 俺とルベルにってことは、もしかしてこの孤児院に残れってことですか!?」
珍しくカノンが鋭いことを言う。
興奮したカノンと違って、ルベルは若干困惑しているようだった。
「ステラが狙われているということですか? それなら近衛兵を……いや、理由もないのにそんなことはできませんね。失礼しました」
「あの男があの子を攫いに来るってことか! よし、今度は絶対負けねえ!!」
「ちょっと、物騒。声が大きいわよ」
ペチン、とカノンの頭を軽く叩くと、「あ、すみません」と顔を赤らめて俯いた。私は一旦二人を連れて外に出て、ひそひそと声を潜めた。
「脱走した子供たちの保護はジークに任せましょう。あっちも警戒しているでしょうし、あんたたち二人が最初に見つけたようにうまくはいかないと思うけど、多分大丈夫。心配なのは……ステラの方。彼女がどうして戻ってきたのか、シリウスたちの間で何があったのかはわからないけど、あの子に危険が迫っているのは間違いないと思う」
シリウスが接触していたという男の目的はまだわからない。けれど、シリウスの安否も、ステラたちがなぜ脱走して、なぜステラだけが戻ってきたのかもわからない今、事態を楽観視することはできない。普通に考えるなら、男は人身売買の業者か何かで、シリウスは連れて行かれて、ステラだけが逃げた……と思えるけど……さて、どうかしら。
私はカノンに目を向けた。
「そう言えばカノンからすれば、ステラはスリの加害者よね? それでもあの子を守るべきだと思う?」
「えっ、あー、まあ、あの時は俺もカッとなっちまったし……よく考えたら女の子に怒鳴っちまったし……。俺にも悪いところあったんで。それに困ってる市民を助けるのが騎士の役割っすから!」
胸を張ったカノンを、「まだ騎士じゃないだろ」とルベルが小突いた。
ふーん……こういうさっぱりしたところはカノンの長所ね。ルカのことは虐めていたけど、両親があの親子に酷かったから、それに影響されたのもあるのかしら? カノンって私にさえ明るく接してたもんね。ほんと、ルカ限定で酷い子だった。まあ、そのルカともいつの間にか打ち解けてるみたいなんだけど。そのコミュ力って言うの? ちょっと分けてもらいたい。
「また危険な目に遭うかもしれない。それでも本当にいいの?」
「……ちなみにそれを拒否した場合どうするおつもりですか?」とルベル。
「気になるから私1人でいいわ」
「それはダメです」
「それはダメっす」
……おお。てっきり「ならそれでいっかー」的な空気になると思ってたのに、意外に優しいのね。主びっくり。
ルベルとカインは顔を見合わせた後、同じタイミングで私の方を見た。
「昨日は失敗しましたが、次は必ず遂行してみせます」
「お、俺も! 騎士目指してるので! これくらいお安い御用です!」
ドン、と胸を張るカノン。「気合い入りすぎ」と今度は脇腹を小突くルベル。……なんでこの2人はこんなに仲が良いのかしら。性格全然違うのに。いや、違うから合うの? わからん。
「……わかった。院長には適当に話を通しとくから、今日は孤児院に残って。ステラの周りを張っていれば、多分何か起こるはず。まあ、できれば何も起こらない方がいいんだけど。で、あとこれは私にただの憶測に過ぎないけれど――」
私は一層声を落とした。憶測を聞いて、二人は驚愕していた。
「まさか、いや、しかし……」
「それまじっすか!? ちょっと信じられないですけど……」
「あくまで憶測よ。そうかもしれない、てだけの話。違ったらそれでいいけど、一応そこら辺も含めて警戒して。いくつか便利なものも渡しておくから、もし危なかったらすぐ助けを呼ぶのよ。やばそうなのには立ち向かわない。すぐ逃げること。もし捕まったら命乞いでもなんでもして、絶対に相手の神経を逆撫でするようなことは言わないで。また怪我をしたら許さない。自分の命を最優先して。いいわね?」
カノンとルベルはこくんと頷いた。




